◆コンサート・チケットについての緊急ご報告◆
没後180年記念レクチャー・コンサート
不滅の戀人にみる ベートーヴェンの變貌
おかげさまで、入場券完売となりました。
皆様有難うございました。
当日券はございませんので、
当日おでかけいただいても、お入りになれません。
悪しからずご了承くださいませ。
●1月28日以前にご予約いただいている方は、
2月2日(金)当日、受付にてチケットをご用意してございます。
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不滅の戀人にみる ベートーヴェンの變貌
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北沢方邦の伊豆高原日記⑲
Kitazawa, Masakuni
夕暮れの美しい季節となった。東伊豆では水平線に沈む壮麗な日没はみられないが、日が山影に隠れ、緋色に燃える空も東から紫色に染まり、暮れなずむ頃、遠く濃い大島の島影に、宝石をちりばめたように町々の灯火がきらめき、ゆったりと回る閃光が灯台の位置を知らせ、漁業無線塔のまたたく赤色灯がかすかに識別できる。南の海上に点々と、イカ釣り漁船の集魚灯が、青く、あるいは黄色く、夕闇に光を放ち、そのさらに沖に、もはやさだかにはみえないが、明るい灯火をマストに掲げた大型船舶が、ゆっくりと航行する。恍惚と眺めるひとときである。
この光景はいつもながらだが、今年は年賀状が乱調子である。元日に大半は届くのに、今年は10日頃まで、数十通ずつさみだれのように配達される。私たちの年賀状も、暮の28日に投函したのに、1月10日にいただきましたなどと、電話やeメールではじめて知るしだいである。昨年の10月から、伊豆高原郵便局は集配業務を行わず、伊東の本局が担当します、と通知があったが、それ以来郵便はとどこおりがちで、昨年11月には沖縄からの普通郵便が10日もかかったことがあった。人員も大幅に減り、月曜日など郵便量の多い日には、夜暗くなってから懐中電灯片手の配達で、局員の方にはほんとうに気の毒だ。これが「郵政民営化」「地方切り捨て」の「小泉改革」の成果である。
ホピ語の不思議な世界
昨年秋、テュソンのアリゾナ大学出版局から刊行された『ホピ語辞典』を手にいれた。A4版の900ページに約30,000語がぎっしりと詰まり、英語による逆引きとホピ語文法を付録とするその分量と内容に圧倒された。アメリカという国(国家ではない)のすごさを改めて実感したしだいである。わが国で、これに相当するような大アイヌ語辞典や大琉球語辞典が刊行されるだろうか。
ホピの協力者48名の名簿に、故シドニー・ナミンハの名を見つけ、思いを新たにした。彼は、私たちの最初の長期滞在に下宿を提供してくれたジュリア・ナミンハの夫であり、薬草など自然についての博学と、思いやりのある誠実な人柄、そしてコーン・ダンス(トウモロコシの最初の収穫祭)の名道化役として、いまなお強烈な思い出をとどめている。
さてそれで、今年こそホピの友人や知人たちにホピ語のグリーティング・カードが書けるぞ、と喜び勇んだのだが、結局挫折し、いつもどおり英語になってしまった。なぜなら英語の逆引きを調べても、ホピ語には挨拶の用語やことばなど一切ないからである。それはなぜか。
その疑問に答えるまえに、すでに他の場所(月刊「言語」など)に書いたが、ホピ語の特色を紹介したい。まずジェンダーである。ホピ語にはインド・ヨーロッパ語(たとえばサンスクリット語、フランス語やスペイン語などロマンス語、ドイツ語や英語などゲルマン語)のような女性・男性・中性など名詞のジェンダーは存在しない。だが重要な語では、女の単語と男の単語がはっきり分かれている。
