遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』 松岡圭祐  角川文庫

2014-08-11 00:45:15 | レビュー
 万能鑑定士Qを経営する凜田莉子が鑑定を頼まれる用件が事件につながっているという設定がまずユニークである。今回はどんな類いの事件だろうか・・・と楽しみとなる。そして、登場人物がどのように変化するのかも、一つの楽しみになる。
 もう一つ興味深い点は、実際に存在する人、場所、物など現代社会で、同時代性としてかなりの人が知っているものがストーリーの中に登場し、そこにフィクションが織り交ぜられて、展開していくことである。

 さてこの事件簿Ⅲのテーマは「音」である。「音」についての盲点あるいは気にしていなかった視点が、鮮やかに組み合わされている。
 今回登場するのは、西園寺響という音楽プロデューサーである。バブル期まではダンスミュージック系を得意とする大手レコード会社、カンツォネッタ・グループ・ホールディングスと専属契約して、ミリオンセラーを連発していた。だが、2000年代に浪費癖がもとでカンツォネッタの柿内社長と対立し、独立。レコード会社を立ちあげたが不振となり、音楽の潮流変化のせいか、人気が急落しCDも売れなくなる。60億もの借金を背負う状況にあるといわれている人物である。その人物が事件の核心にいる人物なのか。西園寺響が詐欺師なのかどうか、それを裏づける証拠を押さえ、立証できるのか・・・そのプロセスが読ませどころである。

 今回の事件簿、音に関わるいくつかの事案を解決しながら、いずれの事案の背後にも西園寺響が関わっているのではないか、という展開になっている。『週刊角川』の取材記者・小笠原悠斗に頼まれて、引っ張り出された凜田莉子が、持ち前の該博な知識と論理的な推論で事案の不可思議な点を解明していく。それが西園寺響と結びつく形になり、音のプロである西園寺響と万能鑑定士との対峙となる。

 最初の事案は店舗の売り上げが急激に落ち込むという状況に陥った店舗の経営者星合結衣が小笠原の書いたストアシック症候群に関する記事を目にし、小笠原に面談することから始まる。
 結衣はモデル出身。飯田橋ヒルズという商業施設に、オリジナルブランドのショップ”ラプラドール”を経営する。経費節約のために、JASRAC(日本音楽著作権協会)に音楽使用料を払わなくてすむインターネットのサイトに会員登録して利用しているのである。そこは無料で店内BGM用の著作権フリーの音楽をブロードバンド配信している。パソコンをアンプに接続することで店内のBGMとして利用し重宝していた。
 ところが、最近急激にこの店舗での売り上げが激減しているのだ。店を訪れる客足はそれほど変化がない。しかし、客は長く店内に滞留せず、購入することなくそそくさと店を出て行く風なのだ。周辺の店舗には、ラプラドールのように急激な売り上げの落ち込み現象は見られない。そんな中で、高みから店舗経営を見守る者という男から電話がかかってくる。経営の落ち込みの現状を言い当て、今後の予測をし、赤字に直面するという。そして、経営の回復のコンサルを売り上げの35%の報酬で請け負うという。法外な申し出に、承伏できない結衣は、小笠原の記事を読み、小笠原の意見を聞くことから、売り上げの急減対策に取り組もうとする。
 小笠原は結衣に凜田莉子を紹介することになる。小笠原が結衣を莉子の店に連れて行く。莉子は店の前で、先客の持ち込んだルイ・ヴィトンのハンドバッグの鑑定をしていたのだ。即座に結果を出し、客に説明している。すべて贋作だと。莉子の理由説明が面白い。このあたり、贋作の見分け方のポイントが網羅されているようで、興味深い。結衣はこれを見ていて、感心する。結衣は自分の持っていたエルメスのハンドバッグの鑑定を莉子にさせてみる。結衣はそれを瞬時に見て、結衣の素性、店舗のことまで言い当てる。この理由説明も、実に合理的。読んでいてなるほどと・・・。

 小笠原と莉子はラプラドールの店舗を訪ねる。平日の昼間、集客力があるのに売り上げが伸びない状況を、店舗で眺めた莉子は、レジの液晶モニターをチェックしてみる。そして、火災報知器の点灯している赤いランプを目にして、アクリルのカバーに覆われたボタンを押すという行動に出た。当然ながら、火災警報がけたたましくなる。凛子が警報を止めるために、消火用ホースのわきにあるレバーを押し下げると、静寂が辺りをつつんだ。この挙にでたことで、凛子は売り上げ急減の原因を掴んだのだ。店内BGMの配信先サイトが原因だったのだ。それはなぜか? ここは本書を読まれるとよい。この原因についての知識などなかったので、興味深いところである。
 店内BGMが原因と聞いた結衣は接続を即座に止める。だが、それは証拠が消滅することに繋がっている。凛子はサイトの源を辿ろうとするが不可。
 牛込警察署の知能犯捜査係の葉山警部補のところに莉子は小笠原と赴いて、ラプラドールの防犯カメラの記録映像の検証を進言する。同時に全国の同種の相談についての捜査もすることを。そこから同一人物が浮かび上がってくる。だが、それだけでは証拠にはならない。それに加え、警察側にはうかつにその人物に手を出せない事情があった。さて、どうなるか・・・がこの事件簿の面白い展開である。

