@momi_man2 @tukaohtsu 佐賀藩の2門のアームストロング砲以下十数門の大砲が放列を敷いたのは加賀前田藩の支藩・富山前田藩の藩邸です。今の東大キャンパスのどのあたりになるのでしょうか。um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/200…
@momi_man2 @tukaohtsu これだと富山藩上屋敷は附属病院敷地内、やはり御山に向けて突き出したところのようですね。高低差はどんなもんだったかな、今年もIFCONに参加出来たら是非歩いてみたいところです。 pic.twitter.com/8rBxwLCPRf
@take_nakanishi @tukaohtsu 地図資料ありがとうございます。グーグルマップの古地図で松平大蔵家としてちゃんと1858年版地図に記載されておりました!
これ見ると不忍池のすぐ畔、火除地とかもないようなので高低差は池とほぼ”なさそう”にみえますね
@tukaohtsu 旧陸軍砲兵将校・ 陸自特科将官を経て軍事研究家として重きをなした金子常規氏は性能の違う大砲を集中しても効果は薄かったと批判しています。黒門口に直協砲兵を進出させれば簡単にケリがついたとも(『兵器と戦術の日本史』)。総じて大村の用兵に批判的な方でした。
流石に当時は、大砲の種類を統一すると言う概念はまだ無かったのでしょうか。それでも当時に、大砲を集中して運用した大村益次郎はやはり凄いと、大村好きの私としては思ってしまいます(^^;) >RT
@momi_man2 @take_nakanishi 情報ありがとうございます。私もGW辺りに当時の地図を用意して、東大の敷地内を散策してみたいと思います。言われてみれば、ネットで現在の本郷台から不忍池越しに見た上野と言う画像は、見た事がない気がします。
先週ニュースされた、トルコ空軍のF-16がMIG23を撃墜されたって話ですが、本当にMIG23だったのですかね。素人目ですが、公開された画像の期待は、主翼が三角翼っぽくて、可変後退翼のMIG23とはシルエットが違う気がします。また垂直尾翼も一枚っぽいので、Su15っぽい気がします