杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

観音とお水取りの旅 その2

2008-03-06 15:44:30 | 歴史

 341430分から、奈良国立博物館と市民サポート団体・結(ゆい)の会が主催する『お水取り展鑑賞とお松明』に参加しました。同博物館の西山厚教育部長のお水取り解説を聴講し、開催中の『お水取り展』を鑑賞し、東大寺に移動して219世別当上野道善管主の講話を聞き、19時からのお松明入場を見学するという内容です。

 

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  昨日のブログで書いたとおり、私は、雑誌『あかい奈良』2007年春号で、お水取りのご利益について取材し、多少の知識はあったものの、今回の西山先生のウィットに富んだ素晴らしい解説と、上野管主の味のある講話を通じ、改めて魅了させられました。

 

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お水取りとは、正式には〈東大寺修二会(しゅにえ)〉といい、天平勝宝4年(752)に東大寺が建立された年から始まり、なんと、今年で1257回目。1度も中止されたことはありません。伝統行事が1250回以上、途切れることなく続いているのは、地球上でもこの修二会だけ。とんでもなく凄いことです。

どんな行事かとひと口で言えば、二月堂のご本尊・十一面観音さまに、悔過(けか)=ひたすら人間の悪行をお詫びし、最後に天下安穏、五穀成熟、万民豊楽をお祈りするというもの。何もしないで都合のいいことだけお祈りするのは申し訳ないので、まずあやまってあやまって、あやまりし尽くした上で祈る、というわけです。「観音さまも、ただあやまられ通しでは居心地が悪いでしょう? だから時々、音楽に乗せて、“南無観自在菩薩”とフルネームでお名前を呼んで褒めてさしあげるのです。そのうち、いつまでもフルネームで呼ぶのは他人行儀だから、“南無観自在”とお名前を縮めて呼び、最後は“南無観”だけになる。節をつけてナムカンナムカンと連呼するのは聞いていて実に楽しい。奈良仏教は、それだけおおらかで、仏と人の距離が近かったんですよ」と西山先生。

 二月堂縁起絵巻によると、「お水取り」と呼ばれるのは、修二会を始めた実忠和尚が、全国の神々を二月堂にお呼びしたとき、若狭の国の遠敷明神(おにゅうみょうじん)が釣りをしていて遅参してしまった。おわびに、二月堂の近くで香水を出すことを約束すると、今の、二月堂下の閼伽井屋(あかいや)と呼ばれる井戸のある場所で、黒と白の鵜が地中から飛び出し、その穴から甘露な清泉が湧き出したので、観音さまに1年分の香水をお供えすることに。313日午前1時過ぎから行われるこの行事が「お水取り」で、修二会のクライマックス、といわれDsc_0017るのです。

 

テレビや観光写真などでおなじみのお松明とは、観音さまにあやまる11人の練行僧が、31日から14日までの参篭期間中、二月堂に入場するときの足もとの灯り。そう、夜道の明かりに過ぎないのです。しかし足明かりといっても、松明の長さは約6メートル。クライマックスを迎える12日夜の籠松明は、長さ8メートル、重さ6070キログラムの大きさで、回廊を登り、二月堂の欄干を進む間、花吹雪のような火の粉を撒き散らします。お松明の火の粉を浴びると健康になる、燃えカスを子どもの枕元に置くと、夜鳴きが治るといったご利益もあるそうです。

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 大半の観光客は、お松明の入場が終わると、そそくさと帰ってしまいます。今回の講座も、お松明が終わった後は自由解散になりましたが、修二会はこの後が本番。深夜1時ぐらいまで、日によっては、過去帳(二月堂に縁のある人の名を、聖武天皇から順に読み上げる)、走り(観音さまの周囲を走って廻る=天上の1日は人間界の400年にあたるため、急いで悔過しなければならないので、走るようになった)、五体投地(体を板に打ちつけて悔い改める)、達陀(だったん=内陣で松明を引き回し、法螺貝、鈴、錫杖を鳴らす)といったユニークな行事が繰り広げらDsc_0027_2れます。

 

 一般の参拝者のうち、男性は堂内に入って間近に観ることができますが、女性は不可。二月堂の四方側面にある局と呼ばれるスペースで、格子越しに観るしかありません。それでも、1257回続いている法会だと思うと、同じ空気を吸っているだけで神妙な気持ちになります。

 

 練行僧の日記によると、治承4年(11801228日、東大寺は平氏の焼き討ちに遭い、大仏殿はじめ大部分が焼失し、数々の法会が断絶したそうです。二月堂は無事でしたが、寺ではすべての法会の中止を決めました。ところが11人の僧が「絶対に絶やしてはいけない」と反旗を翻し、寺に関係なく、自分たちだけで続けると決め、初日に4人の僧が加わり、15人で続行したそうです。今、思えば、大変な決断だったわけです。

 

 

 泊りがけで参加した昨年は、午前0時までねばって、過去帳の読み上げをじっと聞き入ることができましたが、今回は、翌日に仕事があるため、2355分京都駅発の夜行バスで帰らなければなりません。凍てつく寒さの中、参拝者は一人二人と減り、私が居た局に残ったのは数人。0時近くに「走り」があり、その後、参拝者に数滴ずつ、ありがたいお香水の授与があるので、それを待っているのでしょう。一緒に残りたかったのですが、1258回以降のお楽しみにしようと、二月堂を後にしました。

 

 

 ところで、二月堂のご本尊・十一面観音は、秘仏中の秘仏で、一般はおろか、練行僧すら観たことがないという観音さま。大小2体の像が安置され、修二会では前半に大観音、後半に小観音が本尊として入れ替わるそうです。

お姿を観られない観音さまに、1200年以上もひたすら懺悔し、それを一度も絶やしたことがないという修二会。同じ十一面観音でも、午前中にお会いした渡岸寺の観音さまとは、かくも置かれた環境が違うのかと思います。

 

 目に見えないものに心を寄せ続けるというのは苦しいことです。逆に、見えすぎて、心で感じることができなくなることもあります。帰路のバスの中、第三者にものを伝える仕事をする上で、対象物のどの部分を、どのように、どこまで見せるのか、伝えるべきかを深く考えさせられました。