さすらうキャベツの見聞記

Dear my friends, I'm fine. How are you today?

Tさんと神田川の桜

2010-12-09 06:36:49 | Thursday 生活
          『同じ結末が すべての人に来るということ、
           これは日の下で行われる すべての事のうちで
           最も悪い。
           だから、人の子らの心は悪に満ち、
           生きている間、その心には狂気が満ち、
           それから後、
              死人のところに行く。』
                    (旧約聖書・伝道者の書9章3節)




         *********



 実は、数日前、
 (行こうか否か、悩みに悩んだが)、
 意を決して、

 Tさんに会いに行った。



        


         *********


 Tさんは、穏やかな優しい笑みの方だった。

 冬のコートはとても上品なものを着こなしていて、
 椿山荘での、お子さんのステキな結婚式のお写真も見せてくれたり、
 「穴場スポットよ」と、神田川の桜を教えてくれた人だった。
 それは、実際、良かった。

 Tさんは、血管が細く採血に一苦労するため、
 担当ではないときでも、時々お声がかかった一人だった。
 痛いのはご本人なのに、
「申し訳ないわねぇ…」と、本当にすまなさそうにおっしゃるお一人だった。
 とても穏やかな、優しい人だった。
 病を、涙ぐみつつも、穏やかに、耐えていた。


         **********


 Tさんは、すやすやと眠っていた。
 もはや、「あらっ」と嬉しそうに声をあげることもない。
 穏やかで、眠っているかと思うくらい、だった。
 安らかな表情で、
 呼吸はゆっくりと規則的で、
 お小水はほんとわずかで、
 周りには、美しい花や、実習にきていたらしい看護学生からのクリスマスカードなどが飾られていた。

 そばで少し話しかけると、まぶたが動いて、やや開きかけた。


         **********


 人は、最後まで聴覚は残るという。

 状況は違うが、
 私自身、交通事故に遭った時、
 …感覚もなく、手足をぴくりとも動かすこともできず、声も発することが出来なかったときでも…
「大丈夫ですか~!? 大丈夫ですか~!?」
と呼びかける声は聞こえたっけ。
 「大丈夫です」と返答したつもりが、
全然、わずかな声にさえなっていなかったけれど。


 たぶん、最後まで声は聞こえているのだと思う。
(ト イウワケデ、人様ノ 最後ノベッドノソバデ 下手ナコトハ 決シテ言ワナイホウガ イイカモシレマセン



          **********

 帰り際、振り返ると、
 Tさんのお部屋の窓からは、東京のきらびやかな夜景を見渡すことができた。


 だが、Tさんの目はもう見ていない。
 少し開いて、そして、また閉じた。



 Tさんは、もはやそんなものではなく、
 別のものを夢見て、いるのかも、
 しれない。
 (何が見えているか、
    私にはわからない。)





 ・・・だから、私は、
 春になったら、また、
 神田川の桜を、

       見に行こう。

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