いすみ市にある熊野神社は、以前は102段あったそうです。地元の方に聞きました。
それは、この地域の戸数が102戸あり、年2回それぞれの家から杉の木の階段用の木材を持ち寄り、補修しながら使っていたからとの事でした。
当時は現在の場所より10㍍高いところにあったとのことでした。
この地域は、山や川で孤立することがたびたびあり、当時の役所に橋の建設などを求めていましたが、なかなか実現せず、村から独立して、選挙により独自の自治区をつくり、トンネルをつくり、交通を確保したとの事でした。米作りや漁港で魚が大量に捕れたときには、加工用の燃料の材木などを売りに出かけるなど独自財源の確保の工夫も行われたとのことでした。
自治と民主主義の歴史を感じました。
それは、この地域の戸数が102戸あり、年2回それぞれの家から杉の木の階段用の木材を持ち寄り、補修しながら使っていたからとの事でした。
当時は現在の場所より10㍍高いところにあったとのことでした。
この地域は、山や川で孤立することがたびたびあり、当時の役所に橋の建設などを求めていましたが、なかなか実現せず、村から独立して、選挙により独自の自治区をつくり、トンネルをつくり、交通を確保したとの事でした。米作りや漁港で魚が大量に捕れたときには、加工用の燃料の材木などを売りに出かけるなど独自財源の確保の工夫も行われたとのことでした。
自治と民主主義の歴史を感じました。
現在の市町村合併は、地域の伝統も誇りも投げ捨て、ひたすらスケールメリットの追及や国からのお恵み拾いに終始するものが少なくありませんが、自分たちの地域作りに取り組んだ先人たちは、今の大合併した郷里をどう見ているでしょうね。
アメリカにもヨーロッパにも、せいぜい数百人の小さな村(地方公共団体)が無数にあります。それらはさしたる産業もなく、しかし倒産もせず、自らの自治を誇り高く推進しています。なぜ、日本では世界中でできていることができないのか、その元凶はどこにあるのか、じっくり考えてみる必要がありそうですね。