大雪の空

46歳から始めて嵌ってしまった山歩きの記録と野球などの雑記帳。時々帰郷中の島暮らしの日常。

バス待合所特集

2011年11月13日 | 教会巡り/島歩き
タイトルは昨日の歩きで出会った「鯨バエ」停留所。

恐らく近くに鯨みたいな瀬があるのだろう。
ミニ教会はいいんだがゴミのケージはなあ。


教会巡りで目にした物を載せてみよう。
寝ようと思えば充分寝られるし、トイレまで付いてるのもあるぜ。
テントなんて必要なかったみたいだ。


「焼崎」

ここは隣にトイレ棟(奥)があり、おまけに抜群の綺麗さで、
掃除してくれる人達の人柄が偲ばれる。
今までで断トツの清潔さだった。


「猪ノ浦入口」

何とも可愛い待合所。


「頭ヶ島」

もう少し個性的なのがいいだろう。


「友住」

ここは奥にトイレがあったが、焼崎みたいに別の方がいいよなあ。
本来の乗客向けにはこの方が当然だが。



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焼崎教会

2011年11月12日 | 教会巡り/島歩き

海越えの教会



教会と鐘楼


fiat像?


入り口

ここは遠かったなあ。
猪ノ浦教会から一時間位で着くだろうと思ったが甘かった。
なんと、その二倍の二時間もかかったぜ。

しかし、この歩きでは島歩きの醍醐味を味わった。
峠を越えてすぐに左手に若松瀬戸の鏡のような海と島が広がったんだ。
思わず、「おーっ」と声を出してしまった。


遥か彼方に若松瀬戸

おまけに若松島の大平教会が見えたのにビックリ。
船を使えばあっという間だ。
焼崎教会へは飯ノ瀬戸への道を左に降り、
「鯨バエ」というバス停を過ぎてやっと着いた。


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猪ノ浦教会

2011年11月12日 | 教会巡り/島歩き


正面から



入り口


側面


マリア像


道標

猪ノ浦教会は真手ノ浦教会から約1時間かかって着いた。

集落の一番奥にひっそりと立っていた。
ここも簡素でこじんまりした教会だった。

真手ノ浦教会の巡回教会だそうだ。
昔は大曽教会に通っていたとの事だ。

その当時は当然船で通っていた筈で、今でもその方が楽なのは明白。

海は凪ぎであれば、広大な何処にでも行ける道だ。
浦浦を小舟で往来した方が便利だが、
明治になってからの学校制度が陸路の必要度を高めたのではないか?
雨や風の日でも通学できるように。

こうしてみると 海は最高の交通手段と言えるだろう。


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真手ノ浦教会

2011年11月12日 | 教会巡り/島歩き

バス道から少し入ると見えた



ほぼ全景


正面


マリア像


教会への道標

お袋との面会を終わらせてから歩いた。
すこぶる近くて拍子抜け。
わずか15分位で着いた。

オヤジの迎えが9時30分前だったから、
急いで家を飛び出して何とかバスに間に合った。
これで11時には歩き出せて楽になった。
さて真手ノ浦教会はバス道路から少し入り込んでいた。

すこぶる簡素な造りの教会だった。
窓もステンドグラスでは無かったし、手作りの教会の感じ。


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教会でミニコンサート

2011年11月11日 | 教会巡り/島歩き
四五年前からこの島で12月に教会でクラシックのコンサートをやっている。

毎夜違う教会を会場にして、ライトアップされた中でのコンサート。

一度だけ大曽教会に見に行った事があったが、ツアー客も15名ほどいて盛況だった。

音楽自体はクラシックに疎いから何とも言えないが、雰囲気は素晴らしかった。
あの鉄川与助の造った教会だったから当たり前か。

今年の予定は以下。

6日(火)土井ノ浦
7日(水)浜串
8日(木)曽根
9日(金)青砂ヶ浦
10日(土)青方
11日(日)頭ヶ島

目玉は勿論青砂ヶ浦だ。
中が広いし、天井、柱、ステンドグラスなどの意匠が素晴らしい。

ツアーも結構人気あるみたいで、いろんな旅行会社が売りだしてるみたいだ。

東京からならスカイマークを使えば長崎まで往復二万ちょいだが、
船が高速船だと12000円ほど掛かる。

宿とレンタカーを入れると後二万は必要かな。

案外ツアーが安いかも。
金が潤沢にあれば4日ほど滞在して教会巡りや福江島の観光もやれば最高だろう。
ここにも有名な堂崎教会やあの三井楽があるし、大瀬崎の断崖と灯台など見所満載。
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BSで「知床の四季」

