一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

北沢方邦の伊豆高原日記143

2013-05-08 23:09:29 | 伊豆高原日記

北沢方邦の伊豆高原日記【143】
Kitazawa, Masakuni 

 今年は早くも新緑を背景に柑橘類の白い花々が咲きはじめ、あたりに甘い芳香をただよわせ、道端では名も知れぬ野草の小さな花々が、紫や緋色、あるいは黄色や白と可憐に目を楽しませている。しかし連休がつづくこの季節、例年、日除け傘をもちだして芝生の露台でお茶などを楽しむのだが、今年は気温が低く、日射しは強いにもかかわらず早々と室内に退散することとなる。北海道は平地でも雪が降ったという。

女性的思考の強靭さ

 いつぞやこのフォーラムの「ジェンダー問題セミナー」で脳の性差について話したが、女性のほうが脳梁(corpus callosum)の容積が大きく、したがって左脳と右脳とのコミュニケーションにすぐれている。男はつねに左脳優先で考え、したがって観念的であるのに対して、女の思考はつねに感性や身体性に根差し、したがってものごとをバランスよく全体的にとらえる。

 このことを思い出したのは、世界銀行の要職を歴任し、副総裁となって世銀改革に取り組み、いまは退任された西水美恵子さんの著書『あなたの中のリーダーへ』(2012年英治出版)を頂き、読了したからである。

 今年の2月10日付の毎日新聞のコラム「時代の風」に西水さんが、「日本から学ぶ10のこと」と題して、東日本大震災時の被災者たちをはじめとする日本人の行動様式が世界から絶賛を浴び、そこに平静、威厳、能力、品格、秩序、犠牲(心)、優しさ、訓練、報道(節度ある)、良心の10の徳が現れていたとする1通のメールが世界をかけめぐったことを書かれた。さらにそれに対する彼女自身のことばに感動し、手紙と拙著(日本人性の原点としての『古事記の宇宙論』)をお送りした。

 もちろんご返事などは期待していなかったのだが、この4月の末、いまは本拠としておられるイギリス領ヴァージン諸島から、お手紙とアマゾン経由でのこのご著書を頂くこととなったのだ(毎日新聞気付の私の本と手紙は船便で1ヶ月半がかりで送られたらしい)。

 この本の内容そのものがまたすばらしく、お礼の手紙を書くまえにこのブログで紹介することに思い至った。

 これはある業界紙の連載コラムをまとめたものであり、したがって内容に若干の重複はあるが、世界銀行の要職にあって業務をこなし、その多くは年上である部下たちと対等な絆をつくり、世界の貧困を撲滅するために現場に飛び出し、世銀の組織改革だけではなく、意識や心の改革にとりくんだ感動的な記録であり、告白であるといえる。

 まず「はじめに」からして感動的だ。パキスタンの貧困な農村の現場にはじめて足を踏み入れたとき「鬼が暴れだした」。水道も電気もなにもないこんな貧しい村で、こんな無学な人たちと暮らすのは厭だという、無意識の差別という鬼だ。「貧困解消を使命とする世界銀行で働いているくせに、貧しい人を見下していた自分を見た」。私にも深刻な経験がある。この日記20で書いたが、絶対に人種差別主義者ではありえないと信じていた自分のなかに、無意識の人種差別主義者の「鬼」が住んでいるのを自覚したときの驚愕である。左脳では拒否していたのに、右脳に「鬼」は住みつづけていたのだ。

 この原点から彼女は出発する。まずは上下の差別のないチームづくりである。対等であるだけではなく、成員の全員が公の業務だけではなく、生活や趣味趣向にいたる全体的なもの、私の用語でいう身体性を含めてトータルな人間としての絆をつくり、貧困の現場を体験し、そこから貧困解消のアイデアやヴィジョンを練り、政策に移し、実行しようというのである。

 そこから世界の未来像も見えてくる。数度にわたるブータン訪問と4世および5世の雷龍(ワンチュク)王の謁見と対話、マハートマ・ガーンディやマーティン・ルーサー・キング・ジュニアたちの非暴力思想への共感、世界の文化の多様性やそれぞれの真の伝統のすばらしさ(わが国では、退任後彼女が赴任した庄内地方がモデルとなる)、そこからえられるのは、人間の幸福度は資源やエネルギーの消費量には絶対に比例しない、経済成長はたんなる結果にすぎず、それを目的とするとき人類は滅亡にさえおもむきかねない、などなど、私がこの日記でたびたび主張してきた世界の脱近代の未来像と共振するヴィジョンが現れてくる。

 またチームづくりや組織論の根底にあるのは、かつての一部の近代的フェミニズムとはまったく異なる真のフェミニズム、いわば自然体のフェミニズムである。それがたんに思想としてあるのではなく、たとえば世銀に共働きの男女のために保育所を設ける(男性職員の利用率が大きくなる)など、実践や実現としてあらわれ、また影響をもちはじめることがすばらしい。青木やよひが生きていたら私以上に共感したにちがいない。

冒頭で述べたように、こうした女性固有の強靭な思考力を生かす組織や社会こそ、新しい未来を生みだす力となるにちがいない。

 とにかく本書は、あらゆるひとびとに一読をすすめたい。

 

 



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