一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

楽しい映画と美しいオペラ―その2

2006-12-13 23:38:30 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その2

永遠は存在しないか―アーノンクールポネル『コシ・ファン・トゥッテ』

  先日、オペラ好きの友人から連絡が入った。新しいDVDを入手したので観に来ないかとのこと。『コシ・ファン・トゥッテ』、しかもアーノンクールとポネルの組み合わせだという。これはなんとしても行くしかない。
 
アーノンクールは、いうまでもなく、先ごろ来日して日本の音楽界を賑わせたニコラウス・アーノンクール、そしてポネルとは、フランスの演出家、ジャン=ピエール・ポネルのことである。

  ポネルはすでに1988年に事故で亡くなっている。50歳代半ばの若さだったが、幸いその舞台の多くが映像として残されている。オペラの映像を初めて鑑賞するのなら、ポネルの舞台に優るものはない。現在のオペラ上演は、特にヨーロッパでは、本来の設定から離れて、かなり自由奔放に行われている。同じ『コシ・ファン・トゥッテ』でも、2002年のベルリン国立歌劇場でのそれは、時代は現代、旅客機も登場し、ゲバラのTシャツを着た若者たちのマリファナ・パーティーまであるという「過激さ」である(バレンボイムの指揮、ドリス・デーリエの演出)。これはこれで一見に値するのだが、やはり「正統的な」上演を経験してから観るべきものだろう。

  ポネルの演出は、作品の時代背景もキチンと押さえた、それこそ「正統的な」演出である。しかし彼の作り出す舞台は、どれをとっても、この言葉にややもすると含まれる退屈さとは無縁の、生命力に溢れたものとなっている。とりわけモーツァルトの『フィガロの結婚』、ロッシーニの『セビリアの理髪師』『チェネレントラ』など、オペラ・ブッファが素晴らしい。

  さて『コシ・ファン・トゥッテ』である。ダ・ポンテ3部作の掉尾を飾るオペラ・ブッファの傑作を演出して、ポネルの右に出る者はいないだろうとまで期待したのだった。しかも音楽はアーノンクール指揮のウィーン・フィルである。期待の裏切られるはずはない。
 この映像は、舞台そのものではなく、声と映像を別々に収録した「映画」である。まず音楽が録音され、映像がそれに合わせて作られたのは間違いない。ポネルはおそらく、音源が作られる過程にまで関わったのではないか。そう思えるほど、この映画は音楽と映像が緊密に結びついている。グリエルモがドラベッラを口説き落とす、バリトンとメゾ・ソプラノの二重唱の場面など、音楽は濃密な官能に満たされ、これ以上先に進められるのだろうかと観るものを惑乱させるほどの危うさである。映像は、触れなば落ちんというドラベッラの姿をアップでとらえて、そのなまめかしさは、音楽に対してぎりぎりの拮抗を保っている。
 
 『コシ・ファン・トゥッテ』、すなわち「女はみんなこうしたもの」は、男たちが寄ってたかって姉妹の貞節を試そうとする、ある意味でまことに不道徳な、女性蔑視のオペラである。同時代のベートーヴェンはそのテーマに不快感を持ったし、ワーグナーも「これほどひどい台本ではさすがのモーツァルトも力を発揮できなかった」と切り捨てている。20世紀はじめのマーラー指揮による上演が再評価への道を開いたようだが、歌劇場のレパートリーに必要不可欠な作品となったのは第二次世界大戦の後である。

  このオペラの何よりの特徴は重唱の美しさである。三組の男女(二組の恋人同士、老哲学者、召使)が繰り広げる二重唱、三重唱、四重唱、さらに五重唱、六重唱は、それこそ天上の美しさである。モーツァルトは嬉々としてこの音楽を書いたにちがいないし、二転三転するダ・ポンテの台本は、傑作を生み出した源泉にふさわしくよく出来ている。そして、そのテーマも、19世紀のヨーロッパが切り捨てた単なる「不道徳さ」を超えて、もっと人間の本質を見つめたものではないかというのが現代の見方であろう。

  アーノンクールとポネルが、この多義性に満ちたオペラに見出したテーマとは何か。それは、移ろいゆくものへの愛惜である。「永遠の愛」という美しい理想が崩れ去り悲嘆にくれる若者たちを尻目に、老哲学者ドン・アルフォンソは、ひとりその姿を楽しんでいる。
 
  ところがである、モーツァルトの音楽を聴いていると、「永遠」という言葉を信じるほかはなくなってくるから、やはり一筋縄ではいかない。

エディタ・グルベローヴァ
デローレス・ジーグラー
ルイス・リマ
フェルッチョ・フルラネット
パオロ・モンタルソロ
テレサ・ストラータス
ニコラウス・アーノンクール[指揮]
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
ジャン=ピエール・ポネル[製作/装置/演出]

2006年12月10日 j-mosa



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