第42回京の夏の旅 文化財特別公開も、今月30日までです。「夏休みが終わってから行こう~」とのんびりしていたミモロですが、「もう行かないと~」と、平日のある日東山の「京都大学 花山天文台」へ。その後、まだ時間があるというので、今度は京都の西側、立命館大学そばの「本野精吾邸」に行くことに。
京都の東と西とかなり距離的には、離れているのですが、実は、結構行きやすいのです。「京都大学 花山天文台」への無料シャトルバスの出発と到着は、地下鉄東西線「東山駅」で、そこから徒歩で10分ほど歩き、「京阪三条駅」へ(地下鉄でも1駅なので、いつも歩きます)そこから、「立命館大学行き」の市バスが出ていて、ただひたすら乗っているだけで到着できるのです。
「ちょうどランチ食べた後だから、お昼寝にぴったり。終点だから、寝過ごさないし~」と、バスの中で爆睡してました。
約30分から40分はかかりますが、230円で移動できます。
「立命館大学」のバス停から徒歩5分ほど。住宅地の中に目的の「本野精吾邸」はありました。
ここは、大正から昭和初期に活躍した建築家、本野精吾氏の自宅だったところ。日本のモダニズム建築の先駆者でもある本野氏が、大正13年に自ら設計した建物です。
外観は、当時斬新な「中村鎮式コンクリートブロック」をむき出しのまま使用。
この中が空洞なコンクリートブロックを積み重ね、その中に鉄筋立て、コンプリートを流しこむことで、建築のスピードアップと、強度を高めることができたのだとか。
「きっと当時は、みんな驚いたんじゃないの~」とミモロ。機能性とシンプルさをコンセプトにしたモダニズム建築は、かなり目立ったことでしょう。
1882年、読売新聞社創業家に生まれた本野精吾は、東京帝国大学の建築科を卒業後、1908年、京都市役所などの設計で知られる武田五一の招きにより、京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学)の教授となり、京都に暮らします。ドイツに留学し、当時、ヨーロッパで注目されるモダニズム建築に傾倒。日本におけるモダニズム建築の先駆者と呼ばれます。
京都では、ほかに、西陣織物館、山科の栗原邸などが残ります。
「ミモロ、2つとも行ったことあるよ~」と、自慢げに鼻を膨らまします。「へぇ~そうなんですね~」とガイドの方に…。「はい、建築好きなんで~」とさらに続けるミモロです。
さて、お話は、これくらいにして、さっそく中をご案内しましょう。
玄関が受付。そこれ600円の拝観料を納め、靴を脱いで中へ。スリッパなどないので、素足の方は、靴下を忘れずに。
「わ~広いリビング~」
玄関からすぐに広がるリビングルーム。大きな窓からは、陽光が注ぎ、明るい感じ。しっかりとしたフローリングの床は、磨き抜かれて光っています。
「わ~暖炉がある~」 ミモロどこに入ってるの~。「ほらぴったりだよ~」隙間があるとつい入りたくなるのは、ネコの習性でしょうか。
ブドウのデザインが施された暖炉のガードや楕円形のドアノブなどに、設計者の趣味が感じられます。
天井は低めと言われますが、窓や外へのドアが大きく、開放的な雰囲気です。
「いいなぁ~こんなお家、住みやすそうだよ~」
と、庭を眺めながら、憧れるミモロです。
さて、2階へ。
途中に、光とりの天窓が天井に。「これだけでずいぶん明るくなるんだね~」
2階は、寝室などに使われていたスペース。そこの窓も大きく、本当に開放的。
窓からは左大文字が見えます。「ベッドから送り火見えたのかな~」う~寝ながらは見ないと思うけど~。
再び1階にもどったミモロ。「よかったら、ピアノ弾いていいですよ~」とガイドの方に言われ、ピアノに向かいます。
真剣なまなざしで弾くマネを…。「なにか得意な曲あるんですか?」とガイドさんに聞かれ、「うん、ネコふんじゃった~」と答えるミモロでした。
「こういう古いお家、維持するの大変だよね~」とミモロ。使われない家は、どうしてもいたみ、修復にも費用がかかります。
現在、山科の本野氏が設計した「栗原邸」は、約2億円で売りに出ています。ご興味がある方はぜひ…。
*「本野精吾邸」京都市北区等持院北町 市バス「立命館大学前」下車徒歩5分 拝観料600円 9月30日まで公開。
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