草の葉

高山村にある、緑に包まれたギャラリー

生かされている今

2012-06-18 06:01:46 | 雑感
 25歳になる青年が言いました。「僕ね、今度ほど原発が無くてよかったなとおもったことはないよ」と。
 ほんとうにそうです。原子力発電所が一つでも激震地にあって崩れていたら、今私たちは放射能を浴びて流浪するよりほか、ありません。この危険な地震列島に「原発は否」と最初からわかり切ったことですのに、米国スリーマイル島、ロシアのチェルノブイリといった事故とは格段に異なる狭い小さな地域へ集中してつくっている日本の恐ろしさ。ずっと反対を叫び、闘いつづけてきた「原爆・原発・核廃棄物存在」への恐怖が、政治的にほとんど取り上げられなかった意味はいったい何なのでしょうか。毎日のように蒸気漏れだの細管破れだのトラブルが伝えられますのに「人身に影響なし」だという発表です。「もんじゅ」高速増殖炉の不完全さ。もう、人間の作る科学的な文明?毒が、世界いずこの環境にも充満して、人間の心身を破壊してきました。(中略)
 今度の震災は、私たちみんなに、「人間としてまともな人間愛をとり戻さないと人類は滅びる」ことを告げています。



1995年、
阪神淡路大震災のあとに書かれた、
「生かされている今」と題された岡部伊都子さんの文章。




とうとう、
政府は、大飯原発再稼働を決定した。


生かされている「今」の驕りに、
進むべき道の誤りに、
そうして、
歴史に残した禍根に、人はいつ気づくのだろう。






 





                岡部さんはすでにいない。
                42歳になったあの青年は、         
                今、何を思っているのだろうか。


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