遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『虎の尾 渋谷署強行犯係』  今野 敏  徳間書店

2014-10-03 10:09:11 | レビュー
 渋谷署強行犯係シリーズはこれで4作目になる。第1作目が1992年でこの第4作の単行本化は2014年1月である。今野敏の作品リストを見ると、渋谷署強行犯係というタイトルで当初から発刊されたのは、この第4作が初めてだ。私自身、今野作品を読み継いできて、文庫本でこのシリーズを読んだ。このシリーズの作品歴を最初にご紹介しておこう。
 第1作 拳鬼伝(トクマ・ノベルズ) 1992.6  
       → 改題 密闘 渋谷署強行犯係(徳間文庫) 2011.5
 第2作 賊狩り 拳鬼伝2(トクマ・ノベルズ) 1993.2
       → 改題 義闘 渋谷署強行犯係(徳間文庫) 2008.11
 第3作 鬼神島 拳鬼伝3(トクマ・ノベルズ) 1993.6
       → 改題 渋谷強行犯係(徳間文庫) 2009.3

 こうして時系列でみると、余談になるが興味深い。1990年代前半には武術・格闘技ものに読者の関心があったのだろうか。現在は警察小説ブームである。私自身、今野作品は安積班ものと隠蔽捜査シリーズという警察小説分野から関心の波紋を広げて読み継いできたのだから。その時代の読者のアンテナにキャッチされやすい形にタイトルが作品内容との相関で改題されたということだろう。もう一つ面白いのは、文庫本化にあたり、第2作がまず改題して文庫本化されたということだ。どれを最初に改題・再刊するとまず読者を惹きつけやすいかという視点があったのだろうか・・・・それは企画者に聞かないと分からないが。最初の発行部数などもひょっとすると関係するのかも?

 脇道はさておき、この作品の読後印象に入っていこう。この第4作もこのシリーズの定石パターンの上でストーリーが展開されていく。定石パターンにはちょっと既視感が伴うが、マクロの展開パターンを知りながら、それが作品として単なる二番煎じに陥いることなく、新機軸が盛り込まれどんな意外性が盛り込まれるか・・・。そこにシリーズ愛読者の醍醐味があるだろう。定石パターンが楽しみに転化するかどうかである。
 この渋谷署強行犯係の今までの定石パターンは、
1)現場第一線の刑事として腰痛を持病に持つ辰巳吾郎が予約を取り整体院を訪れる。
 整体院の院長は竜門光一。武術家であり、沖縄の古武道を修得している。
2)辰巳は治療を受けながら、世間話のように、最近彼が扱っている事件、それも格闘技が暴力手段に絡んだやっかいな連続事件を語り出す。
3)竜門は関わりたくないと無視しようとするが、内心ではその事件で使われた技に関心を抱き始める。辰巳は釣師が竿に餌を付けて魚の居そうな場所に投げ込み様子見をするように、あたりをつけ始める。竜門の意見を聞きたいだけだと・・・・
4)竜門は連続事件の内容よりも、その技の使い手と技そのものに対する関心を抑えられなくなり、情報収集を始める。そして、事件現場にも密かに足を運ぶ。
5)情報・手掛かりを得た竜門は、結局辰巳刑事に協力する羽目になる。
 この段階で。辰巳刑事は格闘技の観点では竜門に事件解決へのバトンを預け、サポート役に回る。
6)連続事件の犯人と竜門は対決する。そして事件解決へのバトンは辰巳刑事に戻される。
 さて、この第4作、前3作の初版からすればほぼ10年余を経ている。そこでまず驚かされたのが、なんと竜門光一は41歳、辰巳刑事は56歳になっているのだ。この作品から40代になった竜門光一がどう活躍していくかを期待させる始まりである。一方、辰巳刑事は「階級も当時と変わらず、巡査部長のままだ。これも、最近では希な例らしい。昇級試験を受けようとせず、現場にしがみつく刑事は、昨今では珍しいのだそうだ」(p5)という存在。つまり、そのことで竜門と辰巳の関係が辰巳の定年までは続く可能性が残されているといえる。つまりこの強行犯係シリーズが第2ステージとして始まったと捉えられる。整体院の事務員として勤めていた葦沢真理はそのまま勤めている。竜門から整体術の施術のアシスタントとしてのトレーニングを受け始めている。しかし、院長とアシスタントの関係だけ。前3作で辰巳刑事が水を向けてきたような男女の関係には進展していない。つまり竜門と葦沢は結婚していないのだ。雇用関係のままである。
 こんな背景の中で、連続傷害事件が発生していく。

 18歳(2人)、19歳の3人組が宮下公園でホームレスに暴力をふるったり、テントに火をつけたりしていたという。しかし証拠がつかめないため検挙に至らなかった。その3人組が素面の状態で、あっという間に2人が肘関節、1人が肩関節を外されるという被害者になったと辰巳刑事が竜門に言う。犯人像についての3人の証言はバラバラ。
 彼らは仲間を頼り自分たちでその犯人に報復することを狙っているようなのだ。やはり、連続して宮下公園で同種の事件が発生する。犯人は武術、格闘技の手練れなのか?

 辰巳刑事が施術を受けに来た日のその後の施術の仕事が終わった頃、竜門の恩師・大城盛達先生が突然に整体院に訪れたのだ。80歳を越えている先生が、沖縄から東京に出てきたのだ。大城先生は掛け試し(=道場外での腕試し)の不敗伝説の持ち主である。先生は今朝のテレビのニュースを見て、3人の若者が病院送りになったというその鮮やかな手口のことを考えている内に、気づいたら那覇空港に居たのだという。そこでそのまま東京に出てきたという。その事件の犯人に会って見たいと言う。
 竜門は大城先生の真意は何かと戸惑いながらも、その事件の犯人について、というかその犯人が使った武術、技についての推論へとどんどん話が進んでいく。
 そして、竜門は辰巳の誘い水と大城先生の興味に関わらざるを得ない状況に入って行く。勿論、竜門の心の深層にはその犯人に対峙したい思いが潜んでいたのだ。

 この作品での新規なところは、前3作の如く、事件に関わっていく時にいつも竜門が行っていた彼独特の儀式を行わないという点だ。40代になった竜門の心境の変化なのか。大城先生と行動を共にする事態になったからなのか・・・。次の作品が上梓されるなら、この点がクリアになってくるだろう。多分前者の理由であり、竜門の武術家の心境がステップアップしたという証ではないかと思うが。

 定石パターンを踏みながら、この事件について意外な方向に転換していくところがやはりおもしろい。二番煎じ作品にならない巧みさと構想が組み込まれている。
 ・対象事件への警察組織の各部門の対処方法という視点からの切り込み、事件の根本原因究明の問題とその手続きの視点などから、警察のあり方を冷めた目で描いていること。 ・大城先生という達人、師と弟子との関係が描かれ、また沖縄古流の伝承・継承に触れていること。
 ・沖縄と日本本土の関係、沖縄の歴史や沖縄人の心情に触れていること。
 ・竜門の関わる格闘技の対峙のしかたに新機軸が組み込まれていること。
 ・竜門が沖縄まで出かけていくことと先生が処世の達人でもあったというオチ。

 これらがどう描かれているかは、この作品を読みお楽しみいただきたい。
 ネタばれにならないところで、読後印象記を留めたい。一気読みしたくなることはまちがいないと思う。なにせ、大城先生の登場で、どう話が展開するか興味津々となるのだから。沖縄方言の挿入が雰囲気を和ませる。

 40代になった竜門の活躍と辰巳刑事の定年退職までの最後の意地と粘りが次作以降でも生き生きと描き出されることを期待したい。


 ご一読ありがとうございます。


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本作品に関連して関心をいだいた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

宮下公園 ← みやしたこうえん  :「渋谷区」

示現流  :ウィキペディア
示現流兵法所  :「示現流東郷財団サイト」
天神真楊流   :ウィキペディア
天神真楊流柔術(新座市) :「日本古武道協会」
天神真楊流柔術極意教授図解  :「近代デジタルライブラリー」
松村宗棍  :ウィキペディア
松村宗棍と本部朝基  :「本部流」
知花朝信  :ウィキペディア
空手と人物4-知花朝信-  :「沖縄空手」
首里手  :ウィキペディア
ナイファンチ ← 知花朝信 ナイファンチ :YouTube
パッサイ ← 古流パッサイ型、松村のパッサイ型 :YouTube
 小林流 形 パッサイ小 :YouTube
セーサン ← セイサン形講習 seisan 1  :YouTube
  新潟国体 古川哲也選手 セイサン Furukawa seisan :YouTube

ウッチン茶  沖縄コンパクト事典  :「琉球新報」
ウコン茶 ← ウコン茶の効能  :「健康茶の効能ガイド」
ウコンとはどんな健康食品であるか 

コザ派と那覇派  ← [メモ]沖縄ヤクザの成立・コザ事件  :「阿修羅」
沖縄の暴力団  :ウィキペディア



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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『曙光の街』  文藝春秋

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新3版




『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修 角川文庫

2014-10-01 09:33:56 | レビュー
 本書は平成24年8月25日に初版が発行されている。2014年9月の現時点で本書を読むと、増補改訂版がそろそろ出版される方が良いのではないかというのがまず感想である。
 なぜか? 本書の第4章で「Q&αシリーズ全作品紹介~莉子と絢奈の歩んだ道のり」と題して、見開き2ページで1つの作品が紹介されている。とはいっても、右ページには文庫本表紙にキャプションを重ね、左ページに作品内容の解説文というスタイルである。そして、作品は「万能鑑定士Qの事件簿」シリーズ全12作、「万能鑑定士Qの推理劇」シリーズ2作、「特等添乗員αの難事件」シリーズ2作と、2012年6月発行までの作品の網羅になっている。つまり、その後の作品群がこの本では攻略できないことになるからだ。
 この攻略本以降、既に推理劇シリーズの第3、第4作及び『万能鑑定士Qの短編集』シリーズとして2作品、『万能鑑定士Qの探偵譚』、『万能鑑定士Qの謎解き』及び「特等添乗員αの難事件」シリーズの第3、第4、第5作が出版されている。
 ということで、この種の紹介本を発行するなら、バージョンアップが必須である。

