徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (2)

2015年10月11日 | 社会

ドイツはフランスから原発電力を輸入している?!
「ドイツは脱原発してもフランスから原発電力を輸入している」というのもよくある誤解というか、原発推進派のミスリードと思われる情報ですが、この主張はドイツ連邦統計局が毎年公表する電力輸出入収支を見ればすぐに間違いであることが明らかになります。福島原発事故を受けて実施された安全審査の結果2,011年夏に8基の原発が稼働停止処分となったことは既に「ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (1)」で述べましたが、その2011年度すら、ドイツは実質電力輸出超過(6.3テラワット時)していました。
2014年12月の連邦統計局のプレスリリース

≪電力輸出超過34.9テラワット時

ヴィースバーデン ― ドイツは電力を輸入するよりも輸出する方が多い。連邦統計局(Destatis)が4大送電網事業者の報告をもとに公示するところによると、2013年度は約36.9テラワット時(TWh)ヨーロッパ送電網を通してドイツに輸入された。同期間中ドイツは71.8TWh輸出したため、34.9TWhの輸出超過となった。2010年に比べて輸出超過分は約2倍となった(17.6TWh)。

2013年度のドイツからの電力の主要な買い手はオランダ(24.5TWh)及びアルプスの隣国オーストリア(15.4TWh)とスイス(10.8TWh)だった。外国からの輸入ではフランス(11.8TWh)、チェコ共和国(9.2TWh)及びオーストリア(7.1TWh)からが最も多かった。

1テラワット時は10億キロワット時に相当する。≫

2014年度の輸出超過も2013年度とほぼ同レベルと予想されています。公式発表にはまだ2か月ほどかかるでしょう。
この公式の統計からも明らかなように、原発に依存するフランスからドイツへ電力が流入していることは事実なのですが、それはドイツが原発を停止したせいで電力不足になったからということではありません。さすがに8基の原発が一気に稼働停止した2011年には電力不足になるのではないかと心配されていましたが、トータルでは結局電力の余剰が6.3TWhあったわけです。

エネルギーミックスとその問題点

その後風力や太陽光などの再生可能エネルギーによる発電のシェアが拡大し続け、2014年度現在で26.2%で、前年比13.8ポイント上昇、エネルギー源の中で最大のシェアを誇るに至りました。その内訳は、風力9.1%、バイオマス7%、水力3.3%、太陽光5.7%、住宅ごみ1%、となっています。
 エネルギー・治水産業連邦連合(BDEW)、2015年2月より

それに対して原子力のシェアは15.8%でした。前年比0.3ポイント上昇ですが、誤差の範囲だと言えるでしょう。2010年時点での原子力シェアは28.4%でした(Destatis)。

これだけみると、ドイツは随分環境保護に貢献しているようですが、その印象は間違っています。注意すべきなのは褐炭(Braunkohle)25.4%と石炭(Steinkohle)17.8%合わせてまだ43.2%を占めることです。2013年度は45.5%で前年よりも上昇したので話題になりました。上昇の原因は欧州CO2排出権利証が値崩れし、石炭・褐炭発電が安くなったためと言われていました。環境保護団体は脱原発だけでなく、脱石炭も求めています。
ドイツは2020年までにCO2排出量を40%減少させることを目標に掲げていますが、環境省の予想では最大33%の減少にならないとしています。しかもその予想はかなり楽観的な想定に基づいています。2020年までの環境目標を達成するためには一刻も早く石炭・褐炭発電所を停止する必要がある、と例えば環境保護団体Compact!は主張しています。(元記事はこちら)

