花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

NHK-BS「バチカン 秘密の宮殿」を見た♪

2021-03-07 22:23:03 | テレビ

3月6日(土)、NHKプレミアム「バチカン 秘密の宮殿」を見た。

https://www.nhk.or.jp/info/pr/toptalk/assets/pdf/soukyoku/2020/11/004.pdf

コンスタンティヌス帝のキリスト教の歴史からバチカン宮殿成立の歴史、そしてサン・ピエトロ大聖堂建築の歴史まで、美術も建築も織り交ぜた盛りだくさんの内容で見応えがあった。

(バルダッキーノからカテドラ・ペトリを臨む)

バチカン宮殿の全容は一般入場者には謎だったが(まさに秘密?)、今回、平面図だけでなく3DCG画像などを使い、宮殿建築の概要と威容が推し量れるようだった。更に、歴史の重層性も地下礼拝堂などから了解され、聖ペテロの墓の上に建てられたバチカンの歴史が現在まで続く様が興味深い。

私的には前半にロレンツォ・ロット《受胎告知》が出てきのが嬉しく、後半は圧巻のミケランジェロ特集! 。もちろん、ユリウス2世のパトロネージやラファエッロとのライバル関係を含め、システィーナ礼拝堂天井画に《最後の審判》とフレスコ絵画制作大活躍だが、晩年は建築家としてクーポラ設計にも関わり、特に自筆のクーポラ付け柱の図面発見など興味深いお話満載だった。

と言うことで、まず、キリスト教会絵画の説明で紹介されたロレンツォ・ロット(Lorenzo Lotto、1480-1556/7年)の《受胎告知》。私的に「えっ?!」と驚くこのマリアさまがフツーの女の子っぽくて好感度抜群なのだよ

ロレンツォ・ロット《受胎告知》(1528年)レカナーティ市立美術館

そして、番組で紹介されていた悪魔の手先?の猫さん。マリアにしか見えない天使の気配を感じてビックリしているところだとか。

でもね、かわゆいのよぉ~♪ 論より証拠、レカナーティ市立美術館のトレードマークはこの猫さんだもの

さて、番組後半はバチカン宮殿成立の歴史とミケランジェロ特集と言っても良かった。今回、パトロンである教皇ユリウス2世にかなりスポットライトが当たっていたのが興味深かった。(私的にジュリアーノ・デッラ・ローヴェレがどうも好きでないのはチェーザレ・ボルジア贔屓のためかも

ちなみに、下↓はシスティーナ礼拝堂の天井画に苦労しているミケランジェロの愚痴満載手紙に描いた自画像。文句言いながら描いて、結局あの天井画になるんだから、その才能はやはり「神のごとき」なのだと思う。

ミケランジェロ「システィーナ礼拝堂天井画を描いている自画像」(1508-12年)カーサ・ブオナローティ

ミケランジェロ建築については2016年のパナソニック汐留美術館「ミケランジェロ展 ルネサンス建築の至宝」を観ていたし、ちょうど「世界の夢のルネサンス建築」も読んでいたし、彫刻家&画家であるミケランジェロの建築家としての凄さも改めて勉強させてもらったような気がする。

https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/16/160625/ex.html

晩年、難航していたサン・ピエトロの大聖堂クーポラの最終的設計を任されたミケランジェロが、近年の自筆のクーポラ付け柱の図面発見などから、当時、設計だけではなく現場監督のように指示図まで描き、老体にもかかわらず、生真面目に精魂を傾け仕事に取り組んでいた様子が偲ばれ心を打つ。その才能と努力が人知を超えて凄すぎるのだ!!だからこそ「神のごとき」ミケランジェロなのね。

ということで、盛りだくさんの内容で「バチカン宮殿の秘密」が了解されたのだが、私的に不満なことがあった。それは「パオリーナ礼拝堂(La Capella Paolina)」が出てこなかったこと。もしかして紹介されるかも?と、密かに楽しみにしていたのに、残念!!

https://www.vatican.va/various/cappelle/paolina_vr/

ミケランジェロの描いた2つのフレスコ画、《サウロの回心》と《聖ペテロの十字架》(1542-49年)は、美術ど素人の私見ではあるが、カラヴァッジョの聖ポポロ教会チェラージ礼拝堂の2作品(オデスカルキ=バルビ《サウロの回心》とチェラージ《聖ペテロの磔刑》)に大いに影響を与えていると思っているのだが...??

ちなみに、最後のエンドロールに「取材協力」としてH先生のお名前があった。あらためて、H先生情報に感謝です!!


3月6日(土)NHK-BSで「バチカン 秘密の宮殿」が♪

2021-03-01 13:15:33 | テレビ

NHK-BSプレミアムで「バチカン 秘密の宮殿」が放送予定だ。(H先生情報に感謝です!!)