2011年11月11日 | 北海道
たけしの番組の後は「知床の四季」だと。
テレビの前から離れられないや。

さすがに足が冷えて炬燵のスイッチを入れた。
ほんわかとした温もりが気持ちいい。
これにミカンが昔の定番だった。
股火鉢もよくやったなあ。
お袋に作って貰った寝袋みたいなのに
脚を入れて受験勉強してたなあ。

今はエアコン一台で済むんだから便利だが、
電気が無いと駄目なのがなあ。

チングルマの大群落が出てきたが、一体何処だったんだろう。
縦走路じゃ無さそうだ。
素晴らしい広さだった。

海岸に鯨が打ち上げられてヒグマ達が仲良く食べてる所に、
巨大な雄のヒグマがやって来た。

皆が逃げたのに子連れの母熊だけが果敢に抵抗して、
面倒だと思ったのか、雄は立ち去ってしまった。

何だか良く解らん結末だったが、ナレーションは
母熊の執念が勝ったなんて言っていた。

しかし、説得力無いはなあ。雄が負ける訳無いだろう。

多分子熊の父親だったんでないか?
それなら納得だろう。

何だか寂しいよなあ、父親は。

この後残りの自然遺産もやるらしいから、
白神の滝や沢と紅葉のコラボが楽しみ。
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TPP、TPPとうるさいが

2011年11月09日 | 政治・経済・社会
俺が一番気になるのは食料の自給だ。

アメリカが思う存分自国の産業が稼げるように主導して、それに相変わらずアメリカが市場として大事と思っている経済界が、入らないとこの先やっていけないと泣きを入れてるのに逆らえず、野田が追随しようとしてる訳だ。

俺は自分の国の食糧を他国に頼る独立国などあり得ないと考えるから断固反対!

