遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『日本建築集中講義』 藤森照信 × 山口 晃   淡交社

2014-08-27 09:08:26 | レビュー
 法隆寺五重塔と装画を配し「日本建築集中講義」というタイトルを見て惹かれた。「集中講義」という言葉に特に興味を抱いたからだ。表紙を見た時は、一般的な講義を著者二人が分担していて、基礎知識が学べる入門書というイメージだった。
 読み始めて、実に型破りな建築対談記録であることにまず驚いた。そして、その破格な時には毒舌や裏話を表に出してくるやりとりがおもしろく、所々で日本建築に関する急所、要の話が入り、それが意外と一般的な基礎的知識の説明というやり方よりインパクトがある。記憶に残る。
 本書は、建築家であり近代建築・都市史の研究者、東京大学名誉教授である藤森照信氏と画家の山口晃氏が、訪ねた建築物について語り合った対談録をまとめたものである。対談においては、基本的に藤森先生が建築の要所、目のつけどころを語り、山口画伯に何を感じたかを尋ね、画伯が感想を述べる。時には画伯が先生に質問するという対談プロセス記録が本文となっている。その対談は、日本建築史の中の代表的な建築から13ヵ所を選んで、それぞれの建築物の場所を訪ね、案内者に伴われその建築を観察した後に、別の場所で対談するというもの。対談の本文で先生、画伯という言葉で呼び合っているので、それをそのまま使うことにしよう。

 本書の破格なのは、
・名建築についての基礎知識を案内者の説明を含めて、建築家の目で整理し解説するなどはしていないこと。藤森先生はその名建築をワンポイントでその要を語るだけである。
 この目のつけどころが、なるほど、さすが・・・専門家というところ。
・名建築に絡んだ2人の会話が融通無礙。話が横道にそれ脱線することしきり。建築にまつわる裏話が飛び出したり、その建築と建築家を含めて褒めたりけなしたり・・・同行の編集者の関わる裏話、案内者もネタになる始末。(こんな対談っておもしろい。肩が凝らない。)
・対談記録が本文となっているが、毎回の講義で必ず山口画伯のエッセイ風漫画がセットになっている。その漫画には藤森先生とご本人が訪ねた建築に絡む形で登場する。建築を観察する場面のおもしろさや建築に対面した時の感想場面なども描かれている。
・コマ漫画を読んでいくと、意外や意外というか、それら名建築に関係する基礎知識の要素が、漫画に描かれてキーセンテンスを書き込んであるのだ。
 対談内容を単に漫画にしたのではない。案内者の説明や建築拝見中で藤森先生の現地説明などを山口画伯が捉え直して、整理しまとめた漫画である。そのコマ漫画をユーモア精神と抱き合わせで描き、文を付しているのがおもしろくて、一目瞭然なのだ。
・講義毎の末尾に先生と画伯のアンケート回答が自筆、時に絵入りで載せてある。
   Q1 今回見た建物の中で一番印象深かったモノ・コトは?
   Q2 今回の見学で印象深かったことは?
   Q3 ずばり、○○(建築物名)を一言で表すと?
 この回答、実の率直で飾りなし、ずばりと感想・・・でおもしろい。
・建築物と探訪途中の場面が小さなコマ写真として配されている。モノクロ写真であるが、まあページに色を添えているというところ。写真が小さすぎて、建築自体のことを詳しく知るにはあまり役に立ってはいない。単にイメージ付与効果だけ。
・名建築の紹介もまるでアトランダム。一応巻末に「講義で取り上げた日本建築を建築年代順に並べると・・・・」という見開きページが添えてある。
といった特徴があるところによる。

 実にユニークなまとめ方で、面白い。漫画派読者にもお奨め本だ。本文を読まず、漫画を読むだけでも、まあこの本の大部分のエッセンスが凝集されているといってもよいと判断する。

 名建築探訪「講義」以外に、「休み時間」が2つ挿入されている。「山口画伯の見たかった建築二笑亭奇譚」と「はじめての藤森邸 タンポポハウス探訪」である。

 本書で探訪された名建築を講義の順に列記しておこう。
 法隆寺 /日吉大社 /旧岩崎家住宅 /投入堂 /聴竹居 /待庵 /修学院離宮
 旧閑谷学校 /箱木千年家 /角屋 /松本城 /三渓園 /西本願寺