 この事件簿Ⅲは最初に少し触れたが、個別の事案が莉子の推論でスピーディに原因究明に向かうという展開を経る。だがその奥に居て核になっている人物にストレートには迫れないというもどかしさが重なる。この二面性の中で、徐々に西園寺響という人物像がクリアになっていくという展開である。

 どんな事案が累積されていくかだけ、列挙しておこう。

第1事案 ラプラドールの売り上げ急減の原因究明 →サイトの源究明不可
脇道   牛込警察署で葉山警部補が取り組んでいる事件
      被害者の失踪日を特定し、理由を説明する。
第2事案 飛鳥陽菜が英語のヒアリング問題での追試を受ける。
      落ちこぼれ生徒の陽菜が百点満点を取った理由を解明する。
      教師の蔵谷はインターネットから無料のヒアリング問題を入手していた。
      莉子は蔵谷が作成した追試用CD-Rを借用し、氷室の助けで原因究明する。
第3事案 西園寺響への小笠原の取材に同行する →学校の開校について知るため
      イベント会場の後、西園寺によるオーディション現場に臨場する。
      西園寺に近づくきっかけを作りだすことに莉子は成功する。
      そして、西園寺ミュージックスクール開校の意図を掴む。
脇道   西園寺邸から出た莉子は帰路の途中、白いロングリムジンに乗る羽目に。
      リムジンで連れて行かれた場所を、対面者に言い当てる
      西園寺が今、やろうとしているプランを知らされる。
第4事案 西園寺の妻・如月彩乃の依頼で、彩乃に同行しインドネシアに飛ぶ
      ロシアに個人旅行すると出かけた西園寺響の行き先究明
      西園寺響の実情を暴くには、現地取材しかない。海外に何かの裏活動が?
      西園寺は、ノロウイルス蔓延対策のボランティア活動をしていた。
      その発見には、隠された秘密があることに莉子は気づく。
第5事案 西園寺のファングループによるCDの大量集中レンタル行動の解明
      第5の事案には第4の事案が関連していた。
      各地でのCDレンタル率急上昇と各地のストックハウス借用の相関性
      莉子は葉山警部補に連絡して、現場を押さえる手段に出る。
最終事案 西園寺が莉子を料亭に誘う。西園寺と莉子の対峙
      西園寺はスコポラミン、別名ヒヨスチンという急性毒性物質を所持
      この二人の料亭でのやりとりの進展プロセスが興味深い。

そして、最後の場面。西園寺響が自己決断する。それも劇的な演出を行って。

 ある意味、小刻みに事案が起こっては速やかな原因究明で解決への道を歩みながら、全体の事件は一連のつながりがあるという設定なので、テンポが速くて、一気に読み進めることができる作品に仕上がっている。

 雑誌『モア』、ルイヴィトン、アバクロンビー&フィッチ、ブリトニー・スピアーズ、デイヴィッド・ベッカム、木村拓哉、YKK、エルメス、Tカード、新型インフルエンザウィルス、宇多田ヒカル、スティーヴィー・ニックス、フリートウッド・マック、ジョン・ケージ、『4分33秒』、ピニンファリーナ、ノロウィルスなど、実在する人、物などが実にうまく散りばめられ、ストーリーの展開にリアル感を与えていて、これまた面白い。この作品を読んで、初めて知りなるほどと思った項目もけっこうある。同時代性についても、学ぶ点があっておもしろい。
 
 原因分析の経緯に、ふんふんと納得しながら、楽しく読める作品である。


 ご一読ありがとうございます。


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この作品に出てくる語句であまり知らなくて興味を抱いた語句をネット検索してみた。
その一部を一覧にしておいたい。
音楽著作権とは  :「JASRAC」
  「JASRACについて」というページも別にある。

MORE ファッション誌MOREの公式サイト
LOUIS VUITTON 公式サイト
HERMES 公式サイト
Abercrombie & Fitch 公式サイト
アバクロンビー&フィッチ  :ウィキペディア
ブリトニー・スピアーズ :「Sonny Music」
Stevie Nicks discography  From Wikipedia, the free encyclopedia
Stevie Nicks LIVE 1983  :Youtube
"Dreams" Fleetwood Mac & Stevie Nicks (Live HD)   :YouTube
Fleetwood Mac  PROFILE  :「WARNER MUSIC」
4分33秒  :ウィキペディア
John Cage's Links ~《ジョン・ケージの輪》
ピニンファリーナ  :ウィキペディア
pininfarina  ホームページ



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