一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

楽しい映画と美しいオペラ―その40

2012-06-11 17:49:47 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ――その40

                         

                         3人のオペラとメトロポリタン・オペラ
                                      
――「村上敏明とその仲間たち」


 6月3日に「村上敏明とその仲間たち――チャリティ・オペラ・コンサート」という手作りの音楽会があった。手作りというのは、音楽業界とは関わりのない、音楽愛好家の人たちの手になる音楽会ということである。町田市の音楽愛好団体、かしの木山NEXTという組織が主催した。会場も町田市民フォーラムホールという、席数せいぜい200人の小さなホールである。東日本大震災の被災者支援活動の一環で、4人の出演者のうちお二人は石巻市出身ということだった。チケットの売れ行きが芳しくなく、2週間ばかり前に主催者のひとりから支援要請のメールが入った。町田近辺に住んでいる友人たちにも呼びかけ、入りを心配しながらの当日となった。

 客席は7〜8割くらい埋まっていてまずはホッとしたが、中身についてはじつはそれ程の期待はしていなかった。村上敏明は藤原歌劇団や新国立劇場で主役を歌うなど、若手テノール歌手の代表的存在である。しかし会場が東京近郊の小さなホール。はたして実力どおりの歌を聴かせてくれるのか、心もとない気持ちでいたのである。ところが、私の杞憂は見事に裏切られ、まことに楽しい、歌の素晴らしさを伝えてくれるコンサートとなった。歌の背景などの説明も含めた村上の司会は、間違いなく音楽会の雰囲気を盛り上げた。


 
第1部は〈帰れソレントへ〉〈カタリ・カタリ〉などのカンツォーネと、山田耕筰作曲の〈落葉松〉〈鐘がなります〉などの日本の歌で構成されていた。音程にやや不安定さがみられたり、〈愛燦燦〉を強靭なテノールで歌ったりという?はあったものの、3人の歌手の実力はプロであることを充分に証明してくれた。しかし彼らが本領を発揮したのは、第2部の「男声が歌うオペラの魅力」である。

 
まず千葉昌哉が、《フィガロの結婚》の有名なアリア〈もう飛ぶまいぞ、この蝶々〉で、前半とは見違えるような溌剌とした歌を聴かせてくれた。持ち前の深いバリトンの声がよく響き、このアリアに要求される飛翔するような軽やかさも備えている。続く渡邊公威は、《マルタ》の〈夢のように〉を、柔らかなテノールで伸びやかに歌う。村上の〈星は光りぬ〉(《トスカ》)は、天にも届けといわんばかりの透明で力強いテノール。叙情性も兼ね備え、さすがに第一線で活躍している歌手だと納得。

 そしてこのコンサートの白眉は、何といっても《愛の妙薬》の〈ネモリーノとドゥルカマーラの二重唱〉である。朴令鈴の絶妙の伴奏に支えられて、渡邊と千葉がオペラの一場面をじつに楽しく演じてくれた。私にとって、ドニゼッティやベッリーニなどのいわゆるベルカント・オぺラは、少し遠い存在である。ヴェルディやプッチーニに比べると、ドラマ性が希薄なような気がするのだろうか。しかしベルカントがイタリア語で「美しい歌」を意味するように、ベルカント・オペラの本質はまさしく歌なのだ。渡辺と千葉のニ重唱はそのことを明確に伝えてくれた。2つの美しい声がリズミカルに、また微妙に絡まり合い、聴く者を至福の境地に誘う。

 ベルカント・オペラもいいものだと実感した私は、翌日、録画してあった《ルチア》を観ることになった。メトロポリタン・オペラの上演で、出演者もネトレプコ、ベチャワなど有名どころである。アリア、重唱、合唱、それぞれに美しい歌が溢れていて、十分に楽しんだ。それにしても、オーケストラ、裏方なども含めると何百人の大所帯。対して、前日の《愛の妙薬》の舞台は、ピアノを含めてたった3人である。3人でも数百人の上演に対抗できる! この発見こそ、町田の小さなホールで聴いたコンサートでの最大の収穫である。今度はピアノ伴奏で是非オペラの全曲をと、主催者に伝えた。


村上敏明とその仲間たち――チャリティ・オペラ・コンサート
(2012年6月3日 町田市民フォーラムホール)
第1部■カンツォーネ&日本の歌
第2部■男声が歌うオペラの魅力
テノール:村上敏明、渡邊公威
バリトン:千葉昌哉
ピアノ:朴令鈴

2012年6月6日 j-mosa



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