歴声庵

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友田昌宏著:『戊辰雪冤~米沢藩士・宮島誠一郎の「明治」~』

2010年01月17日 22時58分38秒 | 読書

 宮島誠一郎と言えば、米沢藩士の中では有名な人物なものの、幕末維新史全体では知名度が低い人物と言えましょう。そのような宮島について、これまでも宮島関係の論文を発表してきた著者が、初めて宮島の生涯を綴り、その宮島の目を通した幕末明治史となっています。単に宮島の生涯を綴っただけではなく、宮島の仕えた米沢藩全体の幕末における動向を判り易く纏めてくれているので、幕末・明治初期の米沢藩について学びたいと思っている人にも最適の本と言えましょう。ただ筆者の宮島に対する思い入れが強い為か、やや宮島に対する評価は甘い嫌いを感じました。

 本書では米沢藩が幕末から戊辰戦争で降伏する前編と、明治初期の米沢藩を描いた後編の二分構成になっており、全編通して引用した史料は原文のまま引用してくれているのが特徴です。また併せて出典も明記してくれているので、単に読み物として優れているだけでなく、これは後を次ぐ後進にとっても配慮された構成と言えましょう。
 まず前編では、米沢藩の探索方として活躍した宮島の目を通した幕末の政局と米沢藩の動向が綴られています。薩長や一会桑等の幕末動乱で活躍した雄藩から見た、京都政局について書かれた著書や論文は多いものの、幕末の京都政局を何とか穏便に済ませようとする、その他諸藩の動向についての研究はまだまだ少ないでしょうから、本書の米沢藩の動向は本当に興味深いです。
 そして前編もう一つの見せ場と言えば、宮島から見た奥羽越列藩同盟の結成についてです。本書ではよくある佐幕贔屓の小説家が書いた「会津こそ正義!」のような観光史学のような矮小な視点ではなく、マクロな視点から奥羽越列藩同盟の矛盾を突いてくれています。また善悪以前に仙台藩の稚拙な手腕を指摘しており、佐賀藩士前山清一郎に九条や醍醐などの奥羽鎮撫総督府の首脳部を奪回された事こそ、奥羽越列藩同盟の敗因と言及するなど、昨今の本にしては珍しく仙台藩の責任を追及しているのは珍しいと言えましょう。
 しかし仙台藩に対する厳しい評価に対して、会津藩に甘い評価と感じました。これはあくまで本書が宮島の視点を通して書かれており、宮島自身が好感を持っている会津藩に対しては、本書の評価も甘くなると言う弊害が出てるかと思います。
 また幕末政局の大局だけではなく、屋代郷の騒動と言う局地的な動向ににも触れられており感心しました。屋代郷の騒動については概略程度は知っていたものの、詳細は知らなかったので勉強になると共に、この項で取り上げられていた史料を活用する事に後追い調べが出来るのでありがたいと感じています。
 後編ではタイトルにも使われている「戊辰雪冤」の通り、戊辰戦争で賊軍とされた米沢藩の名誉回復に奔走する宮島の姿が描かれており、中でも戊辰戦争時に軍事総督となった千坂高雅と、前藩主上杉斉憲の復権運動についての宮島の尽力が詳細に描かれています。どうも明治期の宮島と言えば、明治政府内の活躍ばかりが今までイメージしていたものの、旧主や元上司の為に奔走していたとは知らなかったので驚きました。特に千坂復権については、千坂復権についての宮島の尽力が詳細に綴られると共に、その後政見の違いからか千坂と敵対すると言うのは始めて知ったので興味深く読ませて頂きました。

 このように本書は、史料を駆使して宮島の目を通しての幕末から明治初期に掛けての米沢藩の政局を綴ってくれており、単に宮島の研究書には留まらず、全ての幕末の米沢藩を調べる者にとって必読の書と言えましょう。
 尚、本書とは関係ないものの、上記の通りでは千坂高雅についても色々書かれていますが、本書を読んでも千坂がどのような人物かと言うのはあまり伝わりませんでした。幕末期、特に戊辰戦争時の米沢藩を調べるに当って最も大事な人物は千坂だと思うものの、宮島や甘粕継成や木骨要人と言った日記を残した者とは違い、日記を残さなかった千坂に関しては本人がどのような考えを持っていなかったのか判りづらいと言う感があります。そのような意味では本書を読んで、日記を残したか残さなかったが、該当人物の研究の難易度を左右すると言うのを改めて実感した次第です。