感謝の日

昨日はたくさんのお祝いメッセージ、ありがとうございました。大学時代の友人とのやりとりで思ったことですが、昔ならこんな状況が考えられなかった。誕生日そのものもプライバシーの一環のような感じで、よっぽど親しい人同士でしか共有できない情報だったような気がします。





誕生日とは関係なく、昨日はカリベへの復帰を決意していた日でした。とにかくフリーで踊りたい、というか、踊れなくなっている自分にやきもき。それもそうだ、昨年の今の時期、カリベにいる自分にかかってきた座敷童からの電話、『お父ちゃん、いつになったら帰ってくるの?』で心が折れて、それ以来まったく訪れなくなっていたのです。一年間辛抱して、自分は座敷童に色々やってきたはず、と、コレから一年間は後悔しないやりきった時間にしたいな、、、と。いずれにせよ、待ったなしに誕生日がやってきたから、残された時間は一年減ったわけだし(笑)。で、YWD2014のチームメイトの計らいで、バーサルまでやってもらっちゃって、嬉しいやら恥ずかしいやら、の時間でありました。写真を撮る感じでもなかったけども、テキーラワンショットもらっただけで大満足でした。





稽古よりも早く家を出なければならなかったので、大して食べなかったのが深夜に効いてきました。帰りの電車の中で腹が減ってどうにもならなくなり、最寄り駅でこんなものを買ってしまいました。





翌日走るのが免罪符になりがちですが、今朝走ったら今夜の稽古で死亡が確定します。走るのは明日の朝。そのために、本日は朝の徘徊行為も抑制して(ただ寝坊しただけとも言う)今後に備えているのです。明日涼しかったら、多少寝坊しても走れるんだけどなぁ・・・、と、今からちょっと弱気ではありますが(笑)。





先日店頭で挽いてもらったコーヒー豆が香ばしいので、ことある毎に飲んでしまっています。普段、飲んだくれた日には絶対にコーヒーなんて飲まないのですが、最近は最後にこんな〆方をしている様子。これで、翌日すっきり目覚められたらいいのですが、しっかり大寝坊してしまいました。座敷童も巻き添えをくらいましたが、これは本人が起きられなかったから致し方ない、というのがわが家の考え方。目覚ましは何回もなっていたわけですし、朝食の米も炊けていておかずにも苦労しないくらいの蓄えはありますから。

ふと思ったこと。いくらいい歳になったとはいえ、所詮、ただの人間といえばそれまで。今まで人にはたくさん迷惑をかけて生きてきたし、たぶん、コレからも迷惑をかけて生きていくと思う。たまに、そんな自分に嫌気がさすときもあるが、生き物のクオリティってそんなものなのかも知れない、とも思う。みなさまに、迷惑も含めて何も感じさせなくなるとき、たぶん、それは自分が死んで忘れ去られるときだと思う。人間は二度死ぬ、とは良くいったものだ。すでに関わってしまったみなさまへ、関わった以上はどうにもならないから、今後も適当に付き合ってくださいね(笑)。









Live-Red (SALSA DiP : 6/15)





Editor CABEZÓN

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする