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ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

DeNAの南場社長の講演話の続きです

2010年11月28日 | 汗をかく実務者
 DeNAの南場智子代表取締役社長はベンチャー企業を成長させる基本原則を話されました。「事業に成功した時にこそ、その成功体験に呪縛(じゅばく)されないことが重要」といいます。この点は、今回初めて拝聴した内容です。
 11月26日に慶応義塾大学三田キャンパスで開催された第19回ベンチャー・プライベート・コンファレンスでの基調講演での話です。


 DeNA(ディー・エヌ・エー、東京都渋谷区)は2006年2月に携帯電話機向けの「モバゲータウン」というソーシャル・ネットワーキング・サービス(Social Network Service、SNS)のプラットフォームを提供し始めました。その利用者数は2008年に1000万人を超え、2009年末には1500万人を超したそうです。この時点で、先行して事業化した携帯電話機向けオークションサイト「モバオク」の利用者数を上回り、事業モデルを代えたことになります。利用者数の増加は、2009年9月から自社でモバゲータウン向けのゲームを開発し提供し始めた効果が効いていると分析できます。その後は2010年中ごろに2000万人を超す急成長を続けています。

 ゲームは原則、無料です。しかし、DeNAが利益を上げられる仕組みは、ゲームの主人公などに着させる衣装や武器を有料で提供しているからと聞いています(こうしたゲームをしないので、南場社長の以前の講演で聞いた話です)。南場社長によると「1日当たり1億円売り上げた」こともあるそうです。

 今回の講演では、DeNAが2010年9月に自社のPC向けモバゲータウンを終了させ、Yahoo!モバゲータウンに完全移行した理由を説明されました。「DeNAの事業のコアは、広義の“ソーシャルメディア”事業だ」といいます。つまり、「ソーシャル・ネットワーキング・サービスの仕組みとなるプラットフォームを提供することが自社の強みと判断した」と説明します。米国のソーシャル・ネットワーキング・サービス大手のFacebook、日本最大のmixi(ミクシィ)との違いは、ゲームを組み合わせた点にあります。

 自社でゲームを開発しユーザーに提供すれば、そこからの利益は100%自社に入ります。一方、他社がゲームを開発し、DeNAのプラットフォームを提供する場合は、「利益の約30%しか入らない」そうです。しかし、ゲームの中でヒットするのは一部です。特にメガヒットするのはごく一部です。このため、自社以外のゲームを提供するオープン化を実施し、メガヒットゲームを当てるのが同社の戦略です。

 DeNAはゲームの場を、パソコン向けにはYahoo!に、ソーシャル・ネットワーキング・サービス向けにはmixiなどに開放しています。


  あくまでも同社はソーシャル・ネットワーキング・サービスの仕組みとなるプラットフォームを提供することをコア事業に定めた決断の結果です。

 この決断をした理由は、ゲームを提供し始めた時に売上げが伸び、同社内には安定志向が強まった空気を、南場さんは敏感に感じ取ったようです。しかも、売上げの鈍化も始まりました。「自社のコア事業はプラットフォームの提供と見極め、他社のゲームに場を公開するとの決断をした」そうです。当然、社内には収益が高い自社製ゲームに固執する意見が多かったそうです。この点は難しい判断ですが、日本の多くの大手企業が事業の成功体験の呪縛から抜け出せず、ピーク後に事業収益の悪化に苦しんでいる点からは、他山の石となる話だと思います。

 DeNAの売上げ高は、2006年3月に約64億円を達成してからは急成長し、2010年3月に481億円に達しています。経常利益は2006年3月に約18億円を達成し、2010年3月には215億円に達しています。同社が経常利益を黒字化したのは2004年3月期です。この結果、2005年2月に東証マザーズに上場しています。

