岩崎彌太郎三菱会社長たり 一時海上王と呼ばれ大に驕奢を極む 或年の夏某紳士彌太郎を其邸に訪ふ 彌太郎将に日本料理を饗せんとす 紳士心に以為(おもへら)く 岩崎は名たヽる富豪なれば定めて山海の珍味を二汁五菜に過ぐる者あらんと窃かに喉を鳴らして膳の上を見れば何ぞ図らん 洗魚(あらひ)は皿に四五切吸物は椀の底に一口半あるのみ 紳士案に相違して思(おもへ)らく 岩崎の贅沢は世に隠れなきことなり 然るに実際は寧ろ吝嗇なりと云ふて可なりと 仍(よつ)て先づ一箸を試む 彌太郎即ち下婢を呼びて残れる所を捨て更に新鮮の品を侑(すヽ)めしむ 一口にして交へ一甞(なめ)にしてまた換ゆ 斯の如くすること殆んど数(す)十回 客始めて岩崎の贅沢に驚く
(「幕末明治英雄裏面史」 鈴木光次郎)
最新の画像[もっと見る]
- 辞書は大小を超越する宇宙書物である 9年前
- ラブクラフトが夢想した『コンゴ王国』 14年前
- 乱歩「孤島の鬼」は西日を浴びて読む 16年前
「瓶詰の古本」カテゴリの最新記事
- 実利に偏した頭脳は人物の為した業績の精神的価値に思い及ぶなど毛頭なく、利得効...
- 木村鷹太郎という審美の熱源(木村鷹太郎)
- 盛期の大江戸、百花爛漫の粧いに賑わう(邦枝完二)
- 日中に夢見る人、世界の秘鍵を求め光明暗黒の海を渡る者(ポー)
- 文事・宣伝に通じたえらい人達がちゃちな話の種を大ごとに仕立てて商売などしてい...
- 「國民字典」おくがき(日下部重太郎)
- 現実と隔てる磨りガラスの向こうに怪異の世界を見透す小説家にとっては、心理遺伝...
- 小説を書くほどの者にとって、真の芸術家が悪人であるはずはなかった(カロリーヌ...
- 講談版「二刀流」、秘術燕返しとの決闘(榎本進一郎)
- スヴィドリガイロフは夢の中から現われ、実在の裏口から夢の中へ戻って行った最も...