 さてこれら13件の名建築がどこにあり、いつ頃建てられたか? 年代順に並べ直すとどういう順序になるか? ご存じだろうか。
 (各講義の末尾に、所在地とその建築に対する簡略な説明が付されている)

 最後に、本書の対談からの重要な情報や示唆に富むフレースを抽出してみた。その意味や補足説明、文脈は本書を一読いただきたい。
*風化しても檜の質感があたたかい・・・  p9
*法隆寺の柱って、1本の木を縦4等分して4本柱を取るんです。  p11
*法隆寺の柱は、真ん中がふくらんでおて太いんですよ。「胴張り」といって、法隆寺にしかないきわめて異例な技術ですから、あれをエンタシスというのは間違っている。
 エンタシスっていうのは自然の木の姿をかたどっていて、上にいくほど細くなるデザインなの。    p13
*もともと(付記:法隆寺の)回廊の床は三和土で造ってあったはずです。 p19
*日吉大社って建築的には有名でもなんでもない・・・むしろ石橋のほうが有名。 p29-30
*旧岩崎邸: 日本に現存する洋館の最古の例・・・当時を代表する日本建築の造り手とジョザイア・コンドルという洋館の造り手とが建てたことで、和館と洋館は分けて並べて造るのが日本の洋館のオーソドックスになっちゃった。・・・庶民が洋風のオシャレをする、という根はここから来てるの。・・・岩崎邸は木造(建築)  p49-51
*あの広間は「九間(ここのま)」といって、三間四方の九坪。四畳半の四つ分の広さ。人と会うのにちょうどいいスケール感なんです。   p60
*修験道の建築は、仏と自然の神様を習合したお堂だから、「自然と一体化する」のが中心的テーマ。 p71
*聴竹居ってモダンな建築に和風(付記:数寄屋)を取りこんだ最初の建築なんですよ。
  →建築家藤井厚二(1888~1938)の最高傑作。施主・自邸。エコハウスの先駆け。
   グラフ用紙で設計、立体幾何学的下地にたつ複雑かつ几帳面なミニマリズム 
 職人が加わると、小さな偶然みたいな手の味というか手垢みたいなものが出るんだけれど、それがものの見事に排除されている。オキシフルで消毒したみたい。あくまで建築家の計算通りなんですよね。    p88-p92
*日本の伝統建築とヨーロッパの関係をどうするか・・・その思想は伊東忠太→武田五一→藤井厚二と続く  p96
*待庵では、(付記:長押の高さ)全部ガタガタにして高さの目安となるものを消している。窓もいくつかあるけど、プロポーションや位置が少しずつずれていたり。・・・完全に見える柱、一部だけ見える柱、完全に見えない柱、それらが混在している。 p113
*(利休は)わざと粗末な材料を使ったバラック造りで、あとはセンスだけで豊臣秀吉を迎えるものを造ったんだから。だけど、待庵最大の謎は、待庵について全く文献が残っていないこと。  115
*ウィトウイルス的人体図・・・レオナルド(・ダ・ヴィンチ)が「建築の基本単位とは身体尺だろう」と参考のために描いた図・・・レオナルドより利休のほうがエライと思うのが、・・・利休はそれをかたちにちゃんと造ったことだね。レオナルドの思想と全く同じ「究極」を考えていたんでしょう。それで、あの図の寸法からひとまわり広げて、一坪にしたんだと思う。   p123-124
*浄土式庭園の特徴・・・水・緑・石、一番大事なのが「洲浜」を備えていること。それと、庭を舟で見ること。  p133
*能舞台ってあの世のこと。つまり、浄土式庭園と同じ要素が散りばめられている。 p138
*太鼓橋が神社の前にあるのも、実用的な橋ではなくて別世界に行くためですよ。p139
*基本的には、長押があるのが書院、ないのが数寄屋。  p141
*(閑谷学校)講堂(国宝)の内部の床には漆が塗ってあった。 床の精神性 p153
*閑谷学校・・・一個一個のデザインが違う・・・土木的なものが力強い。たとえば石塀。・・・手前に清める意味で?池が据えられて居る。それであの正面の印象が強い・・・意外にも講堂は日本の寝殿づくりの原型的な造り方・・・花頭窓が低い位置に並ぶ・・・備前焼の瓦も統一感がありながら、色が微妙に変化していてきれい・・・・   p153-165  はん サンズイ+半
*箱木千年家は、日本の民家の原型。・・・・その土地の地侍の家・・・保守的で伝統的な世界を無意識のうちに守っていたんでしょう。・・・・縄文時代の竪穴式住居の習慣がずっと伝わってる、日本最古の好例です。・・・軒が頭の高さより低い・・・軒の下に木の枝を差して土を塗った・・・木舞壁。柱が礎石のない掘っ立て柱・・・小屋組は何本かの丸太を三角状に組んだ合掌造り・・・「無意識」を表す名残が芝棟。茅葺。    p172-179
*日本の建築史の場合は世界でも例外的で、宗教建築と住宅建築が二本立てで出てくる。日本の住宅建築は、縄文時代に根ざした竪穴系の土間住まいと、弥生時代に由来する高床系の床住まいとの系譜が大別される。  p173
*民家の一番大きな特徴は、人間の無意識の領域で造られた建築であること。 p175
*日本の屋根材としては、檜皮葺→茅葺→瓦葺の順の進化  p180
*角屋 外側の美学と内側の美学が全然違うこと。外観の町家の造り、屋内の武家風の造り、インテリアと、この三つが全然関係ないこと。・・・建築のインテイラの究極は布化する。そういう点では、角屋は元禄期にすでに、インテリアのもっとも心地よい状態は布で包むことだという理解に至っていた。つまり角屋は心地よいインテリアの究極です。 p203
*書院造が茶室に影響を受けて数寄屋になる。  p205
*松本城は本気で戦争用に造られた城の中では現存最古のもの・・・六階建ての木造建築  p214-215
*三渓園 日本の数寄屋の中でもレベルの高いものがこんなに揃っているところはほかにない。おまけに臨春閣は、桂離宮に並ぶ数寄屋の代表作です・・・聴秋閣・・・聴秋閣の中に進むにつれて、見えるものがどんどん小さくなり・・・・一応格式をもった造りをしているにもかかわらず、全体のスケールがちっちゃい・・・ミニチュア化・・・  p237-248
*西本願寺 現存最古の能舞台もあるし、豪華さの美学は2つの書院(付記:白書院、黒書院)で、薄くて軽いという美学は飛雲閣で見られる。そういう意味では日本建築のエッセンスが詰まった場所ですね。 p257
*(竹林の描かれた襖)横から照らすと光が反射して金箔部分が明るくなって、絵にすぅーっと奥行きが出るんです。・・・上から照らすと・・・反射率の違いで地のほうが暗くなって、図のほうが浮かんでくる分、空間がすごく浅くなるんですね。  p259
*(当時の絵は)金などによる奥行きに対して、金自体や余白にのぞく紙の質感なんかが「壁」を主張できるような描き方になっているんですよね。   p263