たとえば「ありがとう」は、女はアスクワリ、男はクァクァイという。「美しい」や「良いこと」の名詞兼形容詞兼副詞では、女はソンワイ、男はロロマという。また日本語はもちろんのこと、英語にさえあるウィメンズ・トーク(フィメイル・トークともいう)、つまり女ことばはホピにもあるし、男ことばより優雅で丁寧だ。だがここは母系社会で、女の権利が世界でももっとも強い社会といわれているのだから、これは性差別の表現ではありえない。
また昔、言語学者のベンジャミン・ワーフが、ホピ語には時制(テンス)がないと断言し、長い間それが信じられてきたが、この辞典の副編集長である北アリゾナ大学のエックハート・マロトキが、ホピ語には標準的平均ヨーロッパ語(SAE)とまったく対称的な時制があることを論じた。つまりSAEでは、過去形と現在形が主で、未来形は英語のwillが典型であるように、意志未来でしかない。ホピは逆で、現在形と未来形が主で、過去形は副詞などで補う弱い過去形でしかない。
マロトキの研究を私なりに補えば、SAEは、人間を主体として表現する言語であり、未来はしたがって「こうしよう」「こうありたい」といった人間の意志に属しているのだ。だがホピでは未来そのものは神々の世界に属し、人間の意志で変えられるものではない。未来形は神々の意志の表現である。現在のみが人間に属し、過去は現在という鏡に映る像でしかないのだ。
こうしたホピ語の深遠な世界を知れば、挨拶ことばがないという事実も了解できるだろう。すなわち、神々や精霊たちが介在しないかぎり、人間は世界や宇宙を、知覚することはできても認識することはできない。その介在のない人間同士の挨拶などは、およそ無益なものなのだ、と(そういえば、私たちに対する村人の挨拶は、いつも英語だった)。
多次元世界の国のアリス
伊豆高原日記⑥で彼女のことを紹介したが、リサ・ランドールの近著『湾曲する通路;宇宙の隠された諸次元の神秘を暴く』(Lisa Randall. Warped Pssages;Unravelling the Mysteries of the Universe’s Hidden Dimensions.Harper Collins,2005)を、必要があって大急ぎで読み終えた。
最初の三分の一ほどは、最近のストリング理論とブレーン(膜)理論の分析で、なかなか魅力的であった。とりわけ、宇宙を10次元として捉える超弦理論(スーパーストリングズ)と、11次元として把握する超重力理論(スーパーグラヴィティ)とが、対立するものではなく、相補的な二元性、つまり同じ現象を異なった視点からみるものであることが、はじめて理解できた。そのうえ各種のブレーン理論が納得のいくかたちで紹介され、それらを統合しようとするエドワード・ウィッテンの野心的なM理論(ミステリー、マトリックスなどのM)の詳細も理解できた。
だが中ほどは「標準モデル」のおさらいと、それと対立するはずのストリング理論との宥和を図るものであり、彼女の学説史上の位置を物語っていた。たしかにストリングズは10のマイナス33乗センチメートルという極微小空間に存在し、逆にその存在をたしかめるためには、10の16乗ギガ(10億)電子ヴォルト(GeV)という途方もないエネルギーを必要とする。それに対して「標準モデル」の素粒子は、せいぜい10のマイナス15乗センチメートル程度の空間、10の3乗GeV程度のエネルギーのレベルにある。この二つのレベルを共存として考えれば、たしかに「標準モデル」が難題とした「階層問題」(微視的世界における重力のほとんどゼロに近い微弱さなどの説明)は解決される。
だがこの二つのレベルを、たんに階層問題の解決として位置づけると、素粒子とストリングズとがどのような関係となるか不明になる。ストリング理論原理主義者たちは「標準モデル」の否定から出発したが、彼女は両者の宥和をはかるストリング理論穏健派といえよう。
