5月14日、スロバキアのロベルト・フィツォ首相が銃撃された。狙撃犯は70才代の左翼テロリスト、リベラルの活動家だった。
フィツォは『スロバキアのトランプ』とも呼ばれたが、もともと左翼政党の「スメールSD」所属であり、となりのハンガリーのオルバン首相とは親しい関係、オルバンは直ちに声明を発表し、「悲しい出来事、衝撃を受けた」と述べた。
フィツォ政権はアメリカの共和党、ハンガリー等と同様にウクライナへのNATOの資金提供に反対してきた。フィツォ首相は選挙中に「ウクライナへの武器輸送を阻止する」と公約し、またブラチスラバ(スロバキアの首都)と米国の防衛協定にも不満を表明、協定を見直すことを選挙公約としていた。ただし政権の実態は左右連立であり、公約は実現されていないし、その可能性は稀少である。
フィツォはウクライナのNATO加盟に鮮明に反対を表明し、「ウクライナでネオナチが跋扈した結果、ロシアが軍事作戦を開始したのだ」と何だかプーチンと同じ分析を述べてきた。
欧州の左翼メディアはフィツォ率いる政党が左翼でありながら反EU姿勢だから、フィツォ首相を「民主主義の後退」と「欧州規範の無視」だと批判してきた。
スロバキアは三派の連立政権である。フィツォ率いる『スメールSD』は左翼政党で連立を組む「ヒアスSD」は中立左派、もうひとつが民族主義傾向のつよい「SNS」党で、いわば左右混淆の便宜的な政権ゆえに首相の発言は個人的見解でしかない。
スロバキアは1993年チェコと合邦を改称し(円満離婚)、独立。2004年にはNATOとEUに加盟した。通貨はユーロであり、たしかにスロバキア全体の政治ムードから言えば反EUを訴えるのは少数派とみられてきた。 欧州では左派メディアが非難罵倒し「極右」だとしてきた保守政党がイタリア、オランダ、オーストリアなどで政権を掌握している。
またフランス、ドイツでも保守政党が躍進中、政治の空気は激変しており、こうした環境変化の中でスロバキア首相狙撃テロが起きた。
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