・日時:3月6日(土) 19:00 ~20:59(BS3 プレミアムチャンネル)

(その後1年間、BSプレミアムチャンネル、BS4Kチャンネルで随時再放送予定。)

https://tvguide.myjcom.jp/detail/?channelType=3&serviceCode=103_4&eventId=20814&programDate=20210306

・番組概要 「カトリックの聖地バチカンの非公開エリアにカメラが特別に潜入!壮麗な大聖堂や歴代教皇たちが暮らした宮殿に秘められた知られざるバチカンの「美の秘密」に迫る。」

・番組内容 「ローマ教皇庁の特別許可を得てバチカンの非公開エリアにカメラが潜入。サン・ピエトロ大聖堂の地下深くに眠る「謎のモニュメント」や機密文書館の史料から聖地バチカンの「美の秘密」を探る。さらにローマ帝国時代の「幻の大聖堂」もCGで再現。日本初公開となるルネサンスの巨匠ミケランジェロ「自筆の図面」からは、天才芸術家の知られざる素顔と聖地の秘密が明らかに…。」
 
(アパルタメント・ボルジアの天井には赤い牛がいたっけ
 
もしかして、「カラヴァッジョ《キリストの埋葬》展」開催に合わせた放送予定だったのではないか?と想像してしまう(昨年12月放送予定を変更してるし)が、しかし、せめて映像だけでも、ヴァチカン宮殿の美と秘密を堪能したいものだと思う

「ぶらぶら美術・博物館」の「もう絶対、日本に来ない名画」展。

2020-07-18 01:17:03 | テレビ

2020年07月14日 放送のBS日テレ「ぶらぶら美術・博物館」は、山田五郎の「もう絶対、日本に来ない名画」展だった。

https://www.bs4.jp/burabi/articles/pjricfk4ewl07tth.html

ということで、登場したのは…

・ファン・エイク《ヘント祭壇画》

・ボッティチェッリ《春》《ヴィーナスの誕生》

・レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》

・デューラー《1500年の自画像》

・ミケランジェロ《最後の審判》《システィーナ礼拝堂天井画》

・ラファエッロ《子椅子の聖母》

・カラヴァッジョ《聖マタイの召命》

・レンブラント《夜警》

確かに、来日が無理な作品ばかりだと思う。これからはコロナで無理な作品がもっと増えそうな予感がする…


NHK日曜美術館「蔵出し!西洋絵画傑作15選(2)」。

2020-07-14 00:52:22 | テレビ

一応、義務感で書いておくけれど、7月12日のNHK日曜美術館「蔵出し!西洋絵画傑作15選(2)」は...

https://www.nhk.jp/p/nichibi/ts/3PGYQN55NP/episode/te/8R31WJXR1G/

・ヒエロニムス・ボス《快楽の園》

・カラヴァッジョ《聖マタイの召命》

・レンブラント《夜警》

・フェルメール《牛乳を注ぐ女》

・ゴヤ《我が子を食らうサトゥルヌス》

文句のない傑作揃いでしたね


【むろさんさん寄稿】「NHK BS世界のドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」を見ての感想」(2)

2020-06-04 16:40:58 | テレビ

「NHK BS世界のドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」を見ての感想」【むろさんさん寄稿】(続き)

2.調査方法が適切か 必要な調査は実施されているのか
今回の番組で紹介されていた調査は「これから絵を高く売ろう」という立場での調査研究であり、そのために都合のよいことだけを出しているのではないかということを感じました。私は最近Ermanno Zoffili編著 THE FIRST MEDUSA / LA PRIMA MEDUSA CARAVAGGIO, (英語・イタリア語併記)Milan ,2011 という本をじっくり読む機会がありました。2016年の西美カラヴァッジョ展及び2019年札幌・名古屋のカラヴァッジョ展に展示されたメデューサの楯第2バージョン(Murtola Medusa)についての調査研究報告書で、メデューサの神話的背景、ウフィッツイのメデューサの楯とともにどんな背景で描かれたか、科学的方法による分析結果などについて述べられています。このメデューサの楯の研究は所有者が売るのが目的ではなく、真筆かどうかを明らかにするために調査を行ったものです。この調査研究では顔料や下地塗り材料の化学分析やフォールスカラー(偽赤外線)分析を行っていますが、テレビ番組のトゥールーズのユディトの調査ではそういう分析の話が出てこなかったので、都合の悪い結果が出そうな調査はやらなかったか、やっても公表しなかったのではないかと勘ぐりたくなります。
テレビ番組では絵の表面からはがれたという顔料の分析のシーンもありましたが、それは後に補筆した部分の顔料ということでした。当初部分は物理的に採取できなかったのか、あるいは敢えて採取しなかったのかは分かりません。

Zoffili の本に出ているMurtola Medusaの顔料分析結果は、それまでに分析結果が報告されているカラヴァッジョの真筆作品15点と比較して一覧表にされています。対象となる顔料物質の種類は20種及び下地塗り材料2種です。その結果は、①Murtola Medusaにもカラヴァッジョの他の多くの作品に使われている典型的な物質が使われている。②Murtola Medusaの下地はCALCITE(石灰)であり、他の多くのカラヴァッジョ作品と同じであるが、ウフィツィの MedusaではGESSO(石膏)下地であり、現在分析結果が知られている作品ではボルゲーゼ美術館の「蛇の聖母」(パラフレニエーリの聖母)と2点だけである。これらの結果からMurtola Medusaがカラヴァッジョの真筆であるかどうかの判定はできませんが、こういった分析結果のデータを蓄積していくことが重要です。