最後の三分の一は、彼女がラマン・サンドラムとともに推進した宇宙の5次元説の展開であり、われわれのみている宇宙は、そのなかの4次元時空の局所的なシンクホール(流しの穴、すりばち状湾曲部)であるという論議は、たしかに魅力的である。だがその理論的展開の熱意に比べ、その5次元宇宙が、10次元説や11次元説とどのように折り合っているのか、明確な説明はなかった。
批判はともかく、読んで得るところもたしかに多かった。感謝したい。
北沢方邦の伊豆高原日記⑱
Kitazawa, Masakuni
二階にある私の書斎の東の窓から、遠く海上の大島を眺めることができる。以前はかなりの距離に立っているヤシャの大木の、葉の落ちた枝々のあいだから見ていたのだが、それが切り倒され、新築の家ができたがため、その屋根の向こうに青い島影すべてを見渡せるようになった。このあたりは国立公園指定地で、樹木の伐採もきびしく制限されているのだが、最近は樹木すべてを切り倒す違法な土地造成や建築が横行している。監督官庁はなにをしているのか。これも不動産業者という「民間」優先の小泉改革の「成果」なのだろうか。
それはともかく、その大島・三原山の左肩から昇るグレゴリオ暦2007年の「初日の出」を見ようとしたが、その時間、残念ながら茜色の空に紫のうろこ雲がたちはだかり、雲間に漏れる光芒が、ひと筋、ふた筋走るのみであった。
暮れのことだが、悲しいできごとがあった。その東の窓ガラスに二羽の小鳥が衝突し、首の骨を折って死んでいたのだ(窓に長いマフラーを吊るすなど防止策はこうじているのだが、それでもときどき起こる)。スズメよりかなり大きく、頭が黒、頬に白と緋色の模様、背や羽根は灰色、腹は白、尾の先が黒の美しい鳥であった。庭掃除にきていた庭師のひとたちにみせて名を聞いても、誰も知らないという。多分渡り鳥だろうと。もしだれか知っているひとがあったら教えてください。
被害者意識が真実を見えなくさせる
NHK・ETV特集「戦場からの報告・レバノン・パレスティナ」(12月30日)を見た。フリーのフォト・ジャーナリスト綿井健陽、土居敏郎、古居みずえの三人が、イスラエルによるガザ攻撃やレバノン侵攻の現場で撮影した生々しい映像に、解説を加えたものである。解説はNHKらしい穏健なものであったが、パン運送中アパッチ・ヘリコプターからの狙い撃ちで破壊された自動車の残骸から運びだされる、頭部を吹き飛ばされた運転手の血まみれの遺体など、目を蔽うばかりの映像は衝撃的であった。
そのなかで、イスラエルの国会議員であったマーガレット氏(男性)のことばや、反戦デモを行うごくわずかなひとびとの行動がきわめて印象的であった。国民の90パーセント以上がレバノン侵攻を支持し、イスラエル兵の犠牲が多かったのは作戦の誤りであるとして、首相や参謀総長の辞任を求め、より徹底した武力制圧を行うべきだとして首相官邸に坐りこむ右翼集団がいる状況で、反戦を語り、デモを行うのは想像を絶する勇気が必要である。
氏によれば、ナチス・ドイツによるホロコーストの記憶や、イスラエル建国後のアラブ諸国による包囲と戦争、パレスティナ・ゲリラのテロなどが、イスラエル国民に深刻な被害者意識をつくりだし、それが真実を覆いかくす目隠しとなっているという。つまりパレスティナ人の悲惨な状況や、市民、とりわけ子供や女性や高齢者に多くの犠牲を強いたレバノン侵攻の現実などは、その目隠しによってさえぎられ、パレスティナやレバノン侵攻の正当性やユダヤ民族の生き残りという「大義」のみがひとり歩きするのだという。
だがこの被害者意識による真実への目隠しは、私にとってはひとごとではなかった。現在のわが国の大多数のひとびとが、まさに被害者意識という目にみえない目隠しに囚われ、真実が見えなくなっているからである。
