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ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

産学官連携による地域興しの交流会に参加しました

2010年11月06日 | 汗をかく実務者
 埼玉県の中堅・中小企業などを中心とする異業種交流会に参加しました。
 「新都心イブニングサロン」という交流会は、埼玉県の広域的産官学ネットワーキングです。11月5日の夕方に、さいたま新都心に近い北与野駅前の「新都心ビジネス交流プラザ」で第28回目が開催されました。200人ぐらいの中堅・中小企業の経営者などの方々を中心に、中堅・中小企業を支援する財団などの行政系やNPO、金融機関などのさまざまな方々が参加されているようでした。

 この交流会は参加回数が多い方々がボランティアとして自主運営しているとのことです。その中心人物は山形大学大学院教授の野長瀬祐二さんです。


 「山形大教授が、何でこの交流会の中心人物を務めているの」と、浮かんだ素朴な疑問に対して「野長瀬さんが埼玉大学の地域共同センターの教員だった時に、産学官連携の集まりを企画し、この交流会が誕生したから」と、ボランティアをお務めのお一人が教えてくれました。野長瀬さんは埼玉大の知的財産部などを立ち上げ、山形大ではMOT(マネジメント・オブ・テクノロジー、技術経営)を教えている方です。野長瀬さんは自分がしたい仕事をするために、企業、行政、大学と異動する人材流動のお手本のような方です。そして中堅・中小企業の現場を多数訪問する、汗をかく実務者です。

 交流会の前に、中堅・中小企業の経営者の方々が10分ずつ、自社の経営内容を簡潔に講演されました。さいたま市の有力中堅企業の部品メーカーの社長は粉末冶金(焼結)法を基にした精密部品の製造事業を解説しました。ミクロンレベルの寸法精度で粉末冶金によって部品をつくるポイントは一般論でしたが、精密部品をあるコストで量産する技術を確立してることが分かり、感心しました。一番感心したのは、かなり早期から台湾に生産工場を設け、現在は中国に主力工場を持っているほど、早くから海外進出したことでした。グローバル化を早く決断し実行した経営判断に驚きました。「一番の悩みは進出した国の方々を経営幹部に登用する人材教育の仕方だ」そうです。日本の製造業のグローバル化の実態を知ることができました。

 福島県郡山市の中堅企業の経営者は「特殊設備の少量生産事業から、FA(ファクトリー・オートメーション)化と呼ばれた時代から生産管理技術を自社で磨き上げ、その管理システムの外販に踏み切っている」と説明しました。さらに、特殊設備のパンフレットなどは数量が少ないので、「自社でDTP(デスク・トップ・パブリッシング)して少量のパンフレットを制作する体制を築いた」と説明されました。この結果、こうした少量のパンフレットを引き受ける事業を始めたそうです。現在は、Webページの制作事業も関連会社が手がけているとのことです。自社に必要なニーズを基に、それに応える新規事業を起こす点に、優れた経営視点を感じました。他社よりいち早くニーズを見極め、事業化できるかどうかを検討し、決断することが経営者には必要な資質だからです。

 今回、一番興味を持ったのは埼玉県蓮田市の神亀酒造(しんかめしゅぞう)のお話でした。日本の酒造業は、第二次大戦中につくれば売れる時代があったために、アルコール添加の“普通酒”日本酒を量産することを覚えて堕落したそうです。神亀酒造は日本酒本来のおいしさを消費者に届けたいと、“普通酒”をつくることを止め、原料が米、米麹(こうじ)、水だけの“純米酒”の日本酒をつくることに原点復帰しました。昔ながらのつくり方の問題点は、日本酒本来のうまみを出すには、最低でも2年、実際には4年ほど熟成する期間が必要なことでした。つまり、日本酒を仕込んでから数年間は売上げが立たないため、事業の資金繰りに困ることでした。このため、熟成期間中の“在庫”を担保に融資を受けるなどの工夫をしているようです。

 日本酒の仕込み作業は当然、寒い冬の仕事です。麹が雑菌に負けない寒さが必要だからです。このため、杜氏(とうじ)として働く従業員には、11月から3月までの冬期を含む前後は滅茶苦茶働いてもらうそうです。その代わりに、夏場を含む4月から10月はあまり仕事がなく、遊んでもらうそうです。この点が、機械・部品などをつくる工場とは異なる、勤務態勢になっているようでした。