Murtola Medusaの画像診断としては、通常のX線撮影や赤外線反射撮影の他に赤外線フォールスカラー合成デジタル撮影、紫外線蛍光カラーデジタル撮影、実体顕微鏡デジタル撮影などが行われています。このうち赤外線フォールスカラー合成デジタル撮影は赤外線画像の特定の波長域を別の色調(すなわち false color/偽の色)に置換処理したもので、可視光下では同系色にみえる2種の顔料が異なる色調で表示されることもあり、技法分析に役立つとのことです。芸術新潮2019年12月号掲載のウフィツィ美術館のキリストの洗礼(ヴェロッキョ工房とレオナルド・ダ・ヴィンチ作)の調査報告では、ヨハネとキリストの肉体は全く異なる顔料で描かれていることが分かるとされていて、現在の画像診断方法の中ではかなり有力な方法と思われます。トゥールーズのユディトが今後METに入るのならば、こういった調査が徹底的に行われ、結果が公表されることが望まれます。

3.今回の絵の購入方法と寄贈について
番組の最後の方で、オークションではなく通常の取り引きにより売却が決まったこと、その裏にはアメリカの富豪とMETのキース・クリスチャンセンが関与していたことが明かされていましたが、これを見て思い出したのは、昔ワシントンNGがジネヴラ・デ・ベンチの肖像を手に入れた時の話です。
かなり昔に新聞で読んだ記事ですが、これが深く印象に残ったことがルネサンス美術に関心を持つことになったきっかけの一つなので、その内容は今でもよく覚えています。
レオナルド・ダ・ヴィンチの絵について、ヨーロッパの主要大国(英仏独ソ)にはあるのにアメリカにはないということで、アメリカの美術館関係者や支援者は皆レオナルドの絵を手に入れたがっていたが、リヒテンシュタイン公国の王室コレクションから絵が売却されるという情報があったため、ワシントンNGの関係者が極秘に徹底的な調査を行い、真筆という確信が得られたので、購入することとした。アメリカへの運搬は飛行機で行い、絵のために一人分の座席を準備して運んだ。価格は当時の絵画取り引きの最高額であった。資金の提供者はメロン財閥で、すぐに国家に寄贈し、絵にはポール・メロン氏寄贈の銘板が付けられて名誉が与えられ、また寄贈者には税の控除があり、国家(ワシントンNG)にはただでレオナルド・ダ・ヴィンチの絵が手に入って、めでたしめでたしということです。
(ジネヴラ・デ・ベンチの肖像はボッティチェリの絵とともに、ワシントンNGへ行ったら真っ先に見たいと思っていた絵です。1月に代官山で開催された「没後500年記念夢の実現展」での腕の部分を追加した復元模写も興味深く拝見しました。)

今回のテレビ番組の中で言われていた、美術館関係者からは誰も購入希望者が出てこなかったということが、このトゥールーズのユディトについての専門家の評価を象徴的に示していると思います。カラヴァッジョの真筆として美術館が購入するには疑問点が多すぎてリスクが高いと判断したということです。購入希望者はアメリカの富豪ただ一人、そしてその裏で動いたのがMETのキース・クリスチャンセン。オークションの予想価格よりも低い値段で取り引きが成立したはずですから、これは購入後の調査でカラヴァッジョの真筆と判定されれば「お得な買い物」となり、METの展示室に寄贈者の名前も載って大きな名誉が与えられます。真筆ではないフィンソンか誰かの作となれば金銭的な評価は桁違いに下がってしまい、寄贈者もあまり注目されません(大騒ぎになった絵の寄贈者として名前は残るでしょうが)。大きな賭けですが、アメリカの富豪というのはリスクを取る投資家・企業家でもありますから、その辺は承知の上でスポンサーになっているはずです。クリスチャンセンも、うまくいけば高い評価が得られる、ダメでも自分のふところが痛むわけではない、ということです(学者としての評価がどうなるかということはありますが)。

4.トゥールーズのユディトの作者判定に関しての個人的感想
以下に述べることは番組を見終わってから考えた全くの素人の思いつきです。美術史的な裏付けも何もない空想ですが、こういう感じ方もあるということを知っていただければと思います。
(上で述べたモレッリ方式の判定とか科学的分析のことは別にしても)私はこのトゥールーズのユディトはカラヴァッジョの真筆ではないと思いました。私には番組中で「バルベリーニのユディトの表情には人を殺すことへのためらいがあるが、この絵のユディトは冷酷な殺し屋のように見える」という趣旨の解説がとても気になりました。最近名古屋のカラヴァッジョ展に来ていたボルゲーゼのダビデとゴリアテを見て感じたことですが、首を切られたゴリアテの側はカラヴァッジョの自画像として自分の犯した罪への反省とか後悔とか恩赦への期待といったことがよく語られていますが、首を切ったダビデの側にも何か複雑な感情、単なる勝利者としてカラヴァッジョが表現しなかった理由があるように思います。ルネサンス時代のドナテルロ、ヴェロッキョ、ミケランジェロのダビデとは違うもっと複雑な感情を表現できる能力をカラヴァッジョが持っていた、あるいはルネサンスという特別な時代(15世紀後半のイタリアは戦争がほとんどなかった史上まれに見る時代だったので、そこにルネサンスの花が開いた、と考える研究者もいます)とは違う、イタリアにとって苦難の時代にローマという競争の厳しい世界で生きていたカラヴァッジョが感じ取って表現したものかもしれません。メデューサの楯にしても、メデューサは単なる化け物ではなく、妖怪にならざるを得なかった深い意味(悲しみ)がある(もとは髪の毛がきれいな絶世の美女だったのに)。そしてカラヴァッジョはこういう殺す側と殺される側双方の持つ悲しみを理解し表現することができた画家ではないかと番組を見て感じました。だから、単純な殺し屋としか表現できていないトゥールーズのユディトはカラヴァッジョの真筆ではないと感じています。カラヴァッジョとカラヴァッジェスキの作品で同一主題を描いたもの(いかさま師、ダビデとゴリアテ、聖マタイの召命など)で比べてみると、その表現力の差は理解できると思います。