エネルギー転換政策、最新の合意とその問題点
経済エネルギー相ジグマー・ガブリエルは2020年の環境目標達成のためには、エネルギー部門で更に2200万トンのCO2排出量削減をしなければならないと2015年7月にエネルギー転換政策の妥協案の中で明言しました。なぜ【妥協】かと言うと、石炭・褐炭発電に関しては脱原発のような社会的コンセンサスが形成されておらず、烈しい議論がなされた上での決着だったからです。ガブリエル氏の当初の目標では石炭・褐炭税の導入を目指していましたが、結局新税導入はならず、老朽化した石炭・褐炭発電所の停止という程度の合意しか得られなかったからです。これにはガブリエルの属するドイツ社会民主党(SPD)が炭鉱労働者の組合運動と共に発展してきた歴史もあり、ドイツで人口最大のノルトライン・ヴェストファーレン州では特に炭鉱労働者が重要な支持基盤をなしているため、党内の意志調整がかなり困難だったという事情も絡んでいます。
ツァイト・オンライン、2015年7月2日の記事では以下のようなまやかしが指摘されています。
1.2200万トンのCO2排出量削減のため、平均出力合計2700メガワットの褐炭発電所が稼働停止になります。うち約800メガワットは既に政府報告書に含まれていたので、差し引き1900メガワットが追加分となります。
2.メルケル独首相(CDU)、ガブリエル(SPD)、ゼーホーファー(CSU)間の合意書には老朽化した発電所の停止により1100から1250万トンの二酸化炭素排出が削減できるとありますが、政府内の専門家でさえ実は最大900万トン削減が可能と言っています。
3.発電所事業者は「コストに見合った補償」を受けることになります。その具体的な金額については今後議論されることになりますが、この制度に隠された原則は「環境汚染をしないことに対する報酬」だと言えます。
4.褐炭業界は「義務的」かつ「場合によっては」更なる150万トン削減に貢献することになっています。これでは義務なのかそうでないのか不明です。
5.コージェネレーション拡張目標が下方修正されましたが、助成金は増額されました。消費者にとってそのコストはキロワット時当たり0.3セントプラス消費税19%となります。
6.ビル所有者、自治体及び産業界と鉄道事業は550万トンCO2排出削減に貢献するよう奨励し、そのための予算として年間11億6千万ユーロ組まれていますが、どういう措置が取られるのか具体的なことは何も決まっていません。

こういう実情では、ドイツは果たしてエネルギー転換による環境保護の先駆者として称賛されるに値するのでしょうか?

次回は再生可能エネルギー法(EEG)賦課金制度とその問題点について。


ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (1)

2015年10月11日 | 社会
ドイツは福島の原発事故をきっかけに脱原発を決断?!

「ドイツは福島原発事故をきっかけに脱原発を決断した」というのがドイツの脱原発に関する一番大きな誤解のようです。そして、この脱原発の英断を下したメルケル独首相を礼賛する多くの日本人に出会うにつけ、苦笑を禁じ得ません。なぜなら、キリスト教民主同盟という保守党の党首であるメルケル氏はもともと原発推進派で、ドイツ社会民主党と緑の党連立政権時代に原発事業者との合意に至っていた脱原発契約(2000年6月14日)を反故にし、原発稼働期間延長を2010年10月28日に新たに決めてしまっていたからです。この方針変更に批判の声がかなり上がっていたところに311に続く福島第一原発の爆発に続くトリプルメルトダウンのニュースが入ってきたため、ドイツ世論は騒然となりました。ここでメルケルが原発稼働期間延長に固執していたとしたら、彼女の再選はあり得なかったでしょう。ドイツの選挙では比例代表選挙の比重が高く、日本に比べれば選挙に民意が反映しやすい選挙制度です。この為、世論に反する政策をとる、ということは政治家生命をかけるに等しい行為とも言えます。この為、メルケル氏は危機感を抱き、一先ず【モラトリアム】を設け、現在稼働中の原発の安全審査・ストレステストを実施し、また原子炉安全委員会と安全なエネルギー供給のための倫理委員会を招集して原子力エネルギーに関する根本的な是非を問うことにしたのです。
この倫理委員会の設置は日本ならあり得ないことだ、と小出裕章氏は10月10日の第144回小出裕章ジャーナルで述べています。ドイツに人生の半分以上いる私にとってはこの指摘の方がむしろ新鮮でした。ドイツでは宗教界の発言力がかなり高く、社会的なトップトピックには必ずと言っていいほどカトリック・プロテスタント教会やユダヤ人中央評議会、ムスリム中央評議会の代表者たちの意見が求められるからです。この為、原発問題で、こういった宗教界の代表者たちを含む倫理委員会の設置というのもむしろ自然の流れみたいなもので、特にメルケル氏が画期的なことをしたわけではありません。文化的背景の違い、と捉えるのが一番正しいと言えるでしょう。ただ、環境保護団体などからは、「脱原発は既に社会のコンセンサスだから、今更倫理委員会を設けて議論するのは無駄」という批判もありました。結局、原子力は子孫に放射性廃棄物という問題を残してしまうなど倫理的にも問題があるということで、2011年6月6日に第2次メルケル内閣は2022年までの段階的な脱原発を決議し、2010年秋に議決された稼働期間延長を取り消すことにしたのです。

