一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

楽しい映画と美しいオペラ―その43

2012-12-05 18:47:18 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その43


          生き続けているポネル
                  ――言葉と音楽、そして演出

 

 

 オペラほど「総合芸術」という言葉がふさわしい芸術はちょっと見あたらない。音楽と演劇と美術が渾然と一体になり、時にバレエも楽しむことができる。衣装に関心がある人にとっても、オペラは心躍る芸術であるにちがいない。

 言葉が先か、音楽が先か、リヒャルト・シュトラウスがこんなテーマで作品を書いているくらいだから(《カプリッチョ》)、オペラに於ける言葉と音楽の融合ぶりはとりわけ著しい。ホーフマンスタールのとびっきりの台本で、《ばらの騎士》や《アラベラ》や《影のない女》などの傑作を生み出してきたリヒャルト・シュトラウスである。言葉と音楽の関係性は生涯のテーマであったことだろう。

 さてオペラに於いて、近年とみに話題となっているのは演出である。これは言葉とも音楽とも密接に関わるものだが、この演出によってオペラ作品はかなりちがったものになる。

 最近の例では、メトロポリタン・オペラの初日を飾ったドニゼッティの《愛の妙薬》。これは村の若者ネモリーノの一途な恋に焦点が当てられていて、まっとうな青春恋物語となっている。一方、NHKのBSで先ごろ放映されたバーデン・バーデンのプロダクションは、映画の撮影現場という劇中劇を挿入した、いわばドタバタ喜劇である。この上演は、主役のネモリーノを歌ったテノール歌手ロランド・ビリャソンの演出で、才気あふれる舞台だ。

 総じてイタリアのオペラ作品にはそれほど奇抜な演出の手法は使えない。時代背景をはじめとする状況設定がかなりリアルで、手を加えることが難しいのである。それでもメトとバーデン・バーデンの二つの舞台は、これが同じ台本と音楽をもとに制作されたのかと疑うほどに、違ったものになっている。どちらが好みかは人によって分かれるだろうが、歌手の出来も含めて、私は断然バーデン・バーデンの方が面白かった。

 それはさておき、演出の斬新さで群を抜いているのはドイツだろう。なかでもワーグナー作品上演の聖地バイロイトは、リヒャルト・ワーグナーの曾孫カタリーナ・ワーグナーが総監督になって以来(2009年)、その過激さが際立っている。ロマンチックな《ローエングリン》には大量のネズミが登場するし、神聖祭典劇《パルジファル》には羽根をもった天使たちが舞台を動き回る。この天使たちはいったい何を意味するのだろうかと考えているうちにオペラが終わってしまった。

 どこの国でもオペラの聴衆が減っている。オペラだけではなく、クラシック音楽は長期低落傾向にある。日本でも演奏会場には白い頭髪が目立ち、若者の姿はほとんど見られない。バイロイトでもその流れは等しく、34歳と若いカタリーナは危機感を持っているのだ。それに百数十年間、同じ演目を上演し続けてきた。斬新なプロダクションをつくり、若者の足を劇場に運ばせたいと考えるのは当然である。しかしその苦慮の結果がいまのバイロイトの上演だと思うと、どうしても疑問符がつく。

 10月23日のウィーン国立歌劇場の日本公演、モーツァルトの《フィガロの結婚》は素晴らしかった。《フィガロ》をこのオペラ座で聴くことは、ヴェルディの《ドン・カルロ》をミラノ・スカラ座で聴くことと同じく、私の長い間の夢だった。後者は2009年のミラノ・スカラ座の東京公演で実現したので、今回のウィーン国立歌劇場の横浜公演は待ちに待ったものだった。その上演がジャン=ピエール・ポネルのプロダクションというのも嬉しいことだった。

 ポネルはすでに1988年に亡くなっている。このプロダクションがウィーンで初演されたのはさらにその10年以上も前のことだ。それは1976年に映像化されたDVDが存在することで分かる。これは私にとってかけがえのない映像で、レザーディスクで繰り返し鑑賞したものだ。そのプロダクションを実際に観ることができる! 心騒いだのも道理であろう。ウィーン国立歌劇場が40年近くもポネルのプロダクションを温めてきたことも感慨が深かった。

 指揮のペーター・シュナイダー、主要キャスト(とりわけバルバラ・フリットリの伯爵夫人!)、オーケストラ、いずれをとっても申し分なく、これぞオペラだと、その晩は遅くまで興奮冷めやらなかった。ポネルがつくりあげた舞台は壮麗な建築美に満ち、登場人物には生きた血が通っている。そして舞台上には、モーツァルトの音楽が息づいている。華やかで、軽やかで、喜びに溢れ、憤りですら美しく、さらに生きることの哀しみまでもが……。

 言葉と音楽をいかに深く理解するか、演出の極意はこの平凡な結論につきるような気がする。それが伝統的なものであれ、奇をてらったものであれ、文学と音楽をともに愛する演出家であれば、いい舞台がつくれるはずである。ポネルに溢れるようにあったこの愛が、バイロイトに招かれた演出家には欠落しているように思われてならない。究極のオペラ上演は演奏会形式だ、などといわれないためにも(一理ある意見ではある)、上質の舞台がつくられ続けていくことを望みたいものだ。 

■《愛の妙薬》
バーデン・バーデン歌劇場
2011年5月~6月 上演
2012年11月12日 NHKBSプレミアム放映
演出:ロランド・ビリャソン
指揮・演奏:パブロ・ヘラス・カサド/バルタザール・ノイマン合奏団・合唱団
出演:ロランド・ビリャソン(ネモリーノ)
      ミア・パーソン(アディーナ) 


ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場

2012年10月13日 上演
2012年11月8日 銀座東劇にて上映
演出:バートレット・シャー
指揮・演奏:マウリツィオ・ベニーニ/メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
出演:マシュー・ポレンザーニ(ネモリーノ)
      アンナ・ネトレプコ(アディーナ) 

■《フィガロの結婚》
神奈川県県民ホール
2012年10月23日 上演
演出・美術:ジャン=ピエール・ポネル
指揮・演奏:ペーター・シュナイダー/ウィーン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
出演:アーウィン・シュロット(フィガロ)
   シルヴィア・シュヴァルツ(スザンナ)
   カルロス・アルバレス(伯爵)
   バルバラ・フリットリ(伯爵夫人)
   マルガリータ・グルシュコヴァ(ケルビーノ)

2012年12月2日 j-mosa 



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