「うつろ庵」の廊下のドア・ガラスに、目にも鮮やかな小さな虹が写って、息を呑んだ。
この廊下のドアは、謂わば「うつろ庵」の建物の中心に位置するので、直射日光がここまで射し込むことはあり得ない。どこかで反射した太陽光線が小さなプリズムを透過して、ごく小さな虹のプレゼントをじじ・ばばに下さったことになる。
ドア・ガラスの虹は、ビーズのタペストリーを吊り下げている鎖の影を作り、微細なガラス模様に反射して、神秘的ですらあった。写真では若干拡大されているが、現実の虹のサイズは虚庵居士の小指程度の、ごく小さなものであった。薄暗い廊下を歩いて来て、この虹に出合った時は、小さなエンジェルが舞い降りたかと、驚いて息を呑んだ。
夢の世界に誘われたのだから、その夢をそっと大事にすればよいものを、探究心旺盛な虚庵居士はさっそく虹を作り出しているプリズムの探査にかかった。ドア・ガラスの前面にたち、小さな虹を手で遮って光の投射の方向を確かめた。ダイニングの窓辺に、クリスタルの花器や小壺などが飾ってあるので、大よその見当はたちまち絞り込めた。
だが、クリスタル一群をタメツすがめつして覗き込んだが、これだというプリズムは発見できなかった。
そうこうする内に、雲が太陽を遮ったのであろう、急に陽光かすんで探査を断念した。
翌日のほぼ同じ時刻日、再びエンジェルの小虹が降り立った。
窓辺のクリスタル類の後ろに、ゴルフボールほどのクリスタルの吊玉が転がっているのを見つけた。窓の外の珊瑚樹の葉が揺れて、木漏れ日が揺らめくとそれに連れて、ごく小さな虹がいく筋か現れた。前面に置かれたクリスタル花器の狭い隙間から、二間ほど離れたドア・ガラスに小虹を反射させていることが確かめられた。
すっかり忘れていたが、NYのブロードウェーにアイグラス・ショップ(メガネ屋)を経営している娘婿が、お土産に持って来てくれたクリスタルの吊玉だ。
10年以上の歳月を経て、小さな驚きとトキメキのプレゼントを頂いた。
薄暗き廊下の奥のドア・ガラスに
息を呑むかな 神秘の虹観て
ドア・ガラスの謎の小虹を写さむと
息をころせば揺らめく虹かも
窓際のクリスタル花器眺むれど
小虹を生み出す もとを辿れず
翌日も小虹のエンジェル降り立ちて
手招きするらし私はここよと
窓際の木漏れ日の中にクリスタル
ボールを見つけぬ小虹も揺れいて
娘婿の土産なりけり吊玉は
煌めく小虹に思い受けにし