一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

楽しい映画と美しいオペラ―その44

2013-02-13 20:37:58 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ――その44


               高倉健が、愛おしい

                           ――降旗康男「駅 STATION」

 

 高倉健という俳優は前々から気になっていた。そんな存在でありながら、彼の主演作品を映画館で観たことはほとんどない。こんな人間が高倉健を云々するのはおこがましいが、それは承知の上で、今日の話題は健さんに絞らせていただく。こういう気持ちにさせてくれる俳優はめったにいないし、それは何故なのかも考えてみたい。

 私の観た高倉健主演の映画は数少ない。任侠映画は観る気もしないし(健さんフアンには申し訳ない)、せいぜいが山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」と「遥かなる山の呼び声」、他に「居酒屋兆治」や「冬の華」。「八甲田山」、「鉄道員」も観ているな。これらの映画を通して、高倉健はどこか気にかかっていた。もちろんいい男である。それも近頃珍しい、太い眉の、いかにも男らしい男である。演技はお世辞にもうまいとはいえない。しかしスクリーンから発散されるその存在感は観る者を圧倒する。圧倒されながら、どの映画にも不満だった。高倉健が生かされていない。

 たとえば三船敏郎である。男らしい風貌、演技はうまいとはいえないが、圧倒的な存在感。高倉健に近い俳優だ。しかし、彼は黒澤明という稀有な監督によって数々の名作を残すことができた。「野良犬」「七人の侍」「羅生門」「蜘蛛の巣城」「赤ひげ」など数え上げればキリがない。とりわけ「用心棒」は黒澤・三船コンビの最高傑作だと思う。残念ながら高倉には、三船に於ける黒澤がいなかったのではないか。無念というか、惜しいというか、高倉健については、こんな感懐を抱いていたのだった。

 だいたいがワンパターンすぎるのである。暗い過去がある、刑期を終えて出所した、正義感に溢れ、腕っぷしが強くてぶっきらぼう、女性には淡白だが、もちろんもてる。山田洋次作品ですらそうで、三船が演じた黒澤映画の主人公の多様性に比べて、あまりに単純である。不器用で、個性が強すぎる高倉の存在そのものに問題があるのだろうか、などと思ってもみた。

 ところが、年末に放映された映画のなかに「駅 STATION」があって、私は非常な感銘を受けた。ああ、これが高倉健なのだ、と思ったのである。大袈裟にいえば、彼はこの作品で映画史に残る俳優になったとさえ思った。もちろん全編これ高倉健で、彼を極立たせる映画である。彼の主演する映画はどれもそうなのだが、しかし「駅」は他の作品とはー味も二味も違っていた。

 まず倉本聡の脚本がいい。ひとつひとつの事件や出来事が丁寧に描かれ、それらを伏線にして物語が展開する。物語は重層構造をなし、人物の描写も彫が深い。黒澤作品が人を引き付けるのも、優れた脚本のお蔭である。黒澤は自身も優れた作家であったが、菊島隆三、橋本忍、小国英雄など錚々たるメンバーと構想を練った。脚本の重要性はいくら強調してもしすぎることはない。

 監督は降旗康男。彼は「冬の華」「居酒屋兆治」「鉄道員」など、高倉主演の映画を何本も撮っているのだが、この作品では同じ監督とは思えない腕の冴えを見せている。犯人を追いつめるサスペンスの迫力もさることながら、倍賞千恵子、烏丸せつこ、宇崎竜童、いしだあゆみ、根津甚八といった俳優の個性を見事に引き出している。分けても、現実からズレ、浮遊感漂う烏丸の演技は出色である。居酒屋のテレビに流れる八代亜紀の「舟唄」も効いている。作品が傑作となるには、ひとつの要素も欠けてはならない。高倉健の前にはすべてが揃ったのだ。そして彼は――。

 高倉健はやはり強くなければならない。彼は警察官で射撃の名手、最後の場面ではその力を存分に発揮する。しかし警察官は、やくざや殺人犯とは異なり、「体制側」の人間である。高倉のイメージとは異なる。ここでは、仕事に疑問を抱き、現実とのギャップに苦しむ男、という普遍性を獲得することになる。

 たった一度過ちを犯した妻を許すことができない。妻は幼い息子を連れて家を出る。最初のシーンは彼らと別れる駅の風景。愛しているが故の別離は、融通のきかない不器用な男の悲劇を象徴している。これもまた高倉健である。いしだあゆみが初々しいだけに痛ましい。

 飲み屋の女将が倍賞千恵子。何を演じても器用にこなす女優だが、いずれも自然さを失わない。ある意味で高倉健とは対照的な役者である。そんな二人が恋に落ちる。なるほど、男と女の間に必要なものは「相性」だと、十分に納得がいく。健さんは文句なく女にもてる。それに他者にも優しい。

 ひとつひとつ挙げていけば何のことはない、これまでの高倉健のイメージそのものである。しかし、この映画の高倉健は愛おしい。それは、生きることに確かな意味を見いだせない男が、静かに、なお生きようとしているからである。降りしきる雪のなかに彼はたたずむ。その哀しい姿が、無性に愛おしい。


■《駅 STATION》
1981年11月7日 公開
2012年12月31日 NHKBSプレミアムで放映
脚本:倉本聡
監督:降旗康男
音楽:宇崎竜童
出演:高倉健、倍賞千恵子、いしだあゆみ、烏丸せつこ、宇崎竜童、根津甚八

2013年2月11日 J.mosa



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。