 飲み方は「純米酒は最近流行の冷酒ではなく、ぬる燗が美味しい」とのことでした。純米酒をつくる酒造所とネットワークを組んで、純米酒のおいしさを訴えているそうです。

 この交流会に誘ってくれた方は「この交流会の良さは、本当に実績を持っている、めったに会えない経営者と話ができる点にあるのでは」といいます。交流会のあちこちで名刺交換するシーンが見られました。


  こうした場で、名刺交換し、中堅企業・中小企業の実力者に自分の企画を話す機会が得られる点に、この交流会に参加する価値があるようです。もちろん、そんなに簡単には話は進まないでしょうが、機会を活用することもある種の才能ですから。異業種交流によって、シナジー効果が生まれることが産業振興につながると実感を持てた交流会でした。


TLOの構造改革に成功した坂井取締役にお会いしました

2010年10月30日 | 汗をかく実務者
 関西TLOは大学の研究成果から産まれた知的財産を、企業などに技術移転する株式会社です。
 1998年に創業した関西TLOは一時、倒産がささやかれる所まで追い込まれ、大胆な構造改革を断行してV字回復した企業です。その関西TLOの抜本的リストラとなる構造改革を企画し指揮した坂井貴行取締役にお目にかかりました。


 坂井さんは外見は筋肉むきむきのスポーツマンです。特に、この写真を撮影した時は、ラガーマンそのものでした。坂井さんはラクビーの名門の同志社大学で活躍したラガーマンです。話し方も、熱い闘志を示す体育系的な表現が多い方ですが、見かけと異なり、実は“知将”の方です。冷静に戦略・戦術を練る方だからです。

 TLOは「Technology Licensing Organization」の頭文字で、「技術移転機関」と翻訳されます。日本では大学に関連する組織としてつくられ、平成10年(1998年)12月に関西TLOなどの4機関が、文部科学省と経済産業省に事業が承認され、「承認TLO」第一号として技術移転事業を始めました(承認を受けると、両省からさまざまな支援を受けることができます)。技術移転事業とは、大学の教員や研究者が見いだした優れた研究開発成果を、特許などの知的財産として権利化し、その知的財産を企業などにライセンスして対価を得る事業です。技術移転を受けた企業は、その知的財産を活用して独創的な製品やサービスを開発し、販売して事業収入を得ます。自社の中央研究所の代わりに、大学や公的研究機関が優れた技術シーズとなる「知」を企業などに提供する役目を果たす訳です。

 関西TLO(正確には、「関西ティー・テル・オー」です)は京都駅のすぐ近くに拠点を構える承認TLOです。設立当初は、関西圏にある京都大学などの国立大学や立命館大学などの私立大学などのいろいろな大学の知的財産を手がける広域TLOとして出発しました。関西圏の大学群の研究成果を一手に引き受けることで、多数の優れた研究成果の中から、企業が欲しがりそうな特許などの知的財産を選び抜いて、企業へのライセンスが成り立つ可能性を高め、技術移転事業を成り立たせる作戦でした。当初は、この作戦が当たって、同社は技術移転事業で順調に収入を伸ばしました。

 
 上図は関西TLOの技術移転事業の収入の年度変化です(この図は関西TLOが作成したものです)。

 ところが、平成15年度(2004年度)7月から文部科学省は知的財産本部整備事業を始めました。この結果、各有力大学は学内に知的財産本部(実際の名称は各大学で異なります)設けたことで、TLOの技術移転事業の前提が大きく変わりました。承認TLOの多くは各大学との技術移転事業の役割分担を再構築せざるを得ない厳しい局面に立たされることになりました。この辺は、具体的にはかなりややこしい話なので、説明はここまでにします。

 こうした厳しい局面の中で、関西TLOは特定の大学と密接な関係を持たない広域TLOだったことがかえって仇(あだ)となり、株式会社としての存続を再検討する事態にまで陥りました。この結果、同社は2006年10月に抜本的なリストラを実施する生き残り策を実施しました。“経営維新2006”と名付けた技術移転事業の構造改革を推進した立役者は、坂井取締役でした。

 関西TLOが採用したのは“大学共同経営型”TLOに変身する構造改革でした。各大学から、知的財産本部の業務を支援する知的財産マネジメントの業務委託を受け、特許などの知的財産化したものを、企業などにライセンスするマーケティング業務に特化し、その技術移転によって収益を上げるビジネスモデルでした。

