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『天武天皇』寺西貞弘著(ちくま新書) 古事記、日本書紀の編纂を発企し、律令国家を完成させた天武帝の謎 古代史最大の内戦「壬申の乱」はなぜ吉野に隠棲していた大海人皇子が勝てたか?

2023-05-22 | 日本の歴史

これまでの通説では天智天皇の実弟、大海人皇子(後の天武天皇。本書の主人公)が皇位簒奪を狙って壬申の乱を引き起こし、大友皇子の近江政権を斃したのだとあっさり記述されてきた。

そんな簡略記述でよいのか?

歴史の謎解きは、そこからはじまるのだ。なぜ吉野に隠棲していて手勢二十人程度だった大海人皇子が鈴鹿、伊勢、尾張の豪族をまたたくまに組織して内戦に勝てたのか? 財力と武力はむろん必要だろう。確実な軍略も重要だ。

古代史最大規模の壬申の乱の背景に関しての考察に軍事力比較と外交政策。なによりも白村江で敗戦を喫した後の天智政権に対する地方豪族の不満が、むしろ大海人皇子の側に駆けつけたのだという解釈が主流である。

実際に天智天皇は新羅来寇を恐れたばかりか、西国豪族たちの恨みも知っていた。だから近江へ遷都した。天智天皇六年になって新羅使が来日し捕虜を帯同したので新羅への軍事緊張が消え、雪解けとなり、これによってようやく天智天皇は豪族らの不満を抑えるとともに正式に即位できた。西国豪族等は不満をぐっとこらえた。

だが、天智帝は自らの即位と同時に大海人皇子を立太子させたのである。つまり大海人皇子は「皇嗣として間違いなく天智天皇との共治体制」だった(34p)。やがて天智は「大海人皇子を、(大友王子に後継を決めた)皇位継承の対抗者と認識していたため、政治的活躍の場を与えなかった」。(54p)

大海人皇子はさっと剃髪して吉野で修業する。

天智がみまかり大友王子が後継するが官僚制度を掌握できていなかった。

乱勃発となれば官僚制度の軍事機構は天皇側につくはずなのに豪族らは太政官政治より、大海人皇子との私的紐帯を最大限に利用した。

本書のなかで出色なのは、寺西氏が、こうした従来の解釈に仏教、政治制度からの考察を通じて新しい視点を提供していることだ。

評者(宮崎)は、第一に松本清張らが言い張るような皇位簒奪ではなく、近江朝を囲んだブレーンに百済からの亡命高官が夥しく朝儀で新羅征伐を具申していたこと。外交政策への不満が燻っていた。

第二に地方豪族の動きだが、西国豪族は白村江敗戦後の防塁と水城構築など22ヶ所の城塞築城に割かれた労務ならびに財政負担で疲労困憊しており、東国の豪族たちは本来なら近江朝につくべきだが、先に大海人皇子が不破関を抑えてしまったために軍事バランスが崩れたこと、尾張氏などは近江への進軍を阻まれ、大海人皇子側につかざるを得なくなった(拙著『間違いだらけの古代史』、育鵬社など参照)。

第三に近畿方面の戦闘では近江朝から冷遇されてきた豪族らがここぞとばかりに果敢な軍事作戦を展開し、とくに高安城攻防で大海人皇子側に立った大伴吹負の勝利、なによりも文化防衛の闘いであったとした。

そして従来の歴史家が社会工学的に制度やら残った文書からの謎解きを試みたが重要なポイントをたぶん意図的に見落としている。大海人皇子には神秘をともなうカリスマ性が付帯していたことである。

寺西教授は古代の政治制度と仏教との関係に重点をおいて論考を進める。

天武天皇の目指した政治目的は大化の改新以来、模索されてきた律令制度の完成にあり、具体的には「国造(くにのみやつこ)の支配領域を削減し、新たに国司が統括する郡を建郡することに時間を要した」。

このため壬申の乱の政治性が霞んだ。

物部系関係者が編んだとされる『先代旧事本紀』には全国に135の国造があったが、国司と交替し、550の郡に分割されたとしている。政治システムを天武帝が変えたのだ。

いまひとつの成果とは皇族の皇統後継候補者を皇親というが、この皇親たちの臣下化である。同時に大豪族たちの序列化だった。

つまり皇親らは天皇予備軍という立場を残しながら、天皇の下に序列化された。「光仁天皇に到るまでの歴代天皇は、竜泉の時代にいかなる政治的な官職に携わることはなかった。もし、官職についていたならば、その上下関係が即位後に影響することを予見できたから」だ(200p)

そして仏教政策において仏教諸活動、寺院建設、生活規則などを天武朝が制定した養老律令の「僧尼命令」が要だとされる。

「仏教と国家の関係を明らかにし、国家の威令が優先することを明示した」。なぜなら「宮廷の奥深く浸透していた仏教に対して、天智朝に仏教を統制するような政策が発せられた形跡は認められない」。

しかし、天武朝になると仏教や僧侶の日常生活にいたるまでを統制する政策が目白押しとなった。これらが壬申の乱以後の政治なのである。


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