美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

薬指の異重力

2009年03月28日 | 瓶詰の古本

   ときどき発作が起きる。右手の薬指が全く感覚を失い、思わず悲鳴を上げたくなる程重くなるのである。こいつは一種の神経症に違いないとばかり、二、三精神病理の先生方に問診してもらったことがある。ところが、どこへ行っても原因を探り切れずに終わってしまう。精々が、薬石の一包みでもってお茶を濁されるとでも言うのか、効ない処方を手にするばかりである。
   精神分析にかかったこともあるし、所謂催眠術の術中に陥って潜識の告白を引きずり出されたこともあったが、にもかかわらず、指の異重力現象について学問的決着の一言をも聞くことはできなかった。単なる心理学の歴史をベッドの上に寝転がった男に講釈してみたところで、医者の良心が癒される訳でもないと思われるのだが、どんなものだろうか。
   この頃の先生方は、患者に対して人間と人間とのつき合い以上のもの、つまりは、インテリと大衆との関係を幻想するのだろうか。件の催眠術の白衣男は、フロイト、ユングといった馴染みの名前はもとより、メスメルだとか、フッセル、ブロイラー、ミンコフスキーなどなどの人名を陸続とあげつらって、異形な精神の一般現象学を吹き込もうと力むのだが、こちらは折りしも、指一本瞬時に大地を刺し貫くか、あるいは指一本残して、大人一人分の肉塊が天空に吹き飛ぶかの瀬戸際に見舞われ、思わずありったけの声で叫ぶしかなかった。
   「だまれ」と一喝されてたじろぐようなら、無論はじめから精神の病理に鼻を突っ込むことなどすまい。この時、白衣男は眉毛一筋動かしもせず、口端にわずかな微笑の小波を起こして、芝居の台本でも読み上げる調子で言明した。
   「ただ今の瞬間、貴方は三語の音を発語されました。その発語された音の組合せはしかし、事物を生起消滅し得る何等の秘力をも有せない。この事実は、前以って貴方もご存知でありましょう。ここで私が受け留めねばならぬことは、貴方が斯く斯くの精神の表現として採らざるを得なかった手段とは、これであったかということです。
   「私とて、言葉の神異力にまつわる伝承古伝に暗い訳ではありません。神譚、歌謡に垣間見える呪術的秘文を愛するものでもあります。然るに、貴方の精神は極度の緊張に起因してか、狂の臨界点に達して居り、或る種の音の組合せによる、謂わば一気呵成の世界変容を意志なすって居るのデス。」
   全く、私が二度とこの病院の敷居をまたがなかったのは申すまでもない。

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