【むろさんさん寄稿】「NHK BS世界のドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」を見ての感想」(1)

2020-06-03 23:27:52 | テレビ

ゲストのむろさんさんから、BS-ドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」についての投稿を頂いたので、2回に分けて掲載したいと思います。

「NHK BS世界のドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」を見ての感想」【むろさんさん寄稿】

1.モレッリ方式によるカラヴァッジョ作品の真筆判定の妥当性について
今回のテレビ番組ではイギリスのJohn Gashという研究者がトゥールーズのユディトとカラヴァッジョの真作であるというルーアンのキリストの笞打ちを比較し、キリストの目の下の部分や下帯の表現とユディトの目やベッドシーツなどの細部がよく似ているということをトゥールーズのユディトがカラヴァッジョの真筆であると判定する一つの根拠としています。このやり方が妥当なのかどうか考えてみました。

まずはこの比較研究の基になる理論として、モレッリ方式とは何かを簡単に書きます。この方法について正確かつ分かりやすく説明した本はあまり見たことがないのですが、私の知る範囲では、東京藝術大学創立100周年記念貴重図書展解題目録(1987年発行)に「モレッリ イタリアの画家とその作品の批判的研究」として、1891~93年に出版されたジョバンニ・モレッリのドイツ語・英語の著書に関する紹介が掲載されていて、簡潔で分かりやすいと思うので以下に引用します。(執筆佐々木英也、原書は美術学部長摩寿意善朗からの寄贈)。
それによると、「モレッリ方式は美術作品を全体的な意味によってではなく、外形的な諸部分つまり画家が自分の型とか手の癖に従って無意識的かつ反復的に描く傾向をもつ耳、指、鼻あるいは衣襞などを精密に比較対照し、これによって作品の真偽とか作者の帰属を決定しようとするものである」としています。
写真は1892年発行のモレッリの著書「ローマの美術館」(英語版)からルネサンス期の画家の手の部分を取り上げたもので、フィリッポ・リッピやボッティチェリの名も見えます。フィリッポ・リッピ特有の短い指の描き方やボッティチェリのヴィーナスの誕生、ワシントンNGの青年の肖像(2016年上野都美ボッティチェリ展に来日)に見られるような「しなやかに伸びた指とポーズを取った手」が見て取れます。

モレッリ方式については、後記する日本美術での適用事例に比べて、近年の西洋美術の研究では論文等への記載があまり見られないと常々思っていたため、2016年の上野都美ボッティチェリ展記念講演会(イタリア文化会館)でそのことを質問しました。質問票にその旨を記載し提出したところ、何人かの質問者の分と合わせて採用され、同展イタリア側監修者のチェッキ氏(元パラティーナ美術館館長)とネルソン氏(ハーバード大ルネサンス研究センター ヴィラ・イ・タッティ所属、フィリッピーノ・リッピの研究者)からご回答をいただきました。その内容は「モレッリ方式は美術史研究の初期段階で提唱されたものであり、当時は無意識に描いたとされる部分に現れた特徴を機械的に作品判定に適用していた。その当時と比べ現在は研究成果も蓄積されていて、モレッリ方式を適用するよりも作品のクォリティーを見極めることの方が大事である。ベレンソンも、本人かどうかは絵のクォリティーが大事と言っているし、矢代幸雄はモレッリ方式は役に立たなかったと言っている。」とのことでした。
作品自体の質の判断が第一ということはよく分かりましたが、作品判定に際してモレッリ方式を機械的に適用しないで、作品の質・出来を考慮しつつモレッリ方式を適用することもできるのではないかと、その時も完全には納得できないまま現在に至っています。今回のテレビ番組に関連して、モレッリ方式の適用について考えてみたのですが、まずこの問題の参考になりそうな日本美術の例を(少し長くなりますが)示そうと思います。

モレッリ方式の日本美術への適用事例として、大きな成果を上げていると思われるのは彫刻史分野での仏師快慶作の仏像への適用です。私は日本美術から入って、その後西洋美術も見るようになったのですが、モレッリやベレンソンの名前とモレッリ方式という言葉を初めて知ったのが快慶の仏像の耳を使った判定を説明した本でした。その著者は運慶の作品と快慶の作品の耳の造形の違いから快慶作品の特徴を抽出したり、快慶銘はないが作風が近いとされている作品の作者判定に耳の形を使い、その仏像が快慶ではない仏師の作であると判断し、現在ではその判定が定説となっています。その後、この快慶の仏像の耳を使った判定を更に発展させた別の研究者が快慶と弟子の行快の耳の彫り方の差に注目し、この10年ぐらいで大きな成果を上げています。図は人間の耳を示したもので、この耳の部分のうち対耳輪の上脚という部分が「快慶では斜め約45度前方」に向かい、「行快では真っすぐ上」に向かう、というのがその違いです。快慶作品でも初期のものではこれとは違う上脚の角度・形を示すものがありますが、中期以降の作品はほとんど全てこの形になります。そして行快もその頃から登場し、快慶銘のある作品でも行快の耳の特徴を示すもの、右耳と左耳で快慶と行快それぞれの特徴を持つものもあります。これについての解釈は実際には行快が彫っていても、注文者に引き渡す時には「快慶ブランド」として工房から出す、また、頭部の右側と左側で快慶と行快が片側ずつ作って木寄せをしたといったことが考えられます。

このような作者判定に耳の形が使えるといっても、それは同じような時代、地域、社会的環境などの中でのごく狭い範囲でのみ有効であると考えられ、例えば同じ平安時代の仏像でも9世紀のものと運慶・快慶の若い頃である12世紀後半の像の耳が仮によく似ていることがあっても、それは単なる偶然であり比較しても意味がありません。快慶と弟子の行快の耳の彫り方による判別は同一工房の中の作者間であり、師匠の快慶も行快の彫り癖を容認していたようで、行快は快慶の耳の彫り癖を真似て作る必要がなかったという点でモレッリ方式を適用できる例と言えます。そして特に重要なことは、鎌倉時代の仏像製作は注文によるものであり、高く売るために有名な作家の作品の特徴の真似をするといった意図、行為が働いていないということです。

現代の画家が描く絵を見る時でも、最近私はモレッリ方式による見方をしていることがあります。漫画家からイラストレーターになったある有名作家の描く女性の手・指の表現で、ある時美少女らしくない節くれだって力が入ったような描き方をしていることに気がつきました。それ以来この人の絵を見るとつい手に目が行ってしまいます。この手の特徴も描き癖だろうと思っています。

長くなりましたが、西洋絵画の判定にモレッリ方式を適用できるかに戻ると、ルネサンス・バロック期は美術品売買の市場ができ始めた時期です。ミケランジェロが若い頃に、自作の眠れるキュピッドが古代彫刻として売られ、作者が判明して腕の良い彫刻家としてローマでのデビューにつながったという話やバルジェロのバッカスも古代彫刻に見せるために腕を折られて庭園に飾られたことなど、1500年前後は芸術家像が確立し始めるとともに、芸術作品が高値で売られ始めた時代です。バロック期になると売るための絵もかなり流通してきたようで、カラヴァッジョもローマに出てきたばかりの数年間は「売り絵」を描いて糊口をしのいでいたようだし、名前が知られるようになってからも、同じ作品が欲しいという別の注文者からの要望に応えるために、同一テーマの第2作を作ったり、あるいは本人公認で他の画家に作らせる(ドッピオ作品。作者は悪友のプロスペロ・オルシなど。近年までMET寄託だったリュート奏者もその一例か)といったことが行われたようです。その場合、作者はカラヴァッジョ作品に似せるために細部の描き癖までも真似をするのではないでしょうか。

このような「より高く作品を売るため」に製作当初でも別の人が描くということが行われていた時代の作者判定には、モレッリ方式を適用することはあまり有効ではないと考えます。本人の特徴が現れていても、最終的にはそれだけでは作者の判定は決められないということになります。(贋作の判定に有効かどうかも同じような話です。特徴が現れていなければ贋作の可能性があるが、特徴が現れていても真作である証拠とはならない。)トゥールーズのユディトがルーアンのキリスト笞打ちの細部とよく似ているといっても、それだけでは作者の判定はできないと思います。(ヴォドレ氏の2016年西美カラヴァッジョ展での真作一覧表のように、ルーアンの絵自体を真作ではないと考える研究者もいますから、この作品を基準にしていいのかという議論もあると思いますが。)

真筆との比較という点では、バルベリーニのユディトとの差は大きいし、イヤリングが似ていることは、それほど決定的なことではないと思います。また、トゥールーズのユディトはナポリの銀行の絵と比べると出来がいいと思いますが、番組で述べられたようにこのトゥールーズの絵が仮にカラヴァッジョの未完成作をフィンソンが完成させた絵だとすると、ナポリの銀行の絵はそれから更に作られたコピーだろうと思うし、同じフィンソンの作でこれだけ質的な差があるのか、別の人のコピーではないのかということも考えなくてはならないでしょう。番組ではトゥールーズの絵の女性2人の肩の部分の描き直しのX線画像が出ていましたが、この同じ部分についてナポリの銀行の絵がどうなっているのかも知りたいところです。

