杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

酒屋さんに期待すること

2008-04-22 17:09:30 | しずおか地酒研究会

 『吟醸王国しずおか』映像製作支援委員会の会員募集を始めて1ヶ月が過ぎました。初めから資金援助のターゲットを業界関係者に置かず、純粋な静岡酒ファンや、クリエーター発信型の企画に共鳴してくれる人に呼びかけたので、一般の方々の申込みが多く、本当にありがたいです。

 

  作品は、地酒を商う酒販店や飲食店の皆さんの追い風にもなれるのでは、と考えていますが、実際に入会を申し込んでくれた業務店はごくわずか。ちゃんと最初から“ターゲット”にして営業活動をしないのがまずかったのでしょうか。この上は、撮りだめしてある画を仮編集したサンプル映像を、お店などに持ち込んで観ていただくなど、営業に本腰を入れねばなりません。

 

 

  静岡の蔵元さんたちも、その昔は試飲酒持参で営業店を回って苦労したそうです。「取引して欲しかったら1ケースに〇本サービスしろ」「店の看板を寄贈しろ」なんてよく言われたとか。営業先でいくらアタマを下げても、ネームバリューの酒には勝てないのなら、品質をトコトン磨いて、向こうから「納品してくれ」とアタマを下げてくるような酒を造るしかない・・・蔵元たちのそんな反骨精神が、静岡を吟醸王国にのし上げたのでした。

 

  私も彼らに倣って、黙っていても周囲から「応援させてくれ」といわれるような映像を撮るぞ!と独りで盛り上がっているんですが、現実は甘くありません…。撮影と両立でどこまで出来るか体力的にも自信がないのですが、ここは、どぶ板営業の鉄則に従い、試飲酒持参で営業に回るような感覚で、サンプル映像を各地で観てもらおうと思っています。そんな映像が出来たら話を聞いてやってもいい、と思われる店主や地酒愛好会のみなさん、ぜひお願いします。

 

 

 昨日(21日)は、東伊豆町稲取の地酒専門店『吟酒むらため』さんから、入会申込みをいただき、酒販店さんからの貴重な申込みに小躍りしました!。

 伊豆は、ハッキリいって静岡の酒不毛の土地。せっかく県外から多くの観光客がやってくるのに、旅館・ホテル・料理店で、静岡の酒にこだわる店が本当に少ないんですね。そんな中、稲取では、手打ちそば誇宇耶と吟酒むらためという2店の“志士”が、伊豆ではネームバリューの低い静岡の酒を一生懸命普及させています。

 

 私は、彼ら2店の努力に報いるためにも、伊豆の観光業者に向けて何かインパクトのあることをしたいと考え、2003年に、女性日本酒ライターの草分け的存在であるエッセイストの藤田千恵子さんを稲取にお招きし、しずおか地酒サロンを開催しました。後日、会報ニュースに紹介した藤田さんの講演録は、今、読んでも示唆に富んでおり、学ぶべき点も多いので、ここに一部を再掲します。当時の藤田さんのご指摘、今は多少、改善されているように思いますが、いかがでしょうか。藤田さんから「プロの酒屋でしょう?」と叱られるような店が減っているといいんですが・・・。

 

 「地酒と食とおもてなし ~ 観光地の真のホスピタリティを探る」
■開催日/2003年621日(土)~22日(日)
■講 師/藤田千恵子さん フリージャーナリスト 「日本の大吟醸」(新潮社刊)はじめDscn2387日本酒関連の著書多数、酒・食・旅の専門誌・一般誌等で活躍中。

 

  

  静岡県というのは日本酒ファンには地酒王国として認知されており、20年ほど前、静岡の酒が軒並み全国新酒鑑評会で入賞したことは日本酒ファンにとっても大きな出来事でした。それまで「磯自慢」は海苔の佃煮だと思っていた人も多かったそうですが(笑)、首都圏ではもうそんな人はいません。
 お酒というのはイメージの産物ですので、私もイメージで言わせていただければ、静岡の酒は明るくてさわやかで呑み疲れしないという印象です。事実、静岡の酒を呑んで「呑み疲れた」という経験はありません。しかし地元静岡の方はその実力をどれだけご存知でしょうか。昨年春、静岡を訪ねたとき、ある酒屋さんで地酒を選ぼうとしたら、「静岡の酒は静岡酵母で造ってあるからどれもおんなじ味だよ」と言われ、キレそうになってしまいました(笑)。同じ酵母を使っても蔵が違い、造り手が違い、水や米が異なれば同じなんてあり得ない。自分の身近にあるものほど見えないということもありますが、プロの酒屋さんなのに地元に宝石のような銘柄があることを知らないなんて
 
でもこれは全国各地で見られる現象です。築地の魚と同じで、いいものはみんな東京へ行ってしまう。日本酒ファンは、そのお酒が造られた場所へ行ったり、その場所の料理と一緒に飲みたいと思うのに、地元に行っても地酒が呑めないことがあるんです。

 

 

  日本酒ファンが旅行を計画し、その土地に足を踏み入れ、景色を楽しみ、旅館に着いてお風呂に入るまでは幸せです。しかしその後がいけない。お目当ての地酒がなく、あったとしても純米酒や吟醸酒ではなく、醸造用アルコールが多めに添加してある普通酒だったりします。「温泉地に銘酒なし」というあきらめの境地に達し、あるときから旅行に行くときは酒を宅配便で宿へ送ってから出かける、なんてこともしました。もちろん持ち込み料は支払いますので、割高になってしまうのですが、せっかくの旅行ですし、いいものを食べたい呑みたいと思うわけです。
 そのうちに、食と泊の分離という現象を起こし、旅行は行きたいが食事つきの旅館ではなく、温泉は日帰り施設、宿はシティホテル、食事は地元の居酒屋というスタイルをとるようになりました。旅館に泊まれば一度に済むし、楽だし、くつろげるし、一番いいわけです。そんな一番いいことをあきらめてまでそうするというのは、それほど旅館の飲食が辛いからなんです。

