雨の中を一人の老人が傘をふらふらさせながら歩いていた。歩道ならともかく、彼が歩いているのは車が走り抜けていく車道である。足取りはきわめておぼつかない。車が来ても一向に気にしない様子に運転手の方が困惑と怒りを露にしていた。係わり合いになるのはやめなさいとカミさんが言うが、私は黙って通り過ぎることが出来ないおせっかいなのだ。
「危ないですよ」と歩道へ引き寄せようと、私は老人の腕をつかんだ。よく見ると年齢は私とほぼ同じくらいだ。見たことのある人だが、どこの誰かまでは知らない。すると男は(同じ歳くらいかと思ったら、老人とは書けなくなった)、「S病院はどこか?」と言う。「病院に行くんですか。診察ですか?」と聞いてみた。男は傘をさしていたが、雨に打たれたのか全身が濡れていた。運動靴を履いていたけれど、靴は水溜りを好んで歩いてきたかのようにズブズブだった。
「病院で人が待っている」と男は答えた。話し振りから、普通ではないなと感じた。痴呆か知的障害なのだろうかと思った。「S病院はこの道をまっすぐに行けば、左側に見えますからすぐにわかりますが、歩いていくのは無理ではないですか」と私は男に話す。男は病院のある方から歩いてきているのだ。この男の歩き方では30分以上かかってしまうだろう。私は出かける途中で、家に引き返して車の鍵を持ってくることはこの事態では不可能だ。困った。かといってこのまま男を放っておくことも出来ない。
仕方ないから男を病院まで連れて歩く以外ないか、そう思いながら歩き始めた時、丁度知り合いの女性が車で通り越そうとした。「ちょっと待って」と身振りで合図を送ると、彼女は何事かと車を止めてくれた。「この人をS病院まで送ってくれない!」と私は彼女に頼む。彼女は「お知り合い?」と聞くので、「いや、全く知らない人なんだけれど、この雨の中を病院まで歩いていくと言われるので、お願いできないかと思って」と私は言い訳をする。彼女は男に「診察券を持っているの?」と聞くが男はうつろな目で全く違うことを口にする。
彼女は一瞬私を見たが、車のドアを開けて、「どうぞ」と男に言う。私は「ゴメンね。ちょっとヘンな人だから注意してね」と彼女に耳打ちしながら、何だか本当に申し訳ない気がした。自分が抱え込んだお荷物を無理やり押し付けてしまったことでとても気が引けたのだ。彼女は私に気兼ねしてこの嫌な役回りを引き受けてくれたのかもしれない。明日にでも電話をかけて謝り、男がどんなだったのか聞いてみようと思う。
自分で最後までやり遂げられないことは引き受けるべきではないと父が昔言っていた。今、振り返ってみると、そう言っていた父もいつも冷淡なくらい客観的な態度を装っていたが、兄が継いで左前になっていた材木屋の商売に退職金の全てを注ぎ込み、自分もまた身を粉にして働いていた。母は父とは違い、感情的で人一倍優しい人だったから、自分が食べなくても人が喜んでくれればそれでよいとする人だった。私は二人の子どもであるから、どうしようもなくおせっかいで、これは死ぬまで直らないようだ。
「危ないですよ」と歩道へ引き寄せようと、私は老人の腕をつかんだ。よく見ると年齢は私とほぼ同じくらいだ。見たことのある人だが、どこの誰かまでは知らない。すると男は(同じ歳くらいかと思ったら、老人とは書けなくなった)、「S病院はどこか?」と言う。「病院に行くんですか。診察ですか?」と聞いてみた。男は傘をさしていたが、雨に打たれたのか全身が濡れていた。運動靴を履いていたけれど、靴は水溜りを好んで歩いてきたかのようにズブズブだった。
「病院で人が待っている」と男は答えた。話し振りから、普通ではないなと感じた。痴呆か知的障害なのだろうかと思った。「S病院はこの道をまっすぐに行けば、左側に見えますからすぐにわかりますが、歩いていくのは無理ではないですか」と私は男に話す。男は病院のある方から歩いてきているのだ。この男の歩き方では30分以上かかってしまうだろう。私は出かける途中で、家に引き返して車の鍵を持ってくることはこの事態では不可能だ。困った。かといってこのまま男を放っておくことも出来ない。
仕方ないから男を病院まで連れて歩く以外ないか、そう思いながら歩き始めた時、丁度知り合いの女性が車で通り越そうとした。「ちょっと待って」と身振りで合図を送ると、彼女は何事かと車を止めてくれた。「この人をS病院まで送ってくれない!」と私は彼女に頼む。彼女は「お知り合い?」と聞くので、「いや、全く知らない人なんだけれど、この雨の中を病院まで歩いていくと言われるので、お願いできないかと思って」と私は言い訳をする。彼女は男に「診察券を持っているの?」と聞くが男はうつろな目で全く違うことを口にする。
彼女は一瞬私を見たが、車のドアを開けて、「どうぞ」と男に言う。私は「ゴメンね。ちょっとヘンな人だから注意してね」と彼女に耳打ちしながら、何だか本当に申し訳ない気がした。自分が抱え込んだお荷物を無理やり押し付けてしまったことでとても気が引けたのだ。彼女は私に気兼ねしてこの嫌な役回りを引き受けてくれたのかもしれない。明日にでも電話をかけて謝り、男がどんなだったのか聞いてみようと思う。
自分で最後までやり遂げられないことは引き受けるべきではないと父が昔言っていた。今、振り返ってみると、そう言っていた父もいつも冷淡なくらい客観的な態度を装っていたが、兄が継いで左前になっていた材木屋の商売に退職金の全てを注ぎ込み、自分もまた身を粉にして働いていた。母は父とは違い、感情的で人一倍優しい人だったから、自分が食べなくても人が喜んでくれればそれでよいとする人だった。私は二人の子どもであるから、どうしようもなくおせっかいで、これは死ぬまで直らないようだ。
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