 さりながら、万能鑑定士Q、特等添乗員αの大凡を手っ取り早く知りたい人向きには導入本としてまずは読みやすいだろう。上記のように現時点では「全体像」を俯瞰するとはいえないまでも、括弧付きでおおよそ全体を俯瞰できるのは事実である。

 本書の構成をご紹介し、少し印象論を書き加えておきたい。
 冒頭に、「口絵」として凜田莉子と浅倉絢奈のカラーイラストが15枚、「清原紘カバーイラストギャラリー」として掲載され、後で紹介する第3章の為の飯田橋MAPが付けられている。そして以下の構成である。

序 「人の死なないミステリ」とは?
 ミステリ小説でありながら、1回の殺人も起きない、「人の死なないミステリ」としての新機軸、その斬新さとシリーズ作品の発行テンポの驚異的な速さを強調している「序」である。言われてみるとそうだな・・・・と感じる次第。まさに推理小説の枠を広げた一作品群だと思う。

Chapter 1 Q&αシリーズキャラクター紹介
 主な登場人物がイラスト1ページ+解説文5ページ程度で紹介されている。個別の作品を読みながら、少しずつ登場人物の情報が増え、人物像の肉付けができていくところが、一気にダイジェスト的に知るという効率の良さが長所である。一方、作品を読み継ぎながら、ああ過去にこういうことがあったのか、この人には・・・という風に、徐々に深く知っていくという楽しみは消えてしまうので、その点が短所だ。個別に作品を読み継ぐとき、この攻略本を最初に読むと、人物像のとらえ方と読み方が少し変わるかもしれない。
 登場人物の全体像を俯瞰するのには便利である。全作品の途中で本書を読むと、頭を整理してみるのに役立つ。
 ここで取り上げられているキャラクター名を列挙しておこう。
 凜田莉子、小笠原悠斗、雨森華蓮、浅倉絢奈、壱条那沖、能登廈人、葉山翔太、浅倉乃愛、瀬戸内陸、氷室拓真である。

Chapter 2 Qシリーズ舞台案内 ~莉子と彼女を取り巻く人々
 万能鑑定士Qの店舗、角川書店(角川第三本社ビル)、牛込警察署という舞台環境について、作品群に記述されている内容を編集する形で状況説明されている。作品では断片的情報として描写されえいるに過ぎないので、全体イメージを持つには便利なまとめである。

Chapter 3 疑似体験小説『全能鑑定士Rの事件簿』~贋作者は誰?
 全能鑑定士Rになって、口絵にある飯田橋MAPを使いながら、ゲーム感覚で贋作者を推理していくという設定の小説。読者が判断をしながら先に進む形なので、推理する疑似体験ができる。どのように推理しているかを読むのではない。全能鑑定士Rになりきって、推理しなければならないのだ。ふんだんに惑わせる情報が加えれているので、ゲーム性が高められている。

Chapter 4 Q&αシリーズ全作品紹介
 冒頭に内容と印象を記したとおりである。

Chapter 5 Q&αシリーズ人物・用語辞典
 あいうえお順で、人物用語が第1章との重複を避けた形で辞典として網羅的に解説されている。勿論、その解説はこの作品群でどのように記述されているかを辞典として編集しているものと言える。どこにでてきたことだったか、という作品への逆引きにも利用できるまとめかたになっていて、作品群の相互関連を見てみたい場合などにも便利そうである。
 上記 Chapter 1 に登場する人物は項目名だけであるので、実質的に「泡浪(あわなみ)」から始まり、「ンザンビ(んざんび)」まで、59ページに及ぶ。
 そして、コミック版の紹介が加わっている。2012年の冬から「ヤングエース」にコミック版が連載を始めるという紹介である。その結果、現在コミック版が出版されるに至っているという経緯になる。この辺りも、攻略本としては少し改訂して紹介した方が良くなってきていると思う。

Chapter 6 疑似体験小説『全能鑑定士Rの事件簿』~贋作者は誰? 解答編
 そのものズバリである。解答へのプロセス、手法を含めて、解答解説が6ページでまとめられている。

 とまあ、こんな内容である。この1冊で2012年6月までに出版された作品群をダイジェスト版として読んだ気になれる本である。
 いわば、『源氏物語』の本文あるいは翻訳本を全巻読まずに、解説本を読むことで、源氏物語の大凡がつかめるというように・・・・。いわば、本書を読むこと自体が疑似体験であるといえる。

 ご一読ありがとうございます。


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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきた作品は次のものです。
事件簿シリーズは全12作分の印象記を書き込んでいます。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』