０８８６「きっかけ」

　彼女が友だちと何時(いつ)ものカフェでお茶(ちゃ)をしていると、若い男性がやって来た。彼は彼女の前で立ち止まると、彼女に話しかけた。
「こんにちは…。あの…、僕(ぼく)、松本(まつもと)といいます」
　彼女はそれに答えて、「あ、こんにちは…。えっと、松本良弘(よしひろ)さん、でしたよね」
　彼は妙(みょう)に感動(かんどう)して、「ああっ…、僕の名前(なまえ)、憶(おぼ)えててくれたんですね」
「ええ…。だって、いつもここで名前をおっしゃってたんで…」
「ありがとうございます。僕、とってもうれしいです。それじゃ、また」
　彼はそのまま行ってしまった。二人の様子(ようす)を見ていた彼女の友だちがささやいた。
「ねぇ、だれ？　今の人…」
「あっ、だから、松本さんよ。たまにこのお店で会うのよ」
「で？　あなたと、どういう関係(かんけい)よ」
「どういうって…。別に、ここであった時に挨拶(あいさつ)するていどで…」
「ええっ、それって変じゃない？　だって、普通(ふつう)そんなことしないでしょ。まさか、あなたに気(き)があるとか…。そういう、あれじゃない？」
「そ、そんなんじゃないわよ。なに言ってるのよ。変なこと言わないで」
「いや、どうかなぁ。これはきっと作戦(さくせん)ね。まず、自分の名前を憶えさせて、少しずつ距離(きょり)を縮(ちぢ)めていこうとしてるのよ。間違(まちが)いないわ。次(つぎ)は、何をしてくるのかしら？」
＜つぶやき＞この友だちはきっと楽しんでますよね。次も一緒(いっしょ)にこのお店に来るはずです。
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