 1999年3月に創業した後もオークションサイトの仕組みであるプラットフォームなどの事業投資に努めた結果、2000年当時に集めた19億円はどんどん減っていきます。オークション事業に成功するには、追加投資が必要と金策に走り回ります。ベンチャーキャピタル(VC)などのあらゆる金融機関に追加投資をお願いします。すると、担当者は「今審議中です」と結論を引き延ばし「今月末までに連絡がなければ、だめだった思ってください」との電話連絡を受け、そのままになる対応が多かったとのことです。相手の電話での通告の仕打ちを無念とは感じたそうですが、南場さんは「事業の世界は、要は金次第」と割り切ったそうです。

 2001年3月ごろに、ソニー系インターネットプロバイダーのソネットと、日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)、以前勤務していたマッキンゼー・アンド・カンパニーの大先輩の3者は合計5億7000万円の追加投資をしてくれます。この追加投資を受けて事業投資を続け、DeNAは2004年に経常利益を黒字化し、売上げ高を急成長させます。ここに至るまでは、「当社はIT系ベンチャーの負け組と揶揄(やゆ)されていた」と語ります。

 この追加投資の話は、ベンチャーキャピタルの担当者の先見性を物語ります。単なる担当者意識ではなく、対象企業のコア事業の強みは何かを考え、時期が合っているかを考え続けるのが仕事になります。この点で、独立系ベンチャーキャピタルの日本テクノロジーベンチャーパートナーズは独自の存在感を持っているといわれています。代表の村口和孝さんは、DeNAが資金調達で苦しんでいた時に、追加投資に応じたことで、先見性を持つとの実績を示しました。


 村口さんと南場さんがパネルで並んだ写真です。

 2005年2月にDeNAが東証マザーズに上場した際に得た上場益を、日本テクノロジーベンチャーパートナーズは次のベンチャー企業投資に用いています。DeNAも上場で得た資金調達を用いて、自社に必要な技術や事業を持つIT系ベンチャー企業を次々と買収しています。そして、最近は米国のIT系ベンチャー企業を買収したり、出資したとしています。自社が持つゲームとソーシャル・ネットワーキング・サービスのプラットフォーム事業を米国で展開するためです。

 最近は、日本で急成長したベンチャー企業は、米国や中国などの大市場に打って出る傾向を強めています。例えば、ユニクロや楽天は海外市場展開を急いでいます。国内市場での頭打ち感が強いからです。

DeNAの南場社長の講演をまた拝聴しました

2010年11月27日 | 汗をかく実務者
 「モバゲータウン」などで有名なDeNA(東京都渋谷区)の南場智子代表取締役社長の講演を拝聴しました。たぶん、講演を聞くのは4、5回目です。
 11月25日と26日の2日間にわたって、慶応義塾大学三田キャンパスで開催された第19回ベンチャー・プライベート・コンファレンスの目玉の講師をお務めになりました。

 多忙な南場さんは、慶応三田キャンパスに3時間30分も滞在しました。かなりのサービスです。有名人の南場さんの話を聞こうと、慶大生が多数聞きに来ていました。




 今年の就職試験状況からみると、就職試験時の面接で話すネタを仕入れに来ているようです。あるいは同社に就職希望を持っているのかもしれません。

 南場さんに講師を依頼した、日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)代表の村口和孝さんは、DeNAが資金調達で苦しんでいた時に、追加投資に応じた恩人です。その一方で、2005年2月にDeNAが東証マザーズに上場した際に、日本テクノロジーベンチャーパートナーズは上場益を十分得たといわれています。

 最近のDeNA(正確にはディー・エヌ・エー)は「怪盗ロワイヤル」などの携帯電話機向けなどの無料ゲームで有名なベンチャー企業です。

 
 現在、DeNAは資本金約43億円、東証一部に上場する中堅会社に成長しています。現在、社員数も単体で453人、連携で861人と大きな会社になっています。出身地の新潟市にモバゲータオン新潟カスタマーセンターを設けるなど、地域の雇用拡大にも貢献しています。

 講演内容は、いつものように1999年3月に同社を信頼し合える3人で創業し、オークションサイト「ビッターズ」を立ち上げる前後の苦労話でした。面白おかしく話します。この話ぶりは、話芸を感じさせるほどです。親しみやすい雰囲気を漂わせながらも、説得力のある表現の中に、コンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンで有能なコンサルタントとして活躍していたときの片鱗をみせます。