民主でも自民、共産でもとにかく農業の再生を第一にやらないとこの国に本当の未来は無い。

工業製品が売れないと困ると経済界が喚いているが、アメリカ市場の何倍ものアジア市場があるんだぜ。その先にはアフリカ市場が待っているんだ。

この地域に金と人材を注ぎ込んで稼ぎ、今の先進国市場はおまけ位の位置付けでやっていくべし。
アメリカ依存はそろそろ政治も経済も考え直さないと酷い目に遭うぜ。

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丹沢で歩きたいルート

2011年11月09日 | 丹沢
まず、あの「大山北尾根」。

今や一般ルート並みの混みようみたいだがまだ歩いた事がない。

暖かい間はあの山ビルが嫌で絶対に行かないから、当然冬場しか歩く機会が無いじゃないか。

するとただ歩くだけじゃ駄目で、眺望やら花やらを楽しみたい俺としてはなかなか触手が動かない訳だ。

こりゃあ、多分このまま行かないで終わりそうだ。

それと、丹沢で一番のブナ林と言われている「堂平」も行かないだろう。それこそヒルがてぐすね引いて待ち構えているだろうから。

というわけで、今でも歩きたいルートといえば、ユーシンロッジ裏から臼ヶ岳へ登るルートだ。

ここはユーシンロッジが営業していれば、泊まって翌日臼ヶ岳に登り、蛭ヶ岳か檜洞へ抜けられるんだがなあ。

残念ながら恐らくこのまま営業は再開しないだろう。せっかくの設備が勿体無いが管理人希望者もいないだろうしなあ。

念のため丹沢湖ビジターセンターに確認したら25年までは林道工事があるから営業無しとの事だった。

と言う事はこの冬場は何処か稜線でビバーグか檜か蛭の小屋泊まり。

両方ゾッとしないから日の長い春にやるしかなさそう。

結構嵌まってる人が多いバリエーションは何故かやる気が起きない。

どういう訳でやる気が出ないのか不思議だが。



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教会巡り後半予定

2011年11月08日 | 教会巡り/島歩き
残り三週間になった。

今までにやったところは以下。

米山、仲知、赤波江、小瀬良、江袋、大水、青砂ヶ浦、丸尾、冷水、青方、跡次、大曽、頭ヶ島

以上13で残り16。

やり残した曽根で1日、鯛ノ浦で1日、猪ノ浦と焼崎と真手ノ浦で1日。計3日。

これに最難関の奈良尾地区と若松島。

ここに11もあるが、バスの便も少なく一回でやっつけないと効率が悪過ぎる。

奈良尾近辺と若松近辺で寝てやっつけたいが、下手すると後一泊いるかも。

どうにか残り四回で終わりそう。

こうしてみると、あの曽根教会を残したのは結構響いたなあ。
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青方神社

2011年11月07日 | 教会巡り/島歩き
風格あり由緒ありげ



阿吽の阿


阿吽の吽


社殿正面


山王宮前の土俵

お袋面会の時間調整に青方神社に行ってみた。

予想以上に古く風格があり驚いた。

創建は言い伝えでは1006年に領主の清原氏が社殿を建立した由。

神社も立派だが、山屋としては後ろに広がる社叢が気にかかる。
面積は7500ヘーベーあり、聞き慣れない
「オガタマ」「ホルト」「カクレミノ」「ヤマモガシ」「ユス」
などの大木があるらしい。

歩けるなら歩いてみたいよなあ。
遠目でも鬱蒼とした森という感じだ。

しかし、ガキの頃から足掛け60年近く通っているのに、
初めて訪れたんだからちょっとなあ。
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隠れキリシタンの今

2011年11月06日 | 教会巡り/島歩き
先日の頭ヶ島からの帰りのバスでの出来事。

俺が教会巡りで歩いてるんだと運転手に話したら、
なかなかに興味深い話を始めた。
客が俺一人で話し易かったのだろう。
さて、その話とは隠れキリシタンはまだ残っていて、
後半の超難関の島の若松島に一集落あるという驚愕の事実だった!

こんな時代なのにまだ隠れているとはなあ。

彼にその隠れキリシタン信者が「自分は隠れ」だと言って話してくれた由。

実際は隠れキリシタンと公言してるから、厳密な意味では“隠れ”てはいないんだが。

若松島には教会が三つあるが、当然ながらここでは無い訳だ。
彼らにしてみれば「隠れキリシタンの里」なんてちゃんちゃらおかしくて、
「元隠れキリシタンの里」と呼称して欲しいだろう。

現在ある教会の信者はカトリックの信者なんで、大半が明治の禁教令撤廃後に
カトリックへ“改宗”した人達の子孫なんだろう。

その隠れキリシタンの実態は納戸神を祭り、おらしょを唱えているのだろうが、
宗教に関わる事は特別の人達以外には絶対に他人に見せないらしい。

隠れキリシタン信者の宗教が厳密に言えば、キリスト教を母体にした土俗宗教なんだから、
キリスト教へ改宗したというよりも、入信したというのが本当のところだろう。
そんな宗教が広まる訳も無く、現在の信者達が亡くなれば、数十年で消えてしまうのでないか。

明治から今まで、密かに伝えられてきたのだからまだまだ伝えられて行くとも考えられるが。

何とも興味深過ぎる話で、ネットを検索したら、若松島に二つとあと一つ
隠れキリシタン集落があるという記事があった。
運転手の話では若松島には一つという話だったが、
隠れキリシタン同士も隠してるんだろうから、二つが正しいかも知れないし、
実際はもっと隠れているのかも知れない。
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戻ってからの山

