法曹界なう★2
『面白い恋人』問題と、人の名前
弁護士 寺本倫子
北海道の土産品として有名な菓子『白い恋人』を製造販売する石屋製菓が、吉本興業などが売り出した菓子『面白い恋人』が商標権を侵害しているなどとして、商法法と不正競争防止法に基づき販売の差止めを求める訴えを札幌地裁に起こしたとの記事があった(平成23年11月29日付朝日新聞朝刊)。
『白い恋人』は、クッキーでホワイトチョコを挟んだ菓子であり、『面白い恋人』は、みたらし味のゴーフレットであり、平成22年7月から売り出され、石屋製菓によれば、「『面白い恋人』は、『白い恋人』にブランド力にただ乗りし、不当な利益を追求しようとしている、商道徳、コンプライアンス(法令遵守)の欠落は著しく断罪されるべきだ」と指摘しているという。当の私も、北海道の土産物と言えば、真っ先に思い出すのは、『白い恋人』であり、洒落た名前に、お土産としてもらったときも気分が良くなる。この名前を考えた人は、さぞやロマン溢れるセンスをお持ちではないかと想像してみたりする。名前から受けるそんなイメージからすれば、石屋製菓からしてみれば、今回の件は、「面白い」では済まされないとして立ち上がったのであろう。ただ、法的に見たらどうなのか、裁判所は、この差止め訴訟に対していかなる法的判断を下すのか、あるいは話し合いで終わるのか注目したい。
『白い恋人』問題は、商品名の紛争であるが、人についても名前の問題が起きることがある。
夫が昔の恋人の名前を生まれたばかりの子どもに付けたことが妻に発覚し、妻は怒り心頭、名を変更したいと考えたり、親に珍奇な名前、難読な名前を付けられた者が、名を変更したい場合は現実に生じる。通称や芸名は別として、ここで問題としているのは、戸籍上の名を変更できるかどうかである。
まず、できるかどうか、という点については、戸籍法に規定があり、正当な事由によって名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得ることによって、戸籍の届出ができると戸籍法107条の2に規定されている。よって、できるのである。しかし、家庭裁判所に名の変更許可申立をし、許可が下りなければならず、しかも、家庭裁判所は、「正当の事由」がなければ許可はしない。単に、自分の名が気に入らないからというだけでは家庭裁判所は認めてはくれない。では、どんな場合に、家庭裁判所は、「正当の事由」が認められるとして、許可してくれるのであろうか。
過去の裁判例を探してみると、いくつか許可が認められたものがある。
・平成9年の事例で、申立人が戸籍上の氏名で呼ばれると、幼少期に受けた虐待の加害者ひいては加害行為を想起し、強い精神的苦痛を感じるなどから「正当事由」を認めた。
・同じく平成9年、平成中学三年の男子が僧名への変更許可を求めた事案で、申立人の僧侶になる意思は強く、今後も僧侶の道を歩むであろうことが推認され、僧名へ変更することが申立人の今後の生活に有益であり、改名したとしても他の者に対し格別の不利益や弊害を及ぼすとは考えられないなどとして「正当事由」を認めた。
・次に平成21年の事例で、申立人が、「長男」として出生届出がされ、「A」という男性的な名前が付けられたが、申立人は、性同一性傷害であり、「A」という男性的な名では生活に支障を来し、その名を使用することによて精神的な苦痛を被っているとして、「B」という女性的な名前への変更を申し立てた事件がある。
この事件では、第一審である神戸家庭裁判所は、申立人が精神的苦痛を被っていることは認めつつも、軽視できない社会的支障、混乱が生じるなどとして、「正当な事由」は認められないとして、許可しなかった。これに対して、第二審である大阪高裁は、申立人は精神的苦痛を感じており、戸籍上の名の使用を強いることは社会観念上不当であり、名の変更によって職場や社会生活に混乱が生じるような事情は認められないとして、「正当な事由」を認め、名の変更を許可した。この事件では、性同一性障害に対する理解が第一審と第二審とでは大きく異なったことで結論が分かれたと思われる。性同一性障害について、社会として理解を深めていかなければならない気運のある中、第二審はこのような背景を踏まえた判断をしたといえよう。
個人の名とはいえ、そうやすやすと変更を認めては社会的に混乱が起こることは否めず、単なる個人的な感情だけで裁判所は「正当な事由」があるとは認めてくれない。しかし、考えてもみれば、元来、親から授かった名。余程の事情でもない限り、大切にしたいと思うが、どうだろうか。