 南場さんら創業者3人は、渋谷に借りたアパートの1室で午後6時になると、練り上げた事業計画書や仕様書などを見せに、東京都中央区銀座にあるリクルートの支援部門に出向きます。渋谷から銀座に向かうタクシーの中の約30分間が仮眠時間だったほどの激務でした。翌日の午前6時までリクルートの支援者と打ち合わせた後、近くの吉野家で牛丼を食べて、タクシーで渋谷に戻る毎日でした。当然、帰り道の約30分間も貴重な仮眠時間です。アパートに戻ると,指摘された事業計画の不備を修正する作業に没頭する繰り返しだったそうです。

 この激務を数カ月間続け、1999年11月にビッターズを立ち上げ、事業を始めます。ところが、オークションサイトを支えるプログラムの使い勝手があまり良くなかったのです。同プログラムの作成は、外部会社に依頼したのが敗因でした。このため、サイトなどのプラットフォームの仕掛けプログラムを作成できる優秀な人材確保に奔走します。

 南場さんは慶応大学などの大学でよく講演します。その理由は優秀な学生に入社試験を受けてもらいたいからです。もちろん、ベンチャー企業ですから少数精鋭です。多数受験してもらって、肝が据わった頑張り屋を採用する狙いです。ベンチャー企業は人材が一番の武器ですから。

 DeNAは携帯電話機向けのオークションのプラットフォームに注力した点が着眼点であり、幸運でした。ライバルのヤフー(Yahoo)や楽天がパソコン主体だった時に、携帯電話機に眼を向けた点が今日のDeNAをもたらせました。
(やはり長くなったので、これ以降は明日にします)

水ビジネスのベンチャー企業の話を聞きました

2010年11月26日 | 汗をかく実務者
 水ビジネスのベンチャー企業のビジネスモデルを伺いました。当初予想した以上に奥深いビジネスモデルである点に驚きました。
 日本は地方自治体が上水・下水道の事業を展開し、実は収益性をあまり考慮していないビジネスモデルに反省の機運が高まっています。この結果、日本の新成長戦略として、上水・下水道インフラストラクチャー輸出の政策を打ち出しています。

 水ビジネスのベンチャー企業の話と聞いて、外国の上水・下水道のインフラストラクチャーを請け負う例の事業かなと、想像していました。しかし、まったく違っていました。

 飲料水としての天然水販売事業を展開するウォーターダイレクト(東京都品川区)と、世界中の飲料水を世界中に提供する事業を展開する水広場(東京都文京区)の事業内容を伺いました。

 11月25日と26日の2日間にわたって、恒例の第19回ベンチャー・プライベート・コンファレンスが慶応義塾大学三田キャンパスで開催されました。主催は慶応大学の知的資産センター(承認TLO)とビジネススクール、日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP、東京都世田谷区)の3者です。26日の午後に「水と空気の環境技術で急拡大する100兆世界市場」というセッションに、水ビジネスのベンチャー企業であるウォーターダイレクトと水広場の2社の代表取締役が登場し、講演しました。

 ウォーターダイレクトは12リットル入りのPET製容器に天然水を入れて通信販売して成長しているベンチャー企業です。時々見かける“サーバー”と名付けた容器ボトルを固定する器具から飲料水を供給する仕掛けを利用するものです。


 そのビジネスモデルは、富士山麓の地下200メートル下から湧き出る天然水を、富士吉田工場内で精密フィルターを通して殺菌する非加熱処理を施し、美味しさを保った天然水を最長2日後に直接届ける「直販」です。米国のデルコンピューターの直販システムを真似し、天然水を容器に詰めると、迅速にユーザーに届けるものです。バナジウム入りの美味しい天然水をすぐに届ける、天然水の味で勝負する直販システムです。