 このビジネスモデルを実践するには、技術移転の営業に優れた営業担当者を社内に抱えることが必要になりました。このため、従来のように外部の企業などからの出向者を営業担当者の中核に据えることを止め、優秀な若手を正社員として雇用し、社内で営業の専門家に育成する人事制度に切り替えました。優秀な若手を採用する際に坂井取締役が確認する質問があるとのことですが、今後の正社員の採用の正否に影響するため、公表は差し控えます。

 若手と中堅の正社員を優秀な営業担当者(関西TLOは「アソシエイト」という呼称を職名に採用しています)に育て上げた結果、関西TLOは22007年6月に和歌山大学と、2008年4月に京都大学と、それぞれ技術移転事業での“知的財産マネジメント”の業務委託契約を締結することに成功しました。その後も、奈良県立医科大学、大阪府立大学と同様の業務委託を受けています。坂井さんは「業務委託契約には至っていないが京都工芸繊維大学、同志社大学、九州大学とも協力態勢をとっています」と説明します。

 現在、国立大学系が学外に関連企業として設けた外部型の承認TLOの多くは厳しい経営状況に陥っています(私立大学が学内に設けた承認TLOの経営状況は原則、非公開なので不明です)。例えば、2008年7月に筑波大学系の株式会社筑波リエゾン研究所が、2009年3月に北海道大学系の株式会社北海道TLOが、2010年6月に長崎大学系の株式会社長崎TLOと静岡大学系などの財団法人浜松科学技術研究振興会(静岡TLOやらまいか)がそれぞれ廃業しました。現在、46機関ある承認TLOの中で、技術移転事業などで黒字を出しているのは10機関程度と推定されています。こうした厳しい状況に追い込まれている承認TLOは、関西TLOの構造改革を見習って立ち直ってほしいと思います。彼らが立ち直って、各TLOの技術移転事業がうまく行き出すということは、日本の企業の新製品・新サービス開発が成功することになり、産業振興になるからです。

 坂井さんが考えたTLOの構造改革は、日本でイノベーション創出が成功する確率を高めることになると想像しています。

“壮年起業”を実践されている方をお訪ねしました

2010年10月24日 | 汗をかく実務者
 加藤石生(いわお)さんは“壮年起業”を実践した方です
 ある大手化学企業にお勤めしていて、定年が近づいた58歳の際に、加藤さんは技術営業を売り物とする“技術”商社のセラミックスフォーラムを起業しました。これまでに研究開発者として培った人脈を生かし、自分の力で定年後の人生を切り開こうと考えたからです。


 9年前の平成13年(2001年)8月にセラミックスフォーラムを数人の仲間と創業しました。その当時から、加藤さんは代表取締役として猛烈に仕事をされています。大手企業のサラリーマン(従業員)の時と違って、経営者として自分の責任で最善の手を決断し、事業を運営することは「とても楽しい」とのことです。定年後に関連企業などに再就職しても、仕事内容が自分の意のままにならないのであれば、「思い切って数100万円の資本金で会社を創業することをお薦めしたい」といいます。自分が得意で気に入ったことを仕事にできるからです。自分が好きな仕事ならば、厳しい局面でも楽しく仕事ができるようです。

 加藤さんは「当社を無闇矢鱈(むやみやたら)に大きく成長させない」と宣言しています。そして、「できるだけ借金をしないことを心掛けている」そうです。着実に企業を成長させていくことで、従業員をリスクにさらさないように心掛けているようです。同社は現在、加藤さんなどの常勤役員と従業員を併せて5人のこじんまりした会社です。創業後にいただいた電子メールでは、事業実績を社内で公表し、各人の給料を話し合いで決めているとのことでした。

 セラミックスフォーラムはガラス溶解技術やガラスシーラント、炭化ケイ素(シリコンカーバイド)などの特殊な材料とその関連技術などを輸入する技術商社です。ガラス溶解技術はチェコやフランス、ハンガリーなどの欧州の企業と提携し、国内企業に提供しています。炭化ケイ素はドイツ企業からウエハーを輸入し販売しています。

 炭化ケイ素ウエハーは、10年数年前に加藤さんから見せていただいた記憶があります。当時の加藤さんは大手化学企業のセラミックス開発事業の責任者から子会社の商社に異動されたころでした。開発技術者から事業の営業などを担当されていたように記憶しています。この事業の営業担当者としての経験が、結果的に起業に役に立ったのではないかと推定しています。欧州の先進技術を持つ企業群をパートナー企業にできた点が加藤さんの人脈のすごさです。

