■■【心de経営】 論語に学ぶ経営04 吾(わ) が道は一以(いちもっ)て之を貫く 実践編 17 81
【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じた学びをお届けしています。
【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏
北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。
本メルマガで【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が私の愛読書の一つとなっています。
中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(ちこくへいてんか:国を治め天下を平和に保つこと)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。
何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「おきあがりこぼし」と同意)として行き抜いて、人間の持っていた自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。
ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準のトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。その前の5歳のときから既に文章を読む事を教えられていて、学ぶという基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。
■■ 渋沢栄一の論語講義 : 里仁(りじん)第4-15 81 ■■
吾(わ) が道は一以(いちもっ)て之を貫く
日本経営士協会に於いては【心で経営】の新シリーズが始まり数か月が経過しました。混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が愛読書の一つとなっています。
中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(治国平天下:国を治め天下を平和に保つ事)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、個人的規範が主体になっています。そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(起き上がりこぼし)と同意として行き抜いて、人間の持っていた自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。
ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。
『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。
◆里仁第4-15 81 吾(わ)が道は一以て之を貫く
子曰く、参や、吾が道は一以て之を貫く。曾子曰く、唯(い)。子出ず。門人、問うて曰く、何の謂いぞや。曾子曰く、夫子(孔子を指す)の道は忠恕のみ。
【口語訳】子曰く、参(曾子の名前)よ、私の道はただ一筋の道だ。曾子曰く、分かりました。孔子が去った後、門人が曾子に尋ねた。どういう意味だったのでしょうか。曾子曰く、先生の道は真心の一本道なのだ。
宮崎市定は忠恕を真心と訳した理由として「論語の新研究」でこう説明している。『忠恕は二字をもって一つの意味を表わす。普通にこれを忠と恕の二者と解するが、それでは、一以貫之、という言葉と矛盾する。忠の中の恕的な部分、恕、おもいやりの中の忠的な部分、すなわち両語を重ね合わせたとき、共通する部分が忠恕である。勿論幾何学の作図のようにはいかぬので、訳字は一方にかたよるが、此処では真心と訳した』
<参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社>
【コメント】
私は、いままでのながい人生を通し、生涯を捧げられるような一つの仕事に巡り会うことができたなら、こんなに幸せなことは無いだろうと思います。
思いやりと慈しみの心で忠恕(真心)をもって働くことの素晴らしさを感じながら、働くという事で孔子が長い年月をかけて出した人間として最も大切な『道』とは、人に対する「思いやり」だといっています。そして生き方に於いての根本は終始一貫して変わるものではないと説き、孔子が貫いたのは、真心や思いやりをもった道徳的な生き方でした。
企業経営に於ける根本的な思想も同じく、揺るぎない理念のもとに社会との係わりを考策しながら、永続的発展に向けて前進してゆきます。そこをあらゆる角度から支援してゆくのが経営コンサルタントの使命と考えます。
上述の孔子の教えそのものを実践していらっしゃるのが、当協会の今井会長です。常に自分自身を律し、『プロのコンサルタント』育成に尽力されながら社会情勢に眼を向けて経営支援の在り方について、今なお研鑚を重ねていらっしゃいます。
ほんとうの教育は、人をみてそれぞれに対していう言葉が違って当然で、一律一体おなじことを言っていれば、情勢変化の対応や問題解決の矛盾にも気付かない事が生ずる場合もありかねません。人生をプロフェッショナルに生きる為に、一生涯を捧げられるような仕事に巡り会うこと、働く以上その道に長けること、そこに誇りを持って歩む事のできる「経営コンサルタントの道」があります。
「不倒翁」として生き抜いた渋沢栄一をはじめ、多くの実業家の生き方の根本は、終始一貫して変わるものではなく、向上心・信念の強さがあって、また物事を俯瞰的に観る眼や、「夢」多き精神の持ち主であることなども共通しています。プロフェッショナルな経営コンサルタントを目指すために、今何をやるべきかを考えて参りましょう。
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