宮城県に行った折の2016年2月22日(火)に松島を訪れました。ここでその五大堂を紹介します。伝承によると、807(大同2)年、坂上田村麻呂が奥州遠征の際に、毘沙門堂を建立し、828(天長5)年、円仁(慈覚大師)が延福寺(瑞巌寺の前身)を創建した際に仏堂を建立し、大聖不動明王を中央に東方降三世明王・西方大威徳明王・南方軍荼利明王・北方金剛夜叉明王の五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれるようになりました。この五大明王は秘仏として33年に一度開帳されます(次回は2037年)。現在の建物は、1604(慶長9)年、伊達政宗が建立したもので、三間四方(22.68尺=6.87m)の宝形造で、四方に勾欄付きの縁を巡らし、正面に向拝がついている瓦葺きの建物です。本堂は国重要文化財に指定されています。なお五大明王像は中にある家形厨子に安置されています。
写真1は、松島湾に面した正面からの五大堂全景です。右端に写っている赤橋は本堂のあるところは島なので、陸とを結ぶ橋(すかし橋)です。
写真2は、五大堂正面に掲げられている額(揮毫は瑞巌寺105世天嶺)ですが、ご覧のように「五太堂」となっており、これは筆の運びといわれています。
最後の写真3は、堂四面の蟇股にはその方位に対して十二支の彫刻を配していますが、正面左側のものです。ご覧のように「未」、すなわち羊です。
(2016.02.25)
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