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下町ボブスレー:誰も貶さないで語れ

2018-02-11 11:23:31 | テレビとラジオ
 下町ボブスレーがややこしいことになっている。

 東京都・大田区の中小企業(の一部)と日本政府と日本の幾つかの大企業が一緒に開発したボブスレーが、使用契約していたジャマイカのチームに使用を突然拒絶されてしまった。

 プロジェクトは2011年に始まり、当初は日本代表による使用を目指していた。

 しかし、2013年と2015年に二度、日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟から「不採用」を通知された。

 そこで海外での採用を目指したところ、ジャマイカ・チームが下町ボブスレーを採用することになった。

 そして、2017年末から2018年1月にかけて、ジャマイカ・チームのなかの、女子ボブスレー・チームがワールドカップで好成績をおさめたため、オリンピックに出場することが決定した。

 ところが、最終的にワールドカップで使用したのが、下町ボブスレーではなく、ラトビア製のボブスレーで、オリンピックでも後者を使用するとしたため、事態が紛糾。

 下町ボブスレーの側から法的措置も検討する、との意思表明が行われた。



 ジャマイカ・チームのオリンピック出場は、ジャマイカだけでなく、イギリスのメディアでも大きく取り上げられている

 理由は、映画「クールランニング」の存在がある。

 この映画が一部の人々にとってカルト的人気らしく、今回の女子ボブスレー・チームもその文脈で捉えられている様子だ。 

 もし、ジャマイカが冬のオリンピックでメダルを獲得できたら、まさに「クールランニング2」で、今度は単なる完走じゃないぞ!ということになる。

 興味深いことに、このボブスレー・チームに対しては、日本の大手総合商社である丸紅も2017年にスポンサーになっている

 ジャマイカの代表選手ふたりには、当然ながらそれぞれの物語がある。

 Fenlator-Victorian選手(32歳)は、2014年のソチ五輪のアメリカ代表選手で、2015年、父の母国であるジャマイカに帰化している。
 
 Russell(27歳)は、2013年の世界陸上で4×100メートル・リレーで金メダルを獲得しているが、冬の五輪出場は今回が初めてである。

 コーチは、サンドラ・キリアシス(43歳)で、彼女は2000~2014年までドイツのボブスレー選手だった人物だ。



 一方、日本の下町ボブスレーにも物語がある。

 実際、本がいくつも出版され、道徳の教科書にも取り上げられ、数多くのインタビュー記事が幾つかの新聞に載り、初期の段階でNHKドラマも制作されている。

 その点で、こちらの物語は、すでにメディアの上では過剰なくらい明らかになっている。

 とはいえ、やはり押さえておきたいのは、下町ボブスレーネットワークプロジェクト推進委員会ゼネラルマネジャーである細貝淳一氏の物語と、大田区の中小企業の地盤沈下の物語である。

 恵まれない環境で不良となった細貝氏が下町の町工場でコツコツ頑張り、独立して非常に苦労しながら会社を大きくしたという物語と、

 グローバル化のなかで一気に数を減らし、元気を失っていく大田区の中小企業群の物語。

 そして、それを再生すべく、技術力PRのためにボブスレー開発を始めた、というプロジェクトX的な物語。

 そこに政府も力を貸し、広告代理店も入り、物語過剰なくらいの宣伝が行われた。

 そして、右翼をはじめ、色々な政治勢力も下支えすることで、ますますオールジャパンな話になっていった。



 ジャマイカ・チームが下町ボブスレーを使用しなくなった理由は、彼らの主張によれば、性能だという。

 一方、下町ボブスレー側は性能には問題がなかったと主張する。

 ワールドカップでは、ドイツで起きた不慮の運搬のトラブルから、ジャマイカ・チームはラトビア製を使用したということになっているが、

 ラトビア製のボブスレーを事前に用意していたことから、すでに両者を比較衡量していた可能性もある。

 当然、ジャマイカ・チームも結果を出すために必死だし、下町ボブスレーの側も必至である。

 両者それぞれに強い物語があって、明確な自己利益がある。それが全面的に衝突している。



ただ、ボブスレーの英語のルールブックを読んでみたところ、ものすごく細かくソリのパーツの大きさや位置が決められている。

下町ボブスレーのプロジェクトは、当初、それを理解していなかったという。それはかなり尾を引いたようだ。

EUの規則が典型的だが、ヨーロッパはあらゆる製品の形や大きさをルール化する。そして、そこにもっともらしい正当化理由をつける。

それがヨーロッパ各国でのEUに対する不満の大きな原因となっている。

そういうヨーロッパの性質を町工場のおじさんたちが理解していなくても仕方ない。英語も難しいし。

ただ、ヨーロッパと戦うということは、そういうことだ。研究者もそういう戦いをしている。



 単に下町ボブスレーだけでなく、その関連スポンサー(たとえば、ひかりTVとか)の資金もジャマイカ・チームには注がれている可能性もあり、問題は余計ややこしい。

 つまり、ジャマイカ・チームがここまで来れたのは、ボブスレーの無料提供だけでなく、多少の資金提供のおかげもあったのではないか、という可能性もありえるからだ。



 問題をさらにややこしくしているのが、安倍政権を批判したい人の文脈と、支援したい人の文脈が入り乱れて、何かを非難していることである。

 前者は、下町ボブスレーのネトウヨ的ツイッターから、安倍さんの直接的応援までを非難し、

 後者は、ジャマイカをまるごと、法的に無知だと非難している。

 「日本のものづくりはもうダメだ」と言う人もいれば、「ジャマイカこそ、日本の中小企業の『気持ち』を踏みにじっている」と言う人もいる。

 メディアでも、こうしたそれぞれの論調をおしげもなく展開し、もはや壮観ともいうべき状況である。



 私が外野からこんなことを言うのもなんだが、ボブスレーの無料提供だけの話だったら、まだ全然良かったのだろうと思う。

 それだけなら、ジャマイカに袖にされた日本の中小企業、必要に応じて賠償を請求、ということで済んだわけだが、

 大企業から政治家まで、とてつもない勢力が関与してしまったものだから(ジャマイカだって、外交関係者が入ってしまっているし)、

 そうなると、日本のナショナリズムの話になってしまい、ジャマイカ憎し!ということになってしまったのである。

 そこで誰かの正義を立てるために、明確な悪者を作り出す、という論法になっている。



 普通に考えれば、下町ボブスレー関係者の頑張りも涙ものであるし、ジャマイカ選手の頑張りも感動ものである。

 どっちにも感情移入してしまってもおかしくないのに、便乗する人たちが多すぎるから、もう最悪な展開なのだ。

 すなわち、些細な夫婦喧嘩に、それぞれの両親や親せきが介入し、親族を巻き込んだ大きな紛争になって、離婚だ!となるような話なのである。

 うーん、それこそ、A級の映画になるのか?

 もしジャマイカのチームがメダルを獲得した場合、ますます「クールランニング2」の映画化は現実に近づくが、その時の日本の位置づけがすごく気になるのである。



追記:

理由は不明だが、コーチのキリアシスが突然解任された

このガーディアンの記事にも、そのはっきりとした理由は書かれていない。

ただ、ジャマイカの偉い人からの強力な圧力だったことは確かで、気になるのは圧力をかけた理由だ。

それが日本のボブスレーの件とどう関係しているのかがとても気になるわけだが、

しかし、そんなことより、女子ボブスレーは試合を見ているだけで、すごく面白いので、

下世話なことは考えず、純粋にスポーツとして視聴することを強くお勧めしたい。

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