 加藤さんが“セラミックスフォーラム”という少し変わった企業名を創業した会社に採用した理由は、元々は仲間たちと企業の枠を超えて、毎月、セラミックスの勉強会を開催していたことに由来します。そのころは、“セラミックスフォーラム”という自主勉強会に何回か参加させていただきました。同社は現在でもガラスやセラミックなどの先端技術についての勉強会を約2カ月ごとに開催しています。加藤さんが先端技術についての勉強を続けることが自社の事業を強化すると考えているからです。同時に、先端技術を目指す者同士の人脈を大事にされているからと思います。

 日本はベンチャー企業の創業数が米国などに比べて少ないといわれています。加藤さんは「“壮年起業”は事業をつくるスキルを持ち、販売などで信頼を得られる人脈を築いている壮年の方に薦めたい」と加藤さんは力説します。日本型のベンチャー企業の起業の薦めとして、加藤さんの実践は説得力を感じます。

 セラミックスフォーラムは創業当初はJRの神田駅近くの神田富山町付近にオフィスを構えられました。その後、秋葉原駅近くの台東区台東のビルに引っ越され、今年10月2日に江東区青海の「the SOHO」というビルに引っ越されました。今回、セラミックスフォーラムにお邪魔したのは、このthe SOHOという新しいオフィスを見学させていただくためでした。


 ゆりかもめのテレコムセンター駅から徒歩5分の距離でした。

 the SOHOビルは、SOHO(Small Office/Home Office=スモールオフィス・ホームオフィス)と呼ばれる小規模事業主向けのオフィスを約350区画備えたビルです。このビルは有名なインテリアデザイナーの片山正通さんがデザインしたことで知られています。片山正通さんは株式会社ワンダーウォールの代表として、話題の販売店のデザインを手がけ、繁盛店にすることで有名な方です。

 the SOHOビルのSOHOオフィスはフィットネスやバーラウンジなどを備え、入居者同士が共有スペースで交流し、何かを産み出す場として働くようにデザインされています。ビルの内側は中庭があり、内部が中空な構成です。各階のSOHOオフィスの通路側は多彩な色に塗られた独自の空間でした。中空空間は多彩な色が美しい絵になっています。




 元々のビルのコンセプトから、デザイナーやクリエーターなどが集まる拠点のようです。ここを拠点に、創造的な仕事をする方の事業が花開くことで、コンテンツやソフトウエアなどの新産業が盛んになればいいと感じました。
 
 

小さな、良くできたイノベーションの仕組みに感心しました

2010年10月16日 | 汗をかく実務者
 東京工業大学大学院で開講された「ノンプロフィットマネジメントコース2010」の公開講座を拝聴しました。
 10月15日夜から東工大の大岡山キャンパスでノンプロフィットマネジメントコース2010の授業が始まりました。受講する学生に加えて、公開講座として一般の方にも公開しています。「Chenge the World」というキャッチフレーズの下に、社会起業家による社会イノベーションの実践事例を学ぶ授業です。第1回目の授業の聴講者数は約40人で、半数以上が学生の方でした。

 授業を担当するのは、渡辺孝教授です。6月4日の本ブログで紹介させていただいた芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科の科長・教授です。以前から東工大教授も兼務されています。渡辺さんは2009年度と2010年度に東工大大学院社会工学専攻で「国際的社会起業家養成プログラム」を実施され、社会起業家を育成されました。この時は「アジアでの社会起業家育成が中心になったため、留学生の方の参加が多かった」と伺いました。

 今年度からは「ノンプロフィットマネジメントコース2010」という名称で、社会起業家の育成を図っています。その第1回目の授業の講師は、NPO法人「育て上げ」ネット理事長の工藤啓さんです。同NPO法人のWebサイトのトップページの右下に工藤さんの顔写真が載っています。


 工藤さんは講義の中で、よくできた仕組みの小さなイノベーションを説明されました。その出来映えに感心しました。小さなイノベーションを説明する前説がやや長いのですが、以下お読みください。

 工藤さんは不登校児童やニート、引きこもりなどの人間関係がうまく築けない若者(15歳から35歳まで)の就業支援などの事業を展開している方です。工藤さんによると、厚生労働省の調査データからニートは63万人、引きこもりは70万人もいるそうです。若者が持続的に社会に参加し、経済的に自立するようにする就業支援は、日本にとっての重要な社会投資だそうです。

