堅曹さんを追いかけて

2002年(平成14年)9月から先祖調べをはじめた速水家の嫁は、高祖父速水堅曹(はやみけんそう)に恋をしてしまったのです

アンコールワット展 石澤氏の講演

2010-06-16 00:57:45 | 勉強会、講演会

13日の日曜日、群馬県立近代美術館で行われている

  「世界遺産 アンコールワット展 アジアの大地に咲いた神々の宇宙

を見てきました。


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この日は上智大学学長の石澤良昭氏の講演会があり、

多分足も何とかなるだろうという予想のもとで申し込んで当ったもので、

とても楽しみにしていました。



石澤氏の講演は「世界遺産アンコール・ワットの謎に挑戦」 というタイトルで

  はじめにカンボジアが海のシルクロードを通じてインドの文化、宗教、制度が入ってつくられた国であることや、

  雨季と乾季だけがあり、自給率100パーセントのお米ができる豊かな国であること。

  そして衣食足りると人々は来世を考え、極楽浄土に功徳をするためお寺を造るようになり、

  それがアンコールワットのような巨大な寺院の造営になっていった。

  とその国の成り立ちから歴史、宗教観、寺院の構造、その意味など実にわかりやすく話してくださった。


  そして自分がどうしてアンコールワットに関わってきたか、について

  1961年から一緒に修復をしていたカンボジア人の友人たちがポルポトの虐殺により皆亡くなってしまい、

  彼らの御霊(みたま)にこたえるためにずっとやってきたという。


  1980年からは大学で調査研究をはじめ、その後現地に研究所もつくり、

  カンボジア人が自分たちの遺跡を自分たちで修理保存していけるように人材養成をつづけてきた。

  その結果16年かかったが、一から教えた人々が一人前になり、自分たちで修復保存できるようになったという。


  そしてその研修の途中に偶然274体の仏像が発掘され、歴史的な発見となり、

  多くの支援により博物館がたてられ展示できるようになったという。



これら石澤氏の50年にわたるアンコールワットの修復保存にそそがれた軌跡はたいへんに心打つものでした。

実にいい講演で、感動しました。



もう10年も前でしょうか、まだ学長にもなられていない、プロジェクトXにも取り上げられていない時期の

石澤先生の講演を上智大学で聞いたことがあります。

猛暑の現場で学生やカンボジアの人たちと一緒になって

アンコールワットを並々ならぬ思いで修復活動をしていることを語られました。


その時のことばで、いまでも鮮明におぼえているのは

「私はアンコールワットのことになると“きちがい”のようになってしまうのです。」という言葉。

日本人の誰もそんな修復や保存をやろうとおもわないし、周りからはおかしいとさえ思われていたという。

まさに一人でやり続けた仕事です。


一つの事に賭けるというのは、

自分でも抑えられないそのものに対する気持ちが湧きあがり、

その情熱をかけ続けていくことなのだと知りました。

のちに速水堅曹のことをしらべ、彼もまた器械製糸をやりはじめたころは、

人々から“きちがい”といわれていたことを知り、

先駆者とはそのぐらいの強い熱意と夢中になってやれる人物しか成り得ないのだとおもった。



あれから10年たち、活動がいろいろないい形で結実してきたことを、この講演で聞かせていただいた。

274体の仏像が発掘された頃、

カンボジアの研究所でずらりと床に並べられたその石仏を拝見させてもらったことがある。

あの時はこの先この仏像たちがどのように保存されていくのか一切決まっていなくて、

いつか本当に展示される時がきて、又見ることができるのだろうか、と夢のようにおもったものでした。


それが今回日本で巡回展がおこなわれ、5年ぶりに対面することができて、このうえもなくうれしかった。

1時間の講演予定が2時間にもなり、しかも立った方が授業で慣れており声もでますので、とおっしゃって

立ったまま滔々と話された。

その講演は10年前とは違う印象を受けた。

それは大きな仕事を成し遂げられ、まわりへの感謝をもたれ、

カンボジアの仲間たちのおもいに応えられたという感慨の深さが

聞いているものにとても穏やかですがすがしい印象となって感じられたからであろう。