とにかく、ドイツの脱原発方針は2000年、シュレーダー政権下で決められたことで、フクシマがきっかけになっているわけではありません。フクシマはメルケル独首相が再度考え直すきっかけになったことは事実で、また多くのドイツ人にとっては技術大国である日本でチェルノブイリ級の原発事故が起こったことが衝撃となり、自国の原発の安全性に疑問を持つきっかけにもなったはずです。それまではチェルノブイリから時間が経っていたこともあり、自国の技術と安全対策に過信し、原子力エネルギー自体に疑問を持たなかった人ほど、その衝撃は大きかったことでしょう。だからこそ、フクシマはシュレーダー政権下での最初の脱原発決議ではなし得なかった「2022年まで」という具体的な期間を区切ることに貢献したと言えます。

 ニーダーザクセン州グローンデ原発© Julian Stratenschulte/dpa

そして、フクシマ事故直後に安全審査が行われた結果、2011年8月6日までに次の8つの原発が稼働停止となりました:

ビブリスA
ビブリスB
ブルンスビュッテル(すでに2011年6月に停止)
イザール1
クリュンメル
ネッカーウェストハイム1
フィリプスブルク1
ウンターヴェーザー

今年の6月27日にはグラーフェンラインフェルド原発が稼働停止となりました。

残る8基の原発の停止予定は以下のとおりです:
2017年末 グントレミンゲンB
2019年末 フィリプスブルク2
2021年末 グローンデ、ブロクドルフ、グントレミンゲンC
2022年末 イザール2、ネッカーウェストハイム2、エムスラント

原発推進を目指す安倍政権下の日本で原発が検査等で一つも稼働していなかった間、脱原発のドイツではまだ9基稼働していたわけで、現在も8基稼働中なのは皮肉なことです。

原子力に反対する 100 個の十分な理由
「電力反逆者」と呼ばれる、バーデン・ヴュルッテンベルク州シェーナウという自治体は電力の地産地消で反原発派の間では知っている人も多いかと思いますが、その試みを主宰するEWS シェーナウ電力会社は、彼らのパンフレットである「原子力に反対する100個の十分な理由」を福島原発事故後に急遽日本語に翻訳しました。日本語版パンフレットの序文にその動機が記されています。

≪日本の読者の方々に
福島の原子力発電事故は、私たちにこの冊子を日本語に翻訳することを思い立たせました。
ここに記した数多くの数値やデータは、ドイツの原子力発電所に関するものですが、事実は
世界中どこでも同じです――原子力エネルギーは危険であり、非民主的で、高額で、不要
なものです。この小さな冊子が日本において、原子力に反対する市民運動に少しでも力を
与え、支持するものであれば幸いです。
日本にお住まいの方で、地震に、津波に、そして原子力災害で悲惨な目に遭われたすべて
の方々に、私たちから心からのお見舞いを申し上げます。
自然災害による脅威は、この先も私たち人間が完全に管理することはできないでしょうが、
日本において原子力は私たち人間で終りにすることができます――この道を進まれ、幸運
を心から願っています!
みなさまのことを心から想って、
ウアズラ・スラーデク(Ursula Sladek)
EWS シェーナウ電力会社代表≫

このパンフレットを読んでいただければ、原発推進派の二酸化炭素排出量がどうの、生産コストがどうのというような理屈も木っ端みじんに敗れ去るしかないことがお分かりいただけることでしょう。反原発派は感情的だという批判に対抗するためにも、まだ読んだことのない方は是非ご一読くださいませ。

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状(2)