 ご一読ありがとうございます。


人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。



本書に関連する情報をネット検索してみた、一覧にしておきたい。
法隆寺 ホームページ
法隆寺地域の仏教建造物  日本の宝物殿 :「世界遺産を見よう!!」
日吉大社 ホームページ
日吉大社 :「幻松子の記憶」
旧岩崎家住宅 → 旧岩崎邸庭園 :「公園へ行こう!」(東京都公園協会)
旧岩崎邸庭園 :「東京のミュージアムガイド」
投入堂 → 三徳山三佛寺 ホームページ
三徳山三佛寺投入堂 :「加古川からの小さな旅-関西圏の日帰り旅行案内-」
聴竹居 ホームページ
待庵 ← 妙喜庵 ホームページ
       国宝茶室 待庵  
修学院離宮 :「宮内庁」
旧閑谷学校 ホームページ
箱木千年家 :「神戸公式観光サイト」
箱木千年家 「古民家に学ぶ」
角屋 → 角屋保存会 (島原角屋公式サイト)
国宝 松本城  :「新まつもと物語」(松本市公式観光ポータルサイト)
三渓園 ホームページ
西本願寺 →  本願寺 浄土真宗本願寺派 ホームページ
         建造物(飛雲閣、白書院、南・北能舞台、唐門、御影堂など)




  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)