杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

ウズベキスタン視察記(その6)~自動車工場と紙すき工房を訪ねる

2018-01-09 10:00:10 | 旅行記

 ウズベキスタン4日目の10月16日は、伊藤忠といすゞ自動車が現地企業に出資した合弁会社サムオートを訪問し、生産部門責任者のアリフジャノフ氏に案内していただきました。

 サムオートはサマルカンド郊外にある敷地15万5620㎡、建屋3万7000㎡の大型自動車製造組み立て工場で、年間4000~5000台のバス&トラックを生産しています。設立した2007年当時はバス70%にトラック30%という生産比率だったのが、10年経た2017年にはバス30%・トラック70%と逆転。バスは56人乗りの低床都市型バスで、エンジンはいすゞ製。タシケントやサマルカンド市内で見かけた乗り合いバスは、100%サムオートの名前がクレジットされていました。

 この10年で生産量が激増したトラックは30車種以上を手掛け、中にはタンクローリー、救急車、ゴミ収集車のような特殊車両も含まれます。中央アジアは真夏には気温が50℃近くになり、アラル海近隣では塩害も。車輛には、日本とは違うレベルの耐久性が求められます。工場では原料の鉄はロシアから、機械はおもにドイツやイタリアから輸入し、トヨタのカイゼン方式もしっかり導入。社員は日本で研修を受けてコストダウンや職務改善の重要性を学び、生産部門のみならず事務スタッフにも徹底させたそうです。

 原料素材も本来ならば日本製がベターですが、輸入コストがかかり過ぎるため、安価で品質も安定しているロシアや最近ではスウェーデンからも導入。完成品はロシア、カザフスタン、タジキスタン、トルクメニスタン等の近隣諸国をはじめ、トルコ、グルジア、アゼルバイジャン、アフリカ等へも輸出されています。ロシアでは今はまだディーゼル車のニーズが高いそうですが、今後は天然ガス車も有望になるようです。

 事務棟の玄関には小さな日本庭園がしつらえてあり、工場内は日本の生産方式を遵守し、整理整頓が行き届いていました。流ちょうな日本語をあやつる若手通訳のファルモンさんは、日本語弁論大会で優勝したそう。前回記事で紹介したサマルカンドの複雑な歴史を顧みると、日本のやり方をよく受け入れてくれたと思います。まさにこの国が2000年以上にわたって異文化を柔軟に吸収し、折り合いをつけ、今は国自体が若く、伸びしろが非常に大きいという証拠を目の前で実感できました。

 

 午後は時空をぐ~んと遡るように、かつてサマルカンドの町が栄えたアフラシャブの丘周辺を観光しました。

コンギルメロス紙すき工房は、751年、この地に連行された唐の捕虜から伝わった紙すき技術の伝統を伝える水車小屋。19世紀半ば、紙すきの伝統はいったん途絶えたものの、1998年にこの工房が建てられ、1基だけですが昔ながらの紙漉き水車が稼働しています。

 昔、和紙の紙漉きを取材したことがあり、作り方は基本的に同じだと思いましたが、サマルカンドペーパーは養蚕に使う桑の木を原料にしていたことからシルクのような美しい光沢を持ち、細かい文字や細密画、印刷等にも最適と高く評価されているそうです。

 中央アジア随一の紙産地となったサマルカンドからはペルシャ、アフリカ、ヨーロッパへと製紙法が伝わり、シルクロードならぬ「ペーパーロード」が築かれました。事前に友人から『ペルシャ細密画の世界を歩く』(浅原昌明著)という新書を借りて読んでいたので、お土産用に細密画が印刷されたサマルカンドペーパーを購入しました。

 ペルシャ細密画は、手書きで写した書物に挿絵が入ったもので、ペルシャ3大美術(建築・工芸・写本芸術)の一つに数えられます。書は神の言葉コーランを伝えるものですから最高の芸術とされ、コーランのアラビア文字をより美しく写すことは神への善行とされました。挿絵は限られたスペースで書の意味を補完するため細密にならざるを得なくなり、それが芸術性を高め、13~14世紀には挿絵のレベルを超えた「細密画」として認知されました。

 自分用に購入したのがこれ。文字よりも挿絵の方が完全にメインになっていますから、元の絵はそんなに古くない時代のものだろうと思います。緑や青は砂漠の民ソグド人がゾロアスター教を布教させていた時代、聖なる色として珍重していたカラーだそうです。ソグド人の足跡、ほんのちょっとでも見つけられてよかった!

 イスラム教では偶像崇拝を禁じていたため、人間や動物を描く画家は書家よりも低い地位に置かれていましたが、モスクや廟といった宗教施設以外の場所=王宮内などではさかんに描かれました。一方、宗教施設では装飾芸術として人間や動物の代わりに幾何学模様、植物模様、文字文様などが発達したんですね。翌日訪ねた聖地シャーヒズィンダ廟群では、装飾アーティストが幾何学模様の制作実演を披露していました。

  自動車組み立て工場サムオートでは、ウズベク人の手先の器用さや真面目な仕事ぶりが印象的でしたが、その源泉は、ペルシャ美術に宿る「神の言葉をより正しく、より美しく、より分かりやすく伝える」という精神にあるように思えました。(つづく)



最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
感想 (友人G)
2018-02-08 00:44:27
24年前にウズベキスタンに行きましたが、当時は土産物屋など殆ど無かったので、隔世の感があります。
ウズベキスタンの今について、正しく、美しく、わかりやすく伝えていただいており、大変参考になりました。もう、静岡におけるウズベキスタンの権威ですな。
ミニアチュールの資料、少しはお役に立てたようで良かったです。
返信する