 

  なぜ旅館の食事が居酒屋に負けてしまうのでしょうか。私の経験では、居心地のよい旅館を避けて居酒屋に行くのは、ひとつは居酒屋には数合わせのメニューはなく、自分が食べたいものを食べたい量だけ楽しめるからです。旅館ではこれでもかこれでもかと思うほど運ばれてくるのに、印象に残ったりお代わりしたくなるようなメニューがなく、「こなしていく」という感じで食べなくてはいけない。熱いものが冷めていて、冷たいものがぬるくなっている。見た目や数を重視するのか、見るからに添加物を使っているようなものも少なくありません。それは今の時代の嗜好に合っているとはとても思えません。
 温泉旅館というのは本来、体を癒し、健康を取り戻す施設であるはずです。そこにとても人工的な食事が出てきてしまったら意味がない。若い人はホテルや居酒屋を使いわけることに抵抗はありませんが、家族連れや高齢者には辛いですよね。出来たら旅館でゆっくりしたいのに。
 何を出されるかわからないというのは、楽しい反面、その店の料理人に信頼がなければ成り立たないことだと思います。旅館というのは観光業の中の「総合芸術」なんです。誰もが旅館業に就けるわけではありません。今、旅館業を営んでいらっしゃるかたは、そんな自覚を持っていただけたらと思います。

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  今日はせっかくお招きいただいたので、静岡の食とお酒の相性についてちょっと考えてみました。まず私の好きな桜えびの掻き揚げはビールに合いますが、日本酒も発泡性のあるものがいいんじゃないでしょうか。桜えびは春先のものですから、春の新酒の時期にちょうど出てくるにごり酒や発泡タイプのものが合うと思います。掻き揚げは塩でいただくのがオススメです。
 お酒の順番としては、食前酒に吟醸酒をいただき、次に香りの穏やかな純米吟醸を。料理コースには最低でも23種類の日本酒を合わせていただきたいですね。

  こちらの名物で金目鯛の煮付けがあります。砂糖を使ったり、酒やみりんを使ったりと、味付けはそれぞれの店で違うと思いますが、煮魚には純米酒のぬる燗や、味付けが濃い目だったら2~3年熟成させたものでも合うと思います。これはうなぎの蒲焼にも合いますね。
 ただ、酒と料理をあまり細かく言い過ぎてもいけないと思います。四谷の鈴傅という酒屋さんは夕方から居酒屋を営んでおられるのですが「組み合わせを楽しむのはいいけど日本酒はなんにでも合うんだから、行き過ぎてはいけないよ」とよく言われます。日本酒は甘・酸・渋・苦の味がバランスよく含まれる、他には例のない食中酒です。そのおおらかさが日本酒の魅力でもあるわけです。ちなみに鈴傅さんからは「どんな面白い話をして、いい酒を呑ませても女性は美味しい料理がなければ満足しないよって男性に伝えておいて」と言われました(笑)。

 

  みなさんもご存知の湯布院は、ひとつひとつの施設もさることながら、地域全体の力を感じます。まず土地のものをきちんと生かしている。玉の湯さんでは地元の無農薬野菜の朝市が開かれ、きれいな竹細工なども目を楽しませてくれます。農家のかたとのつながりをご主人がとても大切にしていて、農家が厨房に直接採れたての野菜を運んでいました。旅館の食事を23泊続けると疲れることがありますが、湯布院ではそのような体験はせず、毎度の食事がとても楽しみでした。料理研究家と地元畜産農家が協働で美味しいハムやソーセージを作ったりもしています。
 矢野顕子さんの歌に「食べたものが私になる」という歌詞があって、すごく好きなんですが、食事は私たちの体を作るものですから、旅行の最中であってもそういう意識を持ちたいし、旅館業の人は娯楽施設としてだけでなく、人の健康や命にかかわる仕事をしているという意識を傾けていただけたら、と思います。
 玉の湯さんには日本酒やワインもいいものが揃っているのですが、以前、私のところへ「九州の美味しい地酒をそろえたいんだけど」と相談が来て、いろいろご提案したところ、従業員のかたが事前に自分たちが作る料理とどんなお酒が合うのか、熱心に勉強した上で提供したとおっしゃっていました。あの旅館の人気はこんな地道な努力の賜物なんだと思いました。
また、亀の井別館のご主人はコーヒー豆にも凝っていて、旅館でお出しするコーヒーの味にとても気を配っています。

 

 オランダでは失業対策でワークシェアリングを行い、8時間の仕事を5時間と3時間で分け合うというようにして立ち直ったと聞きましたが、亀の井のご主人も「観光業もそんなシェアリングが必要じゃないか」と考え、1泊目は自分の旅館で食事を楽しんでいただき、2泊目は湯布院の街中で食事していただくという提案もしています。伸びていくには自分たちの利益だけ考えるのでは駄目だと言う。温泉地として多くの人に認知され、ひいきにしてもらうには、山の中の一軒家では駄目で、温泉郷としての魅力を打ち出す必要があると。湯布院にしても地域の力で多くの客を惹きつけているのです。これは日本酒もまったく同じで「うちの蔵はこういう美味しい酒が出来た」のではなく、「静岡の酒っておいしいね」というようにエリアとして認知され、親しまれた上で、個々の蔵の個性を打ち出すべきです。今は日本酒離れということが言われてしますので、銘柄や地域もさることながら、もっと広く、「日本酒っておいしいよ」という訴え掛けが必要ではないでしょうか。(文責 鈴木真弓)