 そのカギはPET製の大型ボトルに天然水を12リットル充填して届けるという“返却不要方式”を採用したことです。PET製大型ボトルは水を出すと、その分だけ体積が収縮するエアレス構造を採っており、ボトル内部に空気が入らないので、水の鮮度が保たれることです。そして、使い終わったPET大型ボトルは資源ゴミとしてペットボトル廃棄回収のゴミとして捨てられます。

 伊久間努代表取締役は「使用後のPET大型ボトルを回収しないビジネスモデルなので全国展開できた」といいます。もし、従来の発想によって丈夫なポリカーボネート製ボトルを用い、天然水を詰めて配送し、使用後はボトルを回収してていたら、その回収態勢を築くために、販売範囲は数10キロメートル程度になるだろうと解説します。トラックなどによる回収システムを維持する販売方法は大量販売には向いていないと判断したそうです。

 2006年10月に創業し、4年目の今年度は販売先12万件を確保し、美味しいので約80%がリピーターになっているとのことです。この結果、売上げ35億円まで伸びたそうです。リーマンショック後は、小型のPETボトル入りの飲料水の売上げは減少傾向にあるのに対して、同社のPET大型ボトルは順調に増えているとのことです。スーパーなどで飲料水を購入すると、その重さに自宅まで持ち帰るのに苦労します。この点で、同社の大型PETボトルは「自宅まで配送してくれるので便利な点が受けている」といいます。

 同社の水ビジネス事業は成長すると判断したベンチャーキャピタルの日本テクノロジーベンチャーパートナーズと、事業成長支援のリヴァンプがそれぞれ同社に投資しています。このため、リヴァンプの玉塚元一さんが同社の代表取締役会長に、日本テクノロジーベンチャーパートナーズの代表の村口和孝さんが同社の取締役に就任しています。


村口さんがこのコンファレンスの仕掛け人です。

 創業当初はチラシなどの広告で宣伝したがまったく売れなかったとのことです。ある時に、電機製品の量販店であるヨドバシカメラの店舗の一部に、水供給のサーバーを置いてもらい、「通りかかった方に試飲してもらう“キャッチセールス”手法に切り替えてから売れ出した」といいます。現在は、「イオングループなどの大手スーパーなどに400個所に同サーバーを置かせてもらう販売促進体制をとっている」と説明します。天然水の美味しさを試飲によって確かめてもらうのが一番販売につながるようです。

 もう一つの水ビジネスベンチャー企業のグローバルウォーター(東京都文京区)はWebサイトの「水広場」を展開し、世界中のさまざまな飲料水のボトル詰めを販売する事業を展開しています。世界中には硬水や軟水、pH(ペーハー)などがいろいろな水があり、多彩な味の飲料水を求めるユーザーに供給する事業を成立させると意気込みを語ります。同社は国内・国外から飲料水をお取り寄せするWebサイト「水広場」を運営しています。代表取締役の堀内拓矢さんは「美味しい日本の飲料水を外国に売る事業を目指している」といいます。新しい視点と感心しました。美味しい水が日本の名産品になればいいと思いました。

 同社は水源開発の専門家として、水源開発のコンサルタント事業を展開しています。例えば、バングラディシュの地下水の多くにはヒ素が含まれるため、ヒマラヤ山脈近くの奥地で水脈を探し、水源として利用する事業に参加しているといいます。世界各地の水源は、「バングラディシュの地下水のようにそのままでは飲めない水も少なくない」とのことです。

 美味しい水が飲める日本は幸せな国であると再確認しました。日本は、水道水がそのまま飲める数少ない国であることに感謝したいと感じました。

博士課程修了後に創業した若手経営者にお目にかかりました

2010年11月18日 | 汗をかく実務者
 Transition State Technology(TST,山口県宇部市)は山口大学発ベンチャー企業です。2009年6月に創業したばかりの若い会社です。

 会社も若いのですが、代表取締役社長の山口徹さんも山口大学大学院博士課程を修了したばかりの20歳代の若手経営者です。博士課程の研究と同時に、博士課程の学生の時からTSTの創業準備を進めてきた方です。


