Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

シネマしりとり「薀蓄篇」(376)

2021-05-21 00:10:00 | コラム
どついたる「ねん」→「ねん」りき

小児喘息持ちでひ弱、体育が大の苦手だった漫画家・小林よしのりが運動会前夜の出来事を回想した回の『ゴーマニズム宣言』は名作だったと思う。

「運動会がイヤ」というのが身体全体から出ていたからか、教師はわざと小林少年に運営委員になることを命じ、学校をサボれないようにした。

精神的限界に達した小林少年は「本番当日は雨になれ、雨になれ、雨になれ!」と念じつづける。

すると晴天つづきだったのに、運動会当日だけ嵐が訪れた、、、というもの。

怨念めいた展開、なんかグッとくるものがある。

念力とはつまり超能力のひとつで、主に「意思だけで物体を動かすこと」を指す。

厳密にいえば「物体」であるから上に挙げたエピソードはちがう気もするが、念力と呼びたくなる強いドラマ性があるんだな。


映画のなかで描かれる念力は、大抵は負の要素から生まれる。

ポジティブな世界では念力など必要のないものだから―そういうことかもしれないよね。


①『キャリー』(76)

彼女の能力は最初、灰皿をひっくり返す程度だった。

しかし怒りが頂点に達したとき、体育館のドアをロックし、消火栓ホースを自在に操って「大殺戮」を展開するにまでいたる。たったひとりで。




②『ブリキの太鼓』(79)

少年オスカルの能力は、醜悪な大人の世界の仲間入りをすることを拒否し、成長を止めたときに備わった。



③『スキャナーズ』(81)

超能力者たちの攻防を描いた、デヴィッド・クローネンバーグの出世作。

映像から感じられる寒々しさが、またいいんだ!!


④『炎の少女チャーリー』(84)

遺伝によって超能力を有した少女をめぐる物語。

ここで描かれるのは、パイロキネシス(火を発生させる能力)。
題材はすごくユニークで、キングの原作小説は素晴らしかったんだけど・・・。




⑤『ねらわれた学園』(81)

日本代表として選出。


派手さはないしメインテーマとはいえないが、超能力というフックがあるので、数多く存在する学園モノのなかで異彩を放っている。

・・・って、念力という狭い範囲ではなく結局、超能力の話になってしまった(^^;)


次回のしりとりは・・・
ねんり「き」→「き」っちゅ。

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明日のコラムは・・・

『さすがに乾杯!したくなってきた。。。』
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シネマしりとり「薀蓄篇」(375)

2021-05-20 00:10:00 | コラム
くるいざきさんだーろー「ど」→「ど」ついたるねん

自分が大好きなものふたつ、映画と格闘技が組み合わさったボクシング映画は最高だ。

という自分の趣味嗜好を「いったん」置いておいたとしても、映画とボクシングが相性いいのは誰もが認めるところでしょう。

サッカーやバスケットはもちろん、野球以上に。

そう思わん?

理由はけっこう単純なことで、競技全体がカメラのフレームに収まるから。

これ大事ですよ、極端な話、ショットを切り返して場面をつなぐ必要がないのだから。

もうひとつ。
3分×12Rの時間は設けられているものの、決着そのものは一瞬であったりするから。

これも大事、映画で描かれるスポーツの決着は、一瞬であったほうがいいのです。

スポーツではないけれど、いや、ある意味でスポーツかな、『ちはやふる』のシリーズ(2016~2018)が成功したのも、一瞬で決まる競技だからでしょう。


自分のなかで最強のボクシング映画は、外国なら『レイジング・ブル』(80)、日本なら『TOKYOFIST』(95)であるのは(おそらく)死ぬまで不動だけれど、
『ロッキー』のシリーズ(76~)が『クリード』(2015~)として再生したのは素晴らしい、スライはほんとうにすごいね。

そんなボクシングから、今年また新たな傑作映画が誕生した。

『BLUE/ブルー』…松ケン、柄本くん、東出くん。みんないい。ちゃんと身体も動きも、なかなかボクサーしている。




よい映画、とってもよい映画。
俳優さんにとってボクサーみたいな命を賭けたキャラクターって、演じがいがあるのでしょうね。


ただボクシング映画は湿っぽくなりがちで、
それはキャラクターの生きざまだったり、試合までの減量が過酷に過ぎるからかな、
ハリウッドが創る野球映画のような明るさとは無縁だったりする。

誰もが「そういうものだよ、ボクシング映画って」と思い込んでいたときに、『どついたるねん』(89)が現れた。



実際にボクサーだった赤井英和の自伝をもとに赤井自らが主演、阪本順治が監督を務めたこの映画に衝撃を受けた格闘技ファンは多い。

湿っぽさが感じられない、ひたすら陽気なボクシング映画だったから。

赤井自身が持つキャラクター性や、関西が舞台ということもあったのかもしれない、

いやそうではなくって、阪本監督が最初から「湿っぽくないものを」という目標のもと撮っていたような気がする。


湿っぽいのが苦手というひと、まずはここから始めてみたらいかが?





