2006年9月19日のブログ記事一覧-ミューズの日記
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2月23日にアップした「トローバの協奏曲」にMASAさんなる人からのコメントがあり、ギター協奏曲を整理されたと言われるので、彼のブログを見るとそれはそれはありとあらゆるギター協奏曲のリストをアップされているではないですか。それに更に投稿があり、こんな協奏曲もあったと追加、追加でギター協奏曲の話で持ちきりなんです。そこで次に紹介する原稿は内生蔵さんが1ヶ月ほど前に書かれたものですが、協奏曲絡みと言う事で本日アップさせていただきます。(山下 高博)

<あれも聴きたい、これも聴きたい> ドッジソンのギター協奏曲

 この写真のLPは、40年近く前、CBSソニーというレーベルが発足した時に、第1弾として発売された何枚かの内の1枚で、ジョン・ウィリアムスのギター独奏、チャールス・グローブス指揮、イギリス室内管弦楽団で、ロドリーゴの「ある貴神のための幻想曲」とステファン・ドッジソン作曲、ギター協奏曲第1番が裏表に入ったもの。ではここに写っているCDは何かというと、今言ったLPとまったく同じ内容の海外盤CDで、探せばあるんですねえ。

 このレコードは私が大学に在学中に出されたもので、A面の「ある貴神のための幻想曲」は今まで何度も再発になっているのだが、B面のドッジソンが、国内盤ではまったく見あたらなくなってしまっていた。最近までもうCDで出てくることはないだろう、と諦めていたんだけれど、偶然海外盤で手に入った。勿論中に入っている解説の写真はごく最近のものらしく、ジョンが抱えているギターもグレッグ・スモールマンだ。このレコードが出された時、ジョンはまだイグナシオ・フレータのはずで、もう少し後になると、しばらくエルナンデス・イ・アグアドを使用する時代が来ることになる。

 それにしてもこのドッジソンのギター協奏曲、私は結構いい曲だと思うのだが、当時批評の中で「毒にも薬にもならない曲」とかなんとか言われたことがあって、国内ではとんと聞かなくなってしまい、私の知る限り、レコードとして再発されたことは1度もないはずである。つまりこの曲は「この世の中にあってもなくてもどちらでも良い曲」と評されたわけで、当時私は「随分ひどいことをいうなあ。無責任極まりない。けしからん!」などと偉そうなことを思ったものだったが、さっき言ったように、結局、その批評をそのまま真に受けてなのか、2度と国内盤で目にすることはなくなってしまった。しかし、CDの時代になって何とか再発してもらいたいと思っていたところ、この度ついに海外盤で手に入れることができた。なんだか愛し合ったまま別れた昔の恋人に再会したような気がして、心うきうき、目標をひとつ達成できたようで、嬉しくて仕方がない。(もっとも、私にそんな人がいたというわけではないので誤解なきように)

 このレコードの演奏は、ジョンのレコードの中でも非常に良い出来ばえで、ジョンの特質が遺憾なく発揮されており、名盤中の名盤だと私は考える。ロドリーゴにしてもただバリバリ弾きまくるだけではなく、大変曲の雰囲気にあった表現で終始していると思うし、またドッジソンの方は、むしろジョンの無類のテクニックと機関銃のような音の連続がむしろ小気味良く、この曲はこうあるべきといった表現になっていると思う。
今回やっとCDを手にすることが出来て聴き返してみたが、やはりその印象は変わらず、何故この最初に発売になったレコードのB面の曲だけが、ずっと没になってしまっていたのか、やはり分らない。

こうなるとジョンのレコードでどうしてもCDで手に入れたいのが、最初にアメリカで録音した、テデスコのギター協奏曲第1番ニ長調、ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管のものだ。それと確かポンセのギターとハープシコードの曲とブリテンの歌曲を録音していたような気がするので、なんとかそのあたりを手に入れたいと思っている。
なんだかテレビの「なんでも鑑定団」の「お宝買います」のコーナーのようになってきて恐縮だけれども。

内生蔵 幹(うちうぞう みき)


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