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書評:太宰治著、『斜陽』(文春文庫)

2019年03月04日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

日本に年末年始に行った時に本屋で見かけた太宰治作品集。名作11編が納められ、作品解説や年譜付きであるばかりでなく、現代仮名遣いに直されているというので読んでみる気になりました。私は日本文学にはあまり縁がなく、これまで敬遠してきた理由の一つに旧仮名遣いが苦手というのがあります。旧仮名遣いより横文字の方が抵抗なく読めるというような人間なので、この文庫のように現代仮名遣いに直して解説までしてくれるのはありがたいことです。外来語の書き方(「スウプ」など)に原文の古めかしさが仄かに残っていますが、おおむね読みやすく、注も丁寧で、読みながらわからないところを調べる手間が省けました。

 

さて、この文庫の最初に収録されている『斜陽』は昭和22年に執筆された作品で、チェーホフの『桜の園』と戦後の農地改革などで著者自身を含めた地主階級の没落に哀れに着想を得たと言われています。

 

語り手はかず子という華族の令嬢で、29歳の出戻りで母と共に東京の西片町に住んでいましたが、戦後お世話になっていた叔父の指図で東京のお屋敷を売却し、伊豆の山荘へ移り、没落を嘆きつつ【最後の貴婦人】と崇める母との生活を語ります。そのうち弟が南方から復員して、放蕩生活を始めます。母の死後、弟は自殺し、かず子は常識を破って恋の成就に掛け、私生児を身ごもって逞しく生き抜く決意をするところで話が終わります。

 

『斜陽』の中で「美しく滅んだ」と言えるのは「お母さま」だけで、弟・直治は酒や麻薬に溺れることで自分の無能さやどこにも属せないやるせなさや叶わぬ恋の辛さを紛らわそうともがいた末に自殺するのでかなり泥臭い滅び方ですね。かず子の方は彼女なりの「革命」を起こし、思い人のもとへ押しかけてただ一度結ばれ、願い通りに妊娠する逞しさを持ってますが、話は妊娠したところで終わってますが、妻子ある思い人に頼らずに、収入のないままどうやって母子が生きて行けるのか、まずそこが疑問として残りました。もちろん一度結ばれただけで妊娠というのもご都合主義的というか、そこもやっぱりなぜ?ですね。女が妊娠できる期間は1月の中でもせいぜい1週間なのに、たまたま弟が【ダンサア】の女と伊豆の山荘に帰って来たので、ここぞとばかりに弟に留守を任せて東京にいる思い人のところへ行って、それがたまたまその妊娠可能な時期に当たったという偶然ができすぎてると感じるのは妊娠した経験のない私だけでしょうか?

 

滅びゆくもののあわれと、逞しく生き抜こうとするものの強さと、そのものの将来の不安定さがないまぜになった人間ドラマで、興味深いですが、感動とまではいきませんでした。華族のお嬢さんであるかず子に全然感情移入できなかったのが原因でしょうかね。

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