2011年11月05日 | 山計画
12月1日に自宅に戻るから師走の山の予定を立てよう。

もうこの時期では紅葉は終わっているから眺望を楽しむ歩きになるなあ。
まずは御坂山塊の黒岳からの富士と赤石の雪景色だろう。

石和からバスで入れば登山口から歩けるから便利だ。
黒岳先の展望台からの眺めは迫力あるぜ。

もっと楽しみたければ、ずーっと南の雪刀ヶ岳や鬼ヶ岩辺りからの
南アルプスは近くて素晴らしいぞ。

日帰りではきついから、根場の民宿にでも泊まるしかなかろう。

次はあの編笠山上のノロシ場からの白い北アルプスを見る事なんだが、
タクシー利用と寒さがネック。

誰か連れを見つければいいんだがなかなかいない。
寒さは冬季開放小屋を使えば少しは凌ぎ易いかな?

後は奥多摩の鷹ノ巣山からの眺めを日帰りで楽しもうか。
石尾根で降りるのはちと厳しいから、峰谷に下山だろう。
入山は稲村岩コースから。

南大菩薩は林道が車を使えないからやり辛い。
お坊山西峰からの眺望を久しぶりに雁ヶ腹から上がって
大鹿峠から笹子へ抜けて楽しむか。
あの娘に大ブーイングを浴びた東南稜は止めよう。

後は丹沢の表尾根を歩けば十分かな。
ここも超久し振りになるなあ。
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頭ヶ島への道中風景 後編

2011年11月05日 | 教会巡り/島歩き

頭ヶ島大橋


橋としては平凡なアーチ型の物だが、
目に鮮やかな赤が俺は気に入っているんだ。

見ての通り、歩道なんて造ってないから
歩くのは危ないが車は少ない。

下には結構速い流れが走っていて、
手漕ぎの伝馬船では大変だったろう。
しかし、この急流を横切らずに大きく迂回してたんだろう。

隠れキリシタンとして潜伏するには絶好の急流だったろうな。


大橋三態




アケビそっくりの「ウベ」

外観は色もそっくりで、味はアケビを食したことが無いから良く分からんが、
メチャ甘くてジュシー。
種を吐くのが面倒だが。

おじさんがジャンバーの両ポケットパンパンに採っていた筈だ。

おれも道の両サイドを良く見て歩く事にしよう。
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頭ヶ島への道中風景 前編

2011年11月05日 | 教会巡り/島歩き
イルカの街灯



頭ヶ島への歩きでの景色など載せてみよう。

歩きだしたら丁度登校時刻だったらしく、
チャリに乗った中学生に次々にすれ違った。
挨拶をする子、しない子、いろいろだが都会よりはましかな。

その内街灯がイルカの形になったが、
昔の有川町の管轄に入ったらしい。
江戸時代鯨組を組織して大いに潤ったし、
南氷洋の捕鯨船の船員になる男も多かったんだ。

その流れなんだろう、イルカの追い込み漁も盛んで、
この形にしたんだろう。

シーシェパードの連中が真相を知ったら怒りまくるだろうな。


蛤浜左サイド


蛤浜右サイド


有川の町手前左に東京辺りでは目にした事もない
「蛤浜海水浴場」という超綺麗で、凄い長さの砂浜が広がっているぜ。

近くには青少年旅行村があるから夏はいろいろ楽しめるぞ。
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龍馬ゆかりの広場

2011年11月04日 | 教会巡り/島歩き
友住で左が頭ヶ島、右が江の浜で途中に
「龍馬ゆかりの広場」というのがある。

あの「龍馬伝」の時に造ったと思う。
完成して翌日が落成式の日に家族で行ったんだ。

龍馬の像は本人よりも相当イケメンになっていた。
ここの四阿でもその気になれば寝られる。

龍馬伝でもこの事件は描かれたから知ってるだろう。
鹿児島へ曳航していた亀山社中のメンバーが乗り込んだ
「ワイル・ウエフ号」が近くの潮合崎で沈没、多数が死亡した。
その仲間の弔いに龍馬が来訪したらしい。



イケメン過ぎる龍馬像




説明文





手前の民宿の庭に沈没した船の舵取り棒が陳列されていたが、
先祖がもらったんだろう。


ワイル・ウエフ号の舵取り棒





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