また、この問題についての提案を一つ。番組ではトゥールーズのユディト、ナポリのユディト、ルーアンのキリスト笞打ちの3者を比べて、ナポリの絵はフィンソン作でトゥールーズの絵より出来が悪い、トゥールーズの絵の細部はカラヴァッジョ作であるルーアンの絵の細部と似ている、だからトゥールーズの絵はカラヴァッジョ作である、ということを述べているのですが、ここにもう1点フィンソン作の絵を加えて考えてみたいと思います。それは昨年の名古屋カラヴァッジョ展に出品された個人蔵の聖セバスティアヌス(図録のp149 No.22)です。この絵のセバスティアヌスの下帯とルーアンのキリストの下帯を比べても、特にフィンソンの技術が劣るという感じはしません。モレッリ方式は技術の優劣を比べるのではなく、特徴的な描き癖を見るものですが、フィンソンもこのぐらいの技術は十分持っていたということです。この聖セバスティアヌスの絵は図録解説によると保存状態が非常に良いということで、フィンソン作という判定が正しいならナポリのユディトよりもフィンソンの絵の実態を正しく示しているのではないでしょうか。図録解説での制作年代は1606~07年頃となっていて、これはトゥールーズのユディト、ナポリのユディト、ルーアンのキリスト笞打ち、カポディモンテのキリスト笞打ちの制作年代とされる1607年(カラヴァッジョの第一次ナポリ時代)と一致している点でも比較材料として相応しいと考えます。(フィンソン作の聖セバスティアヌスの下帯の描き癖とカラヴァッジョの各種真作の同様部分、トゥールーズとナポリのユディトのベッドシーツの描き癖などの比較はやっていません。興味のある方は比べてみてください。)

なお、番組中で上記のトゥールーズの絵とルーアンの絵の比較部分に出演していたJohn Gash氏はバーリントン・マガジンの2019年9月号(No.1398)にこの件に関する論文を発表しています。私はまだこの論文をきちんと読んでいないので、今後これを読んだ上で、上記の考えが変わるようなら、また機会をあらためてコメントしたいと思います。


NHK-BSドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」の番組概要(3)

2020-05-27 00:25:17 | テレビ

トールーズ作品を売る方法は2つだ。1つは危険も派手さも無いプライベートセール。購入希望者と売り手が交渉し、合意した価格で売却する。もう1つは賭け事でもあるオークションへの出品。安値の可能性はあるが、入札が過熱すれば巨利となる。テュルカンのシナリオ通り、所有者は出品に同意した。

テュルカンは言う。「当社が受け取る手数料は公表する。保証料込みで売却価値の5%だ。もちろんこれほどの価格の競売は私たちも初めてだ。」

オークションへの準備が始まる。徹底的に作品のクリーニングをする、老女の皺も。彼は100%カラヴァッジョ作品として出品予定だ。威信をかけた大胆な行動は最高価格を引き出す作戦でもある。

フランス政府の「門外不出30ケ月の保管期間」に、ルーヴル美術館はカラヴァッジョ作品だと言明することは無かった。絵の行方はオークションで決まることとなった。テュルカンは外国勢に期待するが、大作の取引を仕切るのは初めてだ。極めてリスクの高いギャンブルだ。

ところが、この後、事態はさらに複雑に…。

最初のお披露目会場はロンドンのギャラリーで、記者会見は各国から多数のメディアが集まり盛況だった。6月に競売人ラバルブが用意するトゥールーズの会場でオークションすることが発表された。世界的なオークション会社が主催すると誰もが考えていたのだが…。これも大きな賭けだ。

入札は3000万ユーロから1億ユーロ超えか? しかし、真作かどうかの疑問は残っている。なのに、この高値はどうだろう? テュルカンは言う。「競売ですから価格は市場が決める。本物と信じる人は入札し、そうでない人は参加しない。」

ロンドン記者会見は成功だったが、その後はパッとしなかった。テュルカンは競売への不安を抱き始める。1週間の展示期間中に、客はわずかだった。彼は作戦を見直す。好意的意見を集めたカタログを作り、巻き返しのためカタログを手に、次はニューヨークへ向かう。輸送には140億円の保険をかけた。

NYの展示会場はMET(メトロポリタン美術館)近くの名門アダム・ウィリアムズのギャラリーだ。アダム・ウィリアムズは言う。「全米の美術館・コレクターから問い合わせが来ている。」

METは2点のカラヴァッジョ作品(《聖ペテロの否認》・《合奏》)を所蔵しているが、ユディットほどインパクトは無い。

(※花耀亭註:《リュート奏者》は寄託なのか??《聖家族》は所有者に戻されたのか??)

連日、MET学芸員が見学に訪問する。テュルカンは言う。「絵を観ると皆驚嘆する。事態は好転していると思う。」

ところが、世界最高額で落札された《サルバトール・ムンディ》の真筆を疑う論文が発表され、計画が狂う。同様に真作に疑いのある《ユディット》にとってタイミングは最悪だ。美術館は高リスクを冒せない。METとなれば尚更だ。結局、NY滞在中に購入を希望する美術館は現れなかった。

緊張に包まれるトゥールでは競売人のラバルブがオークションの準備に余念がない。ラバルブは「ロシア・中国・サウジ・UAEから購入希望者が来る予定だ」と言う。

しかし、セレモニーを準備していた午後6時。オークションを48時間後に控えていた時、予想外なことが起こる。

オークション中止!! 何が起こったのか? オークション4日前に購入者が決まったと?? 