 日本では高齢者化と少子化が同時並行で進み、労働人口の不足が大きな社会課題になり始めています。この点で、働く若者が増えれば、日本の社会の安定につながります。逆に、若者の中に非就労者が増えて、自活できない社会人が増えると、社会不安が高まります。そして、若者の非就労者が将来、ホームレスの老人にまで進んでしまうと、仕事の仕方などを教えることが事実上できなくなり、「ホームレス対策の社会コストがかなりかかる事態に陥るだろう」と説明されます。

 ニートや引きこもりの若者は、他人とや社会との付き合い方が下手なだけなので、人との付き合い方を教えると同時に、仕事のやり方を教えることによって、経済的自立が可能になり、自分の将来に希望がもてるようになるとのことです。

 同NPO法人は受益者負担事業として、ニートや引きこもりの若者に仕事のやり方を教える「ジョブトレ」などを実施しています。1カ月当たり4万円の“月謝”で、若者に就業支援の訓練を行います。当該の若者との事前面談を経て、地元商店街から頼まれた作業・仕事を経験することで、いろいろな仕事を体験します。商店街やビルなどの清掃活動を、仕事の“ウオーミングアップ”に取り入れているそうです。さらに、スーツを着て企業に簡単なデスクワーク体験に出かける企業実習も体験します。農家から頼まれた援農も体験します。この結果、20件ぐらいの仕事をグループで継続的に体験することで、当該の若者は継続的に仕事をするスキルを会得するようです。このジョブトレを経て、就職できれば、任務終了です。就職しても、すぐに辞めないようにも支援します。

 重要な点は、受益者負担事業を有料の事業として行っていることです。NPO法人はボランティア団体ではありません。そこで働く職員・スタッフは仕事として支援事業に携わります。負担金を出すのは、若者の母親が多いそうです。現在、同事業の希望者が多く、待機していただいているとのことです。ニートや引きこもりの若者が36歳以上の中年になり、「両親がその若者を支えられなくなる前に、就業してもらいたい」と、願う母親が多いようです。父親は仕事に忙しく、自分の子供の問題に対応できないとのことです。

 これからが今回知った小さなシステムのイノベーションの本論です。工藤さんは「キフホン・プロジェクト」という仕組みを考案しました。


 本などの物販事業のWebサイトであるAmazonサイトは、中古本を販売する仕組みを持っています。長野県上田市のバリューブックスは、この中古本の仕組みを用いて、中古本販売の事業を展開しています。

 工藤さんはNPO法人が進める若者への自立・就労支援のために寄付金を求めています。受益者負担事業に応募できない貧しい親や若者本人も中にはいます。こうした若者は寄付金という善意のお金で就業支援をしたいからです。でも、「寄付金をください」とお願いしてもなかなか応じてもらえないとのことです。そこで、工藤さんは「読み終わった不要な本をNPOに寄付してください」ということならば、応じやすいと考えました。

 漫画や雑誌以外の単行本(正確にはバーコードISBNが付いている本)が5冊以上になったら、バリューブックスに電話すると、ヤマト運輸の宅配業者が当該本を集荷に来ます。寄附された単行本を受け取ったバリューブックスは、中古本としての値付けをし、その収益の中からNPO法人「育て上げ」ネットに寄付金分を渡します。

 同NPO法人は「キフホン・プロジェクト」の仕組みがあることを広報する以外は、何もしないで寄付金を受け取ることができる仕組みです。重要なことは、「キフホン・プロジェクト」が成立するように、バリューブックスとヤマト運輸と話し合って仕組みを築いたことです。よくいわれるWin-Winの関係が構築されています。こうした社会システムを組み上げ、Win-Winの関係を築くことが社会起業家の任務です。

 工藤さんは協賛企業を増やすには、「その企業にとってメリットがある仕組みを提案することが重要」といいます。そうしたWin-Winの関係の仕組みを提案することが社会イノベーションであり、社会起業家の使命になっているとのことです。単なる善意では持続的な仕組みを構築できません。持続的な社会システムを産み出す社会起業家が増えると、「地域社会の課題が解決できる」といいます。