あすのしりとりは・・・
どついたる「ねん」→「ねん」りき。

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BOSS

2021-05-19 00:10:00 | コラム
副業として物流倉庫で働き始め半年が経過、数多くの工員をまとめるのも大変だろうが、20代後半~30代真ん中の女性ふたりが週4あるいは週3の交代制でリーダーを務めている。

「若いおんなに指示受けるなんて」という考えは昭和の発想だろう、見た感じ、そんな風に捉える中年工員は居なさそう。

ただ、ひとつふたついわせてもらえば。

若いから経験値が低く、なにかあると余裕がなくなってしまうのは見ているこっちがヒヤヒヤする。
(まぁだから、ここで経験を積めということだろうが)

それとやっぱり、本人の資質というものがあるなぁと。
ここは、年齢や性別は無関係だよね~。

リーダーAさんは、ギャル系。
ちょっと見た目で損しているかもしれないが、じつはギャップがすごい。

どのパートもソツなくこなすので、ひとが足りなくなると進んで自分で動いていく。

指示をするときも、リーダーなんだからもっと命令調でいいのに「これやってもらえます? すいませーん」という感じ。

リーダーBさんは、真面目系。(なんだそれは)
このひともある意味、見た目で損をしている。
ただしこちらは、ひたすら悪い意味で。

どのパートも出来るわけではないし、いいかたがキツく、ミスをした際の注意も「あたしが始末書を書かなきゃいけないんだから」みたいな感じ。

これではついてこないと思うんだよ、
実際、自分はAさん担当の日は頑張ろう、役に立とうという意識が働いて生産性がグンと伸びるのだった。


こういうのって、ひとに指摘されることではなく、自分自身で気づいていくことなのだろうね。

1年後―Bさんがそのまんま、、、ではないことを願ってやまないです。


※理想の女ボスは、『アンストッパブル』のコニーかな



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映画スタッフ別10傑(14)ヤヌス・カミンスキー

2021-05-18 01:00:53 | コラム
~ヤヌス・カミンスキーのキャリア10傑~

こちら、スピルバーグによる新版『ウエストサイド物語』の予告編。



格好いい!
期待しかねぇ!!

そして、映像のシャープさと深みが予告編だけで感じられて、さすがカミンスキーだなぁ!と。


映画の神に愛されたスピルバーグは若いころから次々に傑作を放っていたけれど、カメラマンのカミンスキーと組んで以降は映像の「強度」が格段に増している。

極端なことをいえば。
事実上の失敗作といえるインディ・ジョーンズの4作目、あれにしてみても、映像だけで「まるで傑作であるかのような錯覚」を覚えさせることに成功している、
そのくらい、カミンスキーが創りだす映像って力強いのだった。

ポーランド出身の61歳、まだまだ映像史に革命を起こしてくれそう。


(1)『プライベート・ライアン』(98)

地獄の戦場のリアリティは、戦場を知るオリバー・ストーンでさえ驚いたとか。



(2)『シンドラーのリスト』(93)

スピルバーグとの初タッグ作。

カミンスキーにとってのデビュー作というわけではないが、彼の才能を引き出したスピルバーグもやっぱりすごい、、、ってことなのだろう。




(3)『潜水服は蝶の夢を見る』(2007)

非・スピルバーグ作品。

全身麻痺状態に陥る主人公の回顧録を映像化した佳作。


(4)『ザ・エージェント』(96)

非・スピルバーグ作品。

どんな場面でもシャープで、いちいち格好いいんだよね。


(5)『戦火の馬』(2011)

スピルバーグ物としては弱いと思う、そこを補う、カミンスキーの詩情溢れる映像。



(6)『レディ・プレイヤー1』(2018)

相棒の映画とはいえ、遊び心に満ち満ちたこういう映像も創りだせることにいたく感心。


(7)『宇宙戦争』(2005)

でもやっぱり、最も得意としているのは「有事」を描くことなんじゃないかな~。




(8)『キルトに綴る愛』(95)

非・スピルバーグ作品。

本稿を編集するにあたって再見してみたが、クレジットなしでは気づかないほどカミンスキー印は封印、繊細さの塊のような映像だった。


(9)『アミスタッド』(97)

台詞なしで展開される「あのシーン」の衝撃度といったらない。


(10)『ミュンヘン』(2005)

徹底したリアリズム、映像も寒々しくて(精神的に)凍えるよう。

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『BOSS』
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「マスク取って( ゚д゚)ハッ!」現象、たしかにある。

2021-05-17 00:10:00 | コラム
ベタ中のベタであり、もはやどんな古臭い漫画でも描かれない、「地味なクラスメイトが眼鏡取って( ゚д゚)ハッ!」みたいな展開。

なぜ古臭くなったのかというと、
ひとつには、眼鏡=地味、真面目という印象が過去のものになった、、、というのがあるでしょう。

「眼鏡女子」みたいに、そこに萌えるひとも居るわけでね。

そんな眼鏡に取って代わる小道具だなぁと思うのは、やっぱりマスク。

コロナショック以降に知り合ったひとの場合、マスクをしている状態が「日常」になってしまっている。

顔半分が隠されているわけだもん、
食事や喫煙時において、そのひとの顔全体に初めて触れる。

えっ( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)……みたいな。

このひと、こんな感じのひとだったのか。

それはもちろん、よい意味でも悪い意味でもね。

絶対に美形だと思っていたのに、そうでもなかったり。
このケースの可能性のほうが高いとは思いつつ、
逆に、えっ、こんなに美形だったか! と驚く可能性だってゼロではないはずで。


願わくば。
来年のいまごろは、
マスクをすることが日常ではなくなって、この展開が「もはや古臭い」世の中になっていればいいよね!!



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