テュルカンは言う。「興味を示す者は大勢いても、希望者は1人だけだった。」 プライベート・セールが成立し。購買者も売却価格も明らかにされない。

テュルカンは言う。「購入希望者は1人しかいなかった。オークションが成立するには競い合う2人の客が必要だ。最も重要なのは落札者ではなく、落札者と最後まで競り合って値を釣り上げてくれる人だ。購入を強く希望された人がいたので、そのオファーを受け入れた方が良いと判断した。ポーカーも辞め時がある。競売成功の条件が揃わなかった。」

彼らが辛くも回避したのは、他に入札希望者が現れず、最低売却価格で落札される事態である。絵の価値が失墜するからだ。土壇場のプライベートセールに変更し、購入者の面目と絵の価値を保った。

翌日、謎の購入者の名前が流出する。アメリカの大富豪トムリンソン・ヒルが、支援するMETのために購入したと言う。クリスチャンセンが舞台裏でうまく立ち回り、絵を手に入れたと推察される。その価格は決して明かされない。鑑定価格の1億2000万ユーロで売却されたのかも不明だ。

ただ、価格は莫大だと世間に信じ込ませれば、双方が利益を得るのは確かだ。METに展示されれば誰も真偽を問題にしなくなる。異論を唱える人には驚きの展開だが、ラバルブとテュルカンにとっては完全なる勝利だ。2人の名は名画を発見したとしてアメリカ史に残るかもしれない。

物語は常にパーティーで終わるのが常だが、密室で絵の売却が行われた後味の悪さが漂っていた。《ユディット》は謎めいたまま舞台を去った。誰も彼女の秘密を明かすことのないまま。

(ということで、この概要シリーズは終了です


NHK-BSドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」再放送あり!

2020-05-25 18:39:50 | テレビ

NHK-BS世界のドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」が再放送される!!(再度、むろさんさん情報に多謝多謝!!)

・チャンネル:NHK-BS1
・放送日:5月27日(水) 
・放送時間:午後5:00~午後5:45(45分) 

https://www.nhk.jp/p/wdoc/ts/88Z7X45XZY/schedule/te/Z95RPGX136/

見逃がした方は録画予約しませう!!

(番組概要は、書き始めちゃったので一応続ける予定だ


NHK-BSドキョメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」の番組概要(2)

2020-05-22 01:29:48 | テレビ

レオナルド・ダ・ヴィンチ《サルヴァトール・ムンディ》の落札価格500億円を予言したオークションアート商業データベース「アート・プライス」社長ティエリー・アーマンは言う。

「(トゥールーズの)カラヴァッジョが300億円で売れても不思議ではない。展覧会で100万人の入場者収入の他、貸出し料収入も見込め、8~12年で元は取れる。近年、美術館の新設が増えており、カラヴァッジョ真作を望む声が出ている。アンティーク市場は専門家の意見よりも市場の動向の意向が反映されている。」

画商テュルカンのオフィスへの来訪者は多いが撮影は拒否された。自分たちは鑑定力だけではなく、その情報が外に漏れないという絶対的信頼感で、今の地位を築けていると言う。しかし、SNSで漏れてくる情報もある。

キース・クリスチャンセン(メトロポリタン美術館主任学芸員)は彼のSNSで非公式ながら言及する。「ブレラでの展示には2度も通ったが、誰にこんな絵が描けようか?カラヴァッジョ以外の誰でもない!」

一方、反対の仮説も支持を広げていた。ルイ・フィンソン研究者のクリスティーナ・テルザーキは、2枚ともルイ・フィンソン作品と言う。 ジャンニ・パピもフィンソン説を支持し、トゥールーズ作品の方が傑作だと言う。

↑ トゥールーズのカラヴァッジョ(?)作品

↑ ナポリのルイ・フィンソン作品。

しかし、2作品を並べてみると同じ画家が描いたとは思えない。ナポリ作品は全体的に硬い印象がある。例えば、袖口のフリルの描き方では、トゥールーズ作品の方が透明で柔らかな表現である。

しかし、類似点も多い。調査では2作品ともカンヴァスは大きくするために継ぎ足しをしており、2枚のカンヴァスの継ぎ目の位置は同じで、上下の異なる織り目も同じである。最初から複製を念頭に2枚用意したと思われる。

テルザーキは言う。「カラヴァッジョのウィーン美術史美術館《ゴリアテの首を持つダヴィデ》の調査では、絵具の下から別の作品の素描が発見され、フィンソンのものと推定される。当時フィンソン工房にカラヴァッジョが出入りをしていたと思われる。」

↑ カラヴァッジョ《ゴリアテの首を持つダヴィデ》(1607年)ウィーン美術史美術館

※(花耀亭:註)ウィーンのダヴィデが「カラヴァッジョとカラヴァッジョ派作品」になった関連であろうか??