 山口さんを含む役員2人と社員1人の合計3人の平均年齢は28歳と若い会社です。

 TSTの事業内容は一般の方にはかなり難解なものです。量子化学計算を基にして、新薬や新規化合物を化学合成する反応経路を予測するCAE(コンピュータ支援エンジニアリング)の受託事業を業務としています。同社は、この量子化学計算を「Computer Aided Synthesis」と名付けています。

 医薬品などの新薬を合成するやり方である化学合成経路はいくつもの候補経路が考えられます。可能性のある化学合成経路すべてを実験するには、手間ひまがかかり、時間と労力がかかる分だけ実験コストがかかります。これまでは、有機合成のベテラン専門家が経験と独自の勘で、候補の化学合成経路を選んで順番に実験し、最適な化学合成経路を見い出していました。この経験と勘による化学合成経路探しを、コンピューターによる理論計算で可能性を評価し、有力候補の経路を絞り込むことに代替することで、実験コストが大幅に低減できます。同社は、こうした量子化学計算の受託事業を事業化しています。

 量子化学計算の対象は、化学合成反応の遷移状態(Transition State)です。遷移状態を量子化学計算によって、そのエネルギーを3次元として表示し、最適な化学合成経路を求めます。このため、「遷移状態データベース」(Transition State Database=TSDB)を用意し、化学計算に用いています。この遷移状態データベースを用いて量子化学計算する仕組みは、山口さんの指導教授の堀憲次教授の研究開発成果です。遷移状態を意味する「Transition State」が社名の由来です。)

 堀さんは自分の研究成果を実際に使える化学計算ツールに育て上げるために、文部科学省傘下の科学技術振興機構(JST)が実施する独創的シーズ展開事業の大学発ベンチャー創出推進事業に応募し,平成19年度から21年度(2007年度から2009年度)に「ケミカルイノベーションを目指したin silico合成経路開発」テーマを推進し、事業化の可能性を追求しました。この事業は大学発ベンチャー企業を創業するものだったため、山口さんを経営者に据える事業プランの下に創業準備を進めてきました。その結果、2009年6月にTSTを創業しました。堀さんは最高技術顧問に就任しました。

 同社の量子化学計算の受託事業の成果としては、あるユーザー企業から頼まれたフォトレジスト用樹脂改質剤として「アダマンタン誘導体」の化学合成経路として、収率(歩留まりのようなもの)を95%から99%に改善し、副生成物のできる割合を4.4%から0.4%に減らしたため、製造原価を約半分に改善できたそうです。また、パラジウム錯体の触媒反応を解明し、触媒の最適設計に効果を上げたそうです。

 従来のように、経験と勘による力まかせの化学合成実験に頼るのではなく、量子化学計算によって化学合成経路の有力候補を絞ることで、実験コストの大幅削減を達成するのが受託事業の中身です。これまでの大学院の研究成果に終わらせるのではなく、大学発ベンチャー企業として事業化することで、大学としての社会貢献を果たしたいという意志が、同社を前に突き動かしているといえます。若者が新事業起こしに励み、新産業を振興する契機になってほしいと思っています。

 山口さんは博士課程修了後にそのまま起業し、同社の代表取締役社長に就任しました。受託事業のユーザー企業との交渉では、「社会人経験の少なさを感じる時もある」と正直にいいますが、その経験の少なさを熱意でカバーし、社会人としての経験をすごい早さで習得しつつあると感じました。


プロのアウトドアガイドのお話を伺いました

2010年11月09日 | 汗をかく実務者
 北海道の釧路湿原で、プロの自然観察ガイドをお務めになっている安藤誠さんのお話を伺いました。
 東京農工大学大学院技術経営研究科教授の松下博宣さんが、11月8日に開催した「寺子屋セミナー」に出席しました。松下さんはMOT(マネジメント・オブ・テクノロジー、技術経営)を教えている方です。