九州TLO社長の坂本さんにお目にかかりました

2010年10月03日 | 汗をかく実務者
 通称“九州TLO”と呼ぶ産学連携機構九州(福岡市)の社長の坂本剛さんに先月、お目にかかりました。
 TLOとは「技術移転機関」と呼ばれ、大学や公的研究機関(例えば産業技術総合研究所や理化学研究所)などの研究成果から産まれる特許などの知的財産を入手したいと希望する企業などに原則、有料で提供する組織です。その収益を大学や公的研究機関なんどの次の研究開発費に充てる技術移転事業を担う組織です。大学などの“知”を産業などに移転し、我々が住む社会をよくするのが使命です。

 産学連携機構九州(福岡市)は承認TLO(技術移転機関)の1社で、主に九州大学の研究成果の技術移転を受け持つ株式会社です。平成12年(2000年)4月に九大の教員や企業などが出資して創業した株式会社です。九大の教員や学生の研究成果から産まれた特許やソフトウエア、ノウハウなどを使う権利である実施権を、企業などに有償で提供する事業を展開しています。いわゆる「特許を売る」と表現されることの多くは、実施権を有料で与えることです(特許そのものを売ることもあります)。“承認”TLOとは、文部科学省と経済産業省が、その技術移転事業などの正当性を認めていろいろと支援する、国が承認した技術移転機関です。

 坂本さんは、産学連携機構九州の事実上の初めての“専任”社長です。代表取締役社長です。

 
 これまでは、同社の社長は九州を代表する大企業の会長・社長や九大の副学長が兼任してきました。技術移転事業を受け持つTLOは、ある種のベンチャー企業そのものです。技術移転のプロが少数精鋭で技術移転事業を進めないと、なかなか採算がとれません。日本には現在、46機関の承認TLOがあります。実質的に黒字の所は少ないとみられています。今年になって数機関が承認TLOを辞退し、活動を停止しました。こうした厳しい状況のため、若い坂本さんに同社の経営を任せ、技術移転事業を機動的に進めていくことになったのだと想像しています。

 坂本さんは、2010年3月末までは九大知的財産本部(IMAQ)の起業支援グループリーダーを務めていました。今回の社長就任に伴って、九大を退職し、社長に専念する姿勢を固めました。起業支援グループのリーダーとして、九大発ベンチャー企業などの創業支援などを手がけてきた実績を持つため、上司や同僚から「企業経営を支援してきたので、TLOというベンチャー企業を経営もできるだろう」といわれて、「実際に経営できることを示したいと思って、社長を引き受けた」と笑います。

 同社は、九大から大学発ベンチャー企業支援と事業化支援の業務委託を受け、その支援活動を本格化させています。大学発ベンチャー企業を支援する事業は、一般的には多くの大学では知的財産本部(名称は各大学で異なる)が担当しています。九大も2009年度までは知的財産本部が担当していました。承認TLOが大学発ベンチャー企業の支援業務を中核業務に据えるのは珍しいケースです。今回、同社が独自路線を踏み出した理由は、九大が2010年3月末に知的財産本部を再編したからです。その一環として、起業支援業務を外部機関である産学連携機構九州に業務委託しました。

 九大は大学発ベンチャー企業の創業数を順調に増やしている数少ない大学の一つです。経済産業省の大学連携推進課が平成14年度~20年度(2002年度から2008年度)まで実施した「大学発ベンチャーに関する基礎調査」によると、九大発ベンチャー企業の創業数は平成15年度(2003年度)に35社だったのが、毎年度ごとに順調に増え、同19年度(2007年度)に53社、20年度(2008年度)に55社、21年度(2009年度)に56社と、九大は大学発ベンチャー企業を創業させる有力大学に定着しています。

 産学連携機構九州は、九大の教員や学生の研究成果などを基にベンチャー企業を創業する支援策として、アドバイザーなどが教員や学生などが立案した起業案件を検討し改良するメンタンリングを実施しています。これは以前の起業支援グループが実施してきた手法を引き付いだものです。さらに、この支援業務を強化するために「これまで築いてきた“福岡地域での大学発ベンチャー企業支援者ネットワーク”の拡充を図っていきたい」と、坂本さんは説明します。大学発ベンチャー企業の支援に実績を持つ、若い坂本さんが産学連携機構九州を活力ある企業に育て上げれば、赤字に苦しんでいる他の承認TLOにも、明るい展望が開けることになります。坂本さんの腕前を見守りたいと思います。技術移転実務者の方々が坂本さんを支援することによって、日本の技術移転事業を活発化させ、ベンチャー企業が多数産まれれば、日本の産業振興を図ることができます。