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「ふるさとの生活」 宮本常一

2021-11-21 | 読書

民俗学者宮本常一が、主に戦前、日本全国をフィールドワークして伝統行事、信仰、農作業、食べ物など、人々の暮らしを調べてまとめたもの。

発表されたのは昭和25年(1950年)で、小中学生向きに書かれたのでたいそう読みやすく、挿絵も簡潔明瞭、品があってよかった。

ただ事象を追うだけではなく、なぜそうなったか、地理的、社会的条件を類推するのでなるほどと思うところもたくさんありました。

例えば両墓制。

香川県三豊市の志々島では山の上の埋め墓と集落近くの共同墓地、参り墓があり、私は小さな島でなんでそんな面倒なことと思っていたけれど、両墓制は土葬が前提。それを忘れていた。埋め墓とは本当にご遺体を埋めるところ。そこへはお参りしない。で、その習俗は昔は全国あちこちに見られたそうで。

火葬になると墓は一つになるそうで、未だ両墓制を残す土地では割と最近まで土葬が行われていたのかもしれません。

そうそう、学生時代の最後のコンパの流れで、友達の下宿で男女10人くらいで朝まで語りあかした時、宇和島出身の人が、つい最近まで土葬だったと話して、驚いたことがあります。私のこの歳なので50年くらい前ですが。

燃料が貴重な時代は土葬一択。都市化が進み、埋める場所が取れなくなってから火葬が広まったのではないでしょうか。

稲作の農機具各種も面白かった。我が家には子供のころ、117ぺージの「からさお」がまだありました。「昔、使いよったんや」とのことでした。千羽こきもありましが、使うのは電動式の脱穀機でした。

ものの運搬では、大原女も懐かしい。昭和40年代初め、あの姿で早朝の白川通を歩く人を見かけました。本物と思います。

2005年頃、天神市で柴漬け売っていたのはぎりぎり本物の姿でしょうか。2015年頃、西陣の帯の某織元で、大原女の姿で織機に座っている人がいましたが、本人は恥ずかしそうでした。観光用ですね。それが何を意味するのか、6年前にはもう分からない人がほとんどと思いますが。

はっとう、と広島で言うハッタイ粉が同じ語源というのも驚き。大麦を粉にする、はたくから来ているそうで。

我が実家地方では「おちらし」と言います。それも同じ意味と思います。砂糖を入れて湯で練っておやつがわり。

うちへ遊びに来た友達♂に祖母がインスタントコーヒー出してくれたけれど、ぬるま湯でうまくとけてなかったら、「おちらし?」と笑っていた友達はだいぶ前にあちらへ行ってしまいました。そんなこともふと思い出しました。


昔は多くの人が農林水産業、わけても農業の割合が大きく、自然相手に気候に左右されることが多いので、節目節目に豊作を祈り、禍をよけるための行事いろいろ。それだけ、自然の優しさも恐ろしさも知っていたことでしょう。

昔の人に生活に学ぶことは、今でもたくさんありそうです。


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