 今回は“釧路湿原の自然起業家”というタイトルでゲスト講師をお呼びになりました。その講師は、釧路湿原でプロのガイドを仕事としている安藤さんです。松下さんは自然大好きのサイクリスト(自転車愛好者)で、今年の夏に北海道を自転車で回った時に、釧路湿原で安藤さんに自然ガイドしていただいたことが今回の寺子屋セミナーにお招きするきっかけになったようです。今回、安藤さんのお話を伺って、プロの仕事とは何かを伺った気がしました。




 自然ガイドは、最近は日本の各地の森や湿原などで数多く活躍されています。多くがボランティアベースで、実費プラスアルファと低価格でガイドしていただけます。これに対して、山岳ガイドはプロのガイドですから、それに見合った対価がかかります。安藤さんも、日本のプロの山岳ガイドのようにプロのガイドです。北海道認定のアウトドアガイドの資格をお持ちです。なかなか取得が難しいガイド資格だそうです。日本では、億円単位の保険をかけられる数少ないガイドの一人だそうです。欧米などの有力な自然ツアー会社は億円単位の保険をかけられるガイドでないと、ツアー客を送り込んでこないそうです。素人は簡単には入れない釧路湿原を、安全に快適にツアーする自然ガイドを提供してるとのことでした。

 安藤さんが住む北海道阿寒郡鶴居村(つるいむら)の雪裡原野北は、50キロメートル四方に他人が住んでいない原野だそうです。経営する宿の「ヒッコリーウィンド」の目の前には、タンチョウが遊ぶ自然を広がっているそうです。釧路湿原には1000年間も、人間が入ったことがない原野も残っているとのお話でした。真冬はマイナス30度以下になる原野だからこそ、本州の山野とは異なる自然が残っているのだとのことです。

 安藤さんは、ガイドがいないと入れない特別地区の原野などに自然観察ツアー客をお連れします。カヌーなどで、二泊三日の小旅行などをするそうです。安藤さんはツアー客を迎えると、その人物を観察し、その方が120%満足する自然観察ツアーを組み立てるそうです。一人ひとりに最適な自然観察の内容を企画し、自然に触れて本当に良かったと思ってもらうツアーを実践しているそうです。プロのガイドの矜持(きょうじ)です。ツアー客がつい笑ってしまうような大自然に接することができるなど、これまで普通の方が体験したことのないガイドを実践しています。


(上記の写真は安藤さんのWebサイトから)

 安藤さんのお話をうかがって、プロの仕事人はみな同じ能力を持っていると思いました。例えば、プロの料理人は、お客と話をしながら、その方の体調や好みを聞いたり推定したりして、その時の旬の食材でその方が元気になる料理を出します。お客は、食べて良かったと実感することで、元気になるのがプロの仕事です。対価も、満足感の中の一要素です。

 今回の講演で、タンチョウやヒグマ、エゾフクロウなどの写真を見せていただきました。写っているものは、撮影者である安藤さんに相手の動物が安心し親近感を見せているものです。これだけでも感心する内容です。それに加えて、安藤さんがすご腕の写真家であることも分かりました。カメラメーカーのニコンの認定のカメラマンだそうです。どうしてこんなにすごい写真が撮影できるのかが分からないような、プロの高度なテクニックを見せていただきました。例えば、原野に立つ木の背景に夕日が映り、遠くの山が写り、そして満天の星々が写っている写真は、どうしてこんなにいろいろな要素が多く同時に写せるのか分かりませんでした。

 松下さんが今回の寺子屋セミナーのタイトルを「釧路湿原の自然起業家」とされた理由は、安藤さんが国土交通所省、経済産業省、農林水産省が認定する地域資源活用計画事業認定事業者として旅行者に向けて釧路湿原体験観光プログラムを実践し、地域興しを図っているからです。自然大好きと自然保護をどう両立させるかを、プロとして考えている方です。

 今回の講演で「好きなことを仕事にするのは‥‥」という聴講者からの質問に対して、安藤さんは「伝えたいものがあれば、好きなことを仕事にすればいい」とお答えになりました。プロとしての見識がでた答えでした。また、アイヌの方々のタンチョウやヒグマとの接し方、とらえ方など、ふだんは気が付かない視点をいくつも教えてくれる講演でした。