歴声庵

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東郷尚武著 「海江田信義の幕末維新」

2007年10月04日 20時56分41秒 | 読書
 故司馬遼太郎の著書の影響からか、後世の評価があまり芳しくない海江田信義について、御子孫の方がその名誉を挽回しようと書かれた著書です。しかしその目的のために、海江田以外の先祖の逸話もところどころに語られる脱線がちの構成になり、結果少々読みにくい本でした。

 海江田という人物を語るのには必要不意可決と思われる、大村益次郎との関係については、近代日本の象徴である大村に対して、海江田は本人の活躍は別として、どうしても古い時代、若しくは反動勢力の象徴という認識が強いのが実情です。この認識を払拭する為にも筆者は、著書内で海江田がいかに幕末維新に奔走したのかを綴っているものの、大村に関しては「若い頃から尊王の志士として修羅場をくぐりぬけた人間とは違って、従来の武士社会のしがらみから解き放たれ、彗星のごとく、明治維新の大舞台に踊り出てきたのである」と一見評価しつつも、控えめながらも大村の事を批判していると感じた箇所が幾つかありました。
 半ば公然と語られがちな大村の暗殺と海江田の関係については、筆者は明確に否定し、大村暗殺犯達の処刑を海江田が阻もうとした事に関しても「手続き上の齟齬」と否定しています。そして自身の説を補強する為、絲屋寿雄氏著の「大村益次郎」からこの事件に関する部分が引用されていました。確かに海江田が大村暗殺の黒幕だったというのは文献的な裏付けがない以上、状況証拠に留まるかもしれません。しかし大村暗殺犯達の処刑を海江田が阻止しようとしたのは紛れもなく史実です。そして何より筆者が引用した絲屋氏の著書では、筆者が引用した文章に続いて「この大村暗殺事件に海江田が関わっていたのでは」と絲屋氏は書いているのにも関わらず、その箇所は引用せず、都合の良い箇所のみを引用する行為には首を傾げざるを得ませんでした。
 ただし筆者も海江田が大村の事を憎んでいた事に関しては認めているので、あくまで子孫の身贔屓といったところでしょうか。しかしこの身贔屓の為、あくまで子孫による先祖の宣伝書に過ぎず、信頼性は低いと言わざるを得ません。ある意味海江田自身が、自分の功績をひけらかす為に書いた「維新前後・実歴史伝」の子孫版と呼ぶべき印象の内容でした。