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三崎亜記『確認済飛行物体』

2015-11-27 06:43:00 | ノンジャンル
 『小説すばる』’09年11月号に初出され、’10年7月に刊行されたアンソロジー『年刊日本SF傑作選 量子回廊』に収録された、三崎亜記さんの『確認済飛行物体』を読みました。
 未確認飛行物体が、政府の手によって「確認」されてから一年近くが経つ。それ以来、「未確認」改め「確認済」となった飛行物体は、以前にも増して頻繁に我々の前に姿を現すようになった。昼休み、外での食事を終えて会社に戻る道すがらも、「彼ら」は空で光を放っていた。ポケットの携帯電話が振動する。相手を確認しようとしておかしなことに気付く。画面には、不自然な記号が並ぶばかりだった。「私です。聞こえますか?」混線したような奇妙な音に混じって、彼女の声が聞こえてくる。「なんだか、声が聞こえづらいね」「やっぱりそう? 飛んでるからじゃないかなぁ」どうやら、彼女のいる場所からもあの光は見えているようだ。そういえば、彼女と出逢ったのは、ちょうど飛行物体が飛来してきた頃だった。
 駅前の広場には、白装束のスピリチュアル系の団体が陣取り、往来の人々に向けてアピールを続けていた。「政府は、飛行物体の正体を国民の前に明らかにせよ!」「政府は、飛行物体から託された、この星の存亡に関わるメッセージを隠蔽するな!」飛行物体は、政府により「確認」された。だが、どんな形で「確認」がなされたのかが、国民の前に明らかにされることはなかった。「お待たせ!」不意に、彼女が目の前に現れた。そう、いつだって彼女は突然に出現する。彼女は神出鬼没で気まぐれ、そして奔放だ。会う度に印象が違うし、少し一般的な常識から外れた部分もある。まあ要するに、多分に幼さを残したまま大人になってしまった女性だった。
 ホテルの最上階のレストランに向かう。今夜の彼女のご指名の場所だった。夕陽が沈む間際の特等席に案内された。私たちが座るのを待ち構えていたように、飛行物体は一段と激しく動きだす。「今まで秘密にしていたんだけど、私は、あれに乗って、この星にやって来たんだ」彼女の細い指は、窓の外に向けられていた。その先には飛行物体しかなかった。「証拠を見せようか?」そう言って、何かを念じるような仕草をした後、窓の外に向けて指を動かす。飛行物体は、彼女の指先の動きに合わせるように動いた。「君が過去にどんな男性と付き合っていようが、殺人を犯していようが、もしかして、この星の人間ではなかろうが、僕にとってたいした問題じゃないよ。そんなことは、僕が君を好きになる上での、何の障害にもならない」「だけど、私はもうすぐいなくなっちゃうかもしれないよ」「どうして?」「もうすぐ、私たちの仕事も終わるから」「仕事って?」「この星の人々が、私たちの存在を『確認』したように、私たちも、あなたたちのことを『確認』していたの。もうすぐその結論が出るんだ」その「結論」が、悲しいものであったかのように、彼女は憂いを帯びた表情を見せる。「それじゃあ、その任務が終わっても、君だけはこの星に残ってくれることを、信じているよ」「こんな出逢い方じゃなかったら、もっと別の運命が開けていたかもしれないね」「運命はきっと、どんな道を辿ったとしても、君と僕を結びつけたはずだよ」セリフの効果を確かめるべく、テーブルに視線を戻す。彼女は姿を消していた。------やれやれ。まったく、彼女の心は測りがたい。
 飛行物体が、編隊を組んで空の彼方へ遠ざかろうとしている。「もう、通常の思考に戻しても結構ですよ」ウエイターに扮した政府の職員が傍らに立ち、去りゆく光に厳しい眼差しを注いでいた。「彼らの『確認』も、終了した模様です」「共に戦うには値しない星だという結論に、至ってくれたでしょうか?」「大丈夫です」「彼ら」の到来については、早い段階から「確認」できていた。そして彼らが、この星の住民の意識レベルを調査すべく、複数の「サンプル」と接触するであろうことも。私は、その「サンプル」の一人として選ばれたのだ。駅前での呼びかけも、我々の「無関心」を際立たせるために政府によって委託された団体によるパフォーマンスだった。「長期間にわたる演技、お疲れ様でした」「いえ……」「特にあなたの場合、恋人として接触してきたわけですから、ご心労も多かったことと思います」「え? ああ、そうですね」そう言われればかすかに胸が痛む。もう「彼女」には二度と逢うことはないのだから。だが同時にわかっていた。数日もすれば、彼女のことなど記憶の片隅に完全に押しやられてしまうだろうことが。まあそれも当然のことだ。私とて、日々を忙しく生きている身だ。一つのことにいつまでも拘泥している暇などない。我々は、この星のごたごただけで手いっぱいなのだ。全宇宙の生命体を二分しての戦いなど、我々の知ったことでない。

 2段落ちの短篇で、楽しく読ませていただきました。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/