美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

蟻を鏡として彼が痛切に伝えたかったこととは(メーテルリンク)

2022年05月01日 | 瓶詰の古本

 むろん、また、軀や武器に相違ある如く、戦争方法も異る。われわれの戦法として存在するものは、またすべて、彼らの世界にも存在する。 開放戦、一斉射撃、密集突撃、伏兵戦、襲撃、肉迫戦、鏖殺戦、手弱い無聯絡な戦争、われわれに見る如く組織だつた攻囲、大規模な防禦、激烈な突撃、絶望的な攻囲突破、取り乱した退却、戦略的退却、時には極めて稀ではあるが、聯合軍間の小競合、等々。わたくしはすべての形式を残らず調査する気はない。これに関するあまり詳細な記述は乾燥無味で、専門上の特殊論文に属することであるから、その中から、彼らの敵対行為に独特な一般法則の二三を引き出すに止める。
 先づ、すでに述べた如く、蟻の利己心を極めて古くから伝説が肯定してゐるのとは反対に、この種族の大半は徹底的に平和愛好者である。しかし、彼らは攻撃を受けたときには都市防禦のために、如何に勇敢なわれわれの軍隊にも見ることの出来ない勇気を発揮する。攻撃者の大きさとか、数とかはほとんど彼らの眼中にない。その上、彼らの威嚇的態度を前にしては、攻撃者はその計画を断念し、もしくは、あまりにも手剛いらしい第一印象に打たれるや、恥をも忘れて逃げ出すことがしばしばある。
 如何に強力であり、如何に武装が完備され、如何に威光があつても、平和愛好の蟻は、総じて他人の平安を尊重し、その力を濫用せず、衝突のあらゆる動機、あらゆる機会を避け、ひたすら自分らの蟻塚の問題にのみ専心する。例へば、ヨーロッパ蟻中最も恐ろしいネオミルマ・ルビダの如きは、一度刺せば立ちどころに敵を殺し得る恐ろしい針を備へながら、いまだかつて他国を襲つたことがない。

(「蟻の生活」 メーテルリンク作 園信一郎譯)

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