ひとつはヒロシマ・ナガサキの記憶である。いうまでもなくヒロシマ・ナガサキは、われわれの反戦・反核の原点であるが、それが南京大虐殺から重慶無差別爆撃にいたる加害者としてのわれわれの歴史の結果であり、一方的な被害ではなかったことを深刻に反省しなくてはならない。現行の「歴史認識」問題はまさにこれなのだ。
そしてもうひとつは憲法第9条である。いうまでもなくこれも、われわれの平和意識の原点であるが、自衛隊の拡大やイラク派兵、防衛庁の省への昇格など、問題は第9条の空洞化だけではない。日本の政治戦略がアメリカの世界戦略に完璧に組みこまれ、イスラーム世界をはじめ多くの国々への加害者の立場に立ちつつあるとき、憲法第9条はそれらの真実を民衆の目からそらさせる目隠しの役割を押しつけられはじめている。
さらに経済大国としてわが国は、アフリカやアジアのいわゆる発展途上国(私はこのことばが嫌いだが)に対する資源や経済の新植民地的収奪国として、明らかに加害者の立場に立つ。これも目にみえない目隠しにさえぎられた真実なのだ。
この現実の変革それ自体は、はるか彼方にかすむ目標であるとしても、少なくともわれわれは目隠しをはずし、真実を見つめなくてはならない。
サンテクジュペリの世界
これもすでに旧聞に属するが、昨年は記念の年というわけでもないのに、サンテクジュペリについてのドキュメンタリー番組がいくつか放映された。わが国では『小さな王子』(邦訳名『星の王子さま』)であまりにも有名だが、私にはこの作品を含め、サハラ砂漠に吹き渡る風にも似た、彼の「乾いたニヒリズム」ともいうべき醒めたまなざしが、どこまで理解されているのか気になった。
ある番組では、子供の頃、サンテクス(略称)にかわいがられ、飛行機に乗せてもらったというベルベル族の長老が登場し、彼のやさしさについて語っていたのが印象的であった。サハラ砂漠で墜落し、遭難し、ベルベル人たちに助けられて以来、彼らに人間の本来の姿をみいだした彼の「死の体験」や、二度にわたる凄惨な世界大戦の経験が、西欧の近代に対する深刻な反省と、近代の外に身を置く彼の「乾いたニヒリズム」をもたらしたように思う。
その醒めたまなざしが、象を飲み込む大蛇(『小さな王子』)といった奇想天外なイメージの笑いや、ドイツ空軍の制空権下、高高度を飛ぶ偵察機の死と背中合わせの状況に、乾いた笑いを誘う場面(『戦時操縦士』邦訳名『戦う操縦士』)を描きだす──
《準備はできた。われわれは機上だ。残るは伝声管のテストのみ…
「聴こえるか、デュテルトル?」
「聴こえます、大尉」
「それからあんた、機銃手、聴こえるか?」
「自分… はい… いいです… 」
「デュテルトル、機銃手が聴こえるか?」
「聴こえます、大尉」
「機銃手、デュテルトル中尉が聴こえるか?」
「自分… はい… いいです… 」
「なぜいつもあんたは、自分… はい… いいです…なんだ?」
「鉛筆を探していますんで、大尉」》
伝声管を通じたこの最初の会話が、離陸したあとの緊迫した機上の会話:「鉛筆はみつかったか?」「はい」などに引き継がれ、ドイツ空軍の戦闘機発見など、切迫した描写にはさまれるがゆえに、思わず人間的な笑いを誘う。
『戦時操縦士』は、スタンダールの『パルムの僧院』などと並んで私のもっとも好きなフランス文学作品のひとつだが、その最大の理由は、人間が操縦可能であったもっとも洗練された航空機の時代に(いまは操縦士でさえもコンピュータに制御されている)、それがもたらしている惨禍を見据えながら、一万メートルの高度よりはるか彼方の天空から近代文明をまったく相対化して見る、あるいはある意味でベルベル族よりも劣るものとして見る、サンテクスのこの「乾いたニヒリズム」にある。
遺作『城砦(シタデル)』は、難解でいささか冗長ではあるが、この彼の思想を敷衍したものである。コルシカ島沖で、ドイツ空軍のフォッケヴルフ戦闘機に撃墜され、戦死したフランスのこの「国民的英雄」は、その虚像としての仮面の下に、深い思索者としての相貌を隠しもっている。