https://blog.goo.ne.jp/kal1123/e/231f60ee2143c9b89f29a3be0611b461

クラウディオ・ファルクッチ(物理学者)はトゥールズ作品を様々な方法で調査した。X線・赤外線・蛍光分析で。X線では老女の肩の線がユディットのベールの下まで描かれており、模写ならベールに肩の線は隠れるので描かない。構図を考えながら描いているので、複写作品ではない。

しかし、謎はまだある。侍女アブラの強調された皺もだ。老女アブラの皺の破片を調べると、完全に乾いた絵具の上に更に塗ってあることがわかった。また、この老女の喉には甲状腺病の腫れがある。この病気は眼球が大きく出てしまう。下絵ではグロテスクに大きく目を剥いている。しかし、侍女アブラの顔は描き直されている。 

では、誰が? ニコラ・スピノザ(元カポディモンテ美術館長)は言う。「17~19世紀に修復されたのこましれない。が、個人的にはヴァッジョの未完成作品にフィンソンが加筆したのだと思う。」

仮説とは言え信憑性がある。このように鑑定されている絵は他にない。画商たちが付けた売値はますます無謀に見えてくる。

テュルカンは言う。「美術品の鑑定は客観性とは程遠い領域だ。私たちが売るのは愛や夢である。ダ・ヴィンチに500億円の値をつけるのはそれだけの愛を感じたのだ。」

ということで、続く


NHK-BSドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」の番組概要(1)

2020-05-19 23:53:31 | テレビ

NHK-BS世界のドキュメンタリー「疑惑のカラヴァッジョ」を見逃がした方もいらっしゃるようで、取りあえず番組内容をご紹介したいと思うのだが、細かな部分は端折ったりしているので(誤記もあるかも)、「概要」と言うことでお許しあれ。

2014年、トゥールーズ(フランス)の民家の屋根裏から1枚の絵が見つかった。所有者(匿名)からの相談で代理人となったのはマルク・ラバルブ(画商)で、鑑定のためパリへその作品《ホロフェルネスの首を斬るユディット》を送った。

初め、700万から1000万円と値踏みされていたが、美術史家で画商のエリック・テュルカンら専門家たちの鑑定により、やはりカラヴァッジョ作品ではないか?ということになった。

テュルカンはナポリのルイ・フィンソンによる模作作品の存在から、行方不明になっていたカラヴァッジョ真作と確信する。フィンソンは1607年にカラヴァッジョ作品を所有していたことが当時の記録に記されている。

絵の真贋で値は変わる。テュルカンは140億円の値を算定した。

トゥールーズ作品はフランス文化省により30ケ月の間(約2年)、国内留め置きにされることになる。その間、ルーヴル美術館で在仏カラヴァッジョ作品を一堂に会し、非公開で新発見作品との比較検討会が開かれた。ルーヴルの《聖母の死》《アロフ・ド・ヴィニャクールの肖像》《女占い師》、ルーアンの《円柱のキリスト》の前にトゥールーズ作品は置かれた。

ステファン・ロワール(ルーヴル美術館学芸員)は言う。「ルーヴル作品は全て来歴がはっきりしている。しかし、トゥールーズ作品の出自は謎だ。」

画商テュルカンは専門家を集め鑑定し、2年かけて本物と断定する。しかし、美術の専門家の意見はそれぞれ違う。本物と鑑定されるには通常15年かかると言う。フランスとイタリアの専門家たちは疑問を呈し、イギリスとアメリカの専門家たちは本物だと言う。

イタリアのジャンニ・パピ(フィレンツェ大学)は言う。「全体的にカラヴァッジョの特徴である力強さや躍動感が見られない。その他にもグロテスクに感じられるところがある。」と。

英国のジョン・ガッシュ(アバディーン大学)は言う。「画家が無意識に描く細部がカラヴァッジョと同じだ。例えば《円柱のキリスト》の眼の白いハイライト、布のほつれ。下帯のハイライトの白と陰影のグレーはベッドシーツと同じだ。」と。

さて、フランス文化省からの特別許可を得て、30ケ月のフランス国内留め置きが解除された2016年、画商テュルカンは作品をミラノのブレラ美術館に送る。館長のジェームズ・ブラッドバーン(テュルカンの友人?)はナポリのルイ・フィンソン作品と並べた展覧会を開催するが、イタリアではブーイングの嵐となる。ブレラの主任学芸員が抗議の辞職をするほどで、カラヴァッジョ作品だと認めた者は誰もいなかった。

バルベリーニ古典美術館の同主題作品と比較すると、侍女のアブラの位置が違う。バルベリーニ作品のユディットはいやいやながら首を斬る表情だが、トゥールーズ作品は挑戦的な眼差しを見せる。ユディットのドロップ型真珠のイヤリングは一致するのだが。

ということで、番組ではトゥールズ作品のオークションに向けての動きや、他の専門家の見解なども色々あるのだが、長くなりそうなので次回へと続く。

今回の概要と重なる部分も多いが、2019年のオークション直前の「美術手帖」記事も扱っているので、下記リンクをご参照あれ。

https://bijutsutecho.com/magazine/insight/19887

ということで、続く…。