私も支援に参加させて頂きました(=゚ω゚)ノ twitter.com/KeisarSan/stat…
— 大塚進也@三十一人会編集&広報 (@tukaohtsu) 2017年12月23日 - 11:04
先週、白河戊辰陣地講演会でも語られた、戊辰戦争でのアームストロング砲伝説ですが、出典はこれかな?
— 大塚進也@三十一人会編集&広報 (@tukaohtsu) 2017年12月23日 - 11:15
「藩邸にはアームストロングの後装式施条砲二門を廻槽してありたれど、威力猛烈なるを以て、攻城海戦に充つべきものとして藩邸倉庫に収蔵せり(続く)
(承前)けだし、内乱を鎮定する陸戦には、ただ施条後装銃を用いるのみにて勝を制するにたるべく、多く同胞を鏖殺するを欲せざる公(鍋島直正)の意思にいでたるなり」『鍋島直正公伝』
— 大塚進也@三十一人会編集&広報 (@tukaohtsu) 2017年12月23日 - 11:22
この言葉の引用で、アームストロング砲が炸裂したと思われがちですが、「威力猛烈」とは言ってますが、「炸裂した」とは書かれていないのですね。そもそも攻城(対要塞)と海戦(対艦)と書かれているので、アームストロング砲が炸裂弾ではなく、実体弾と明言していたりします。
— 大塚進也@三十一人会編集&広報 (@tukaohtsu) 2017年12月23日 - 11:27
しかし何故かこの言葉が一人歩きして、アームストロング砲が炸裂弾で、上野戦争含む戊辰戦争で大活躍をしたと語られがちです。
— 大塚進也@三十一人会編集&広報 (@tukaohtsu) 2017年12月23日 - 11:33
余談ですが、ウイキのアームストロング砲の項目を見たら、「長岡藩のアームストロング砲が榴弾を発射」とトンデモ発言がありました。これだからウイキは信用出来ない(汗
何はともあれ、先週の講演会でもアームストング砲を過大評価していましたが、実体弾のアームストロング砲は対要塞か対艦向きで、実際に戊辰戦争で活躍したのは榴弾などの炸裂弾を発射出来る四斤砲やクルップ砲でしょう。
— 大塚進也@三十一人会編集&広報 (@tukaohtsu) 2017年12月23日 - 11:38
ちなみに前述の長岡藩も四斤砲を所有していた筈
@KeisarSan 今まで、この逸話の出典を調べた事はありませんでしたが、佐賀藩自身がアームストロング砲の伝説を担っていたと知りました。まだまだアームストロング砲が炸裂弾と思っている方は多いので、地道な活動がこれからも必要ですね。
— 大塚進也@三十一人会編集&広報 (@tukaohtsu) 2017年12月23日 - 11:49
@KeisarSan 松代藩の砲までは知りませんでした(汗) 個人的には松代藩は、狙撃隊が五番隊から始まり、一~四番隊が存在しないのが衝撃的で、五番から始める事で部隊数を水増した、真田らしい行動かなと思っています(^^;)
— 大塚進也@三十一人会編集&広報 (@tukaohtsu) 2017年12月23日 - 11:52
@tukaohtsu 一般人のイメージは
— 優花里・良輝パパ@天狗党の映画作るぞ (@KeisarSan) 2017年12月23日 - 11:56
大砲=炸裂
だからねw
あれは実体弾(それも2.5ないし3インチという小口径w)なのは軍事史学やってないと知らない世界w
古河市三和資料館の幕末明治展。社会民衆の状況史料に重点が置かれ郷土資料の醍醐味が極まっていました。年表と旧幕諸隊の表が詳細。慶応4年4月16-17日小山第1次~4次の戦いで、大鳥隊・土方隊・草風隊・貫義隊・凌霜隊の進路を一覧にした… twitter.com/i/web/status/9…
— 入潮 (@irisiomaru) 2017年12月23日 - 19:13
宇都宮で酒肴羽織授けられ激励されたのに、手のひら返され国境で迷惑だと追い返され。今市の本営に兵固めろと伝習隊長ズが具申しても会津の某氏に反対され意見通らず、心配通り本営攻め入られ敗け。山入村で会津ら三藩に置き去りにされ見殺しにされ…と。伝習隊と会津は、仲悪くなって仕方ないと思う。
— 入潮 (@irisiomaru) 2017年12月23日 - 18:38
あれだけの仕打ちでも、会津を見捨てずに、城攻めされてる時も千山万川武器なく弾薬なく原野流離いながら西会津で新政府軍の進路絶つためにゲリラ戦繰り広げてた大鳥圭介と伝習隊は、もっと褒められていいと思う。
— 入潮 (@irisiomaru) 2017年12月23日 - 18:42
仁連・諸川の組頭連名の、官軍へ上納金拠出命じられたけど免除してと嘆願する文書。旧幕諸隊が、家財箪笥押入土蔵から家財金穀物品鶏卵奪い、女子追廻して淫事に及び、馬も貯蓄も全て奪い、自分らは餓える他ないと、悲惨な状況。大鳥は金払って補償して回ってたけど他の隊は…。
— 入潮 (@irisiomaru) 2017年12月23日 - 19:25
旧幕軍諸隊、諸川小山にて人足兵糧を略奪するしかない状況。ほとんど連携無く兵糧準備や拠点手配もないままの脱走だった。国府台で議論紛糾しまとめる人なく日暮れて、仕方なくひとまず日光まで仮にと総督引き受けてた大鳥さん。そんな脱徒集団の総督なぞやりたくなかった気持ちよく分かりました
— 入潮 (@irisiomaru) 2017年12月23日 - 19:27