遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『血烙 刑事・鳴沢了』  堂場瞬一  中公文庫

2016-02-14 09:59:46 | レビュー
 刑事・鳴沢了シリーズの第7作となる。今回はガラリと舞台が変わる。舞台はアメリカである。なぜ、アメリカか? 鳴沢了が研修でアメリカに派遣されたのだ。ニューヨーク市警での研修も残り3ヵ月となったという設定だ。この時、イタリア系アメリカ人のミケーレ・エーコ、愛称ミックが鳴沢了の相棒である。彼は市警組織犯罪対策局麻薬課の刑事で、マンハッタン北部が管轄区域。了が相棒ミックと一緒に、クール・Jという男を現場張り込みしているシーンからストーリーが始まる。
 なぜニューヨークなのか? 前作『讐雨』をお読みの方はおわかりだろう。内藤優美と一人息子の勇樹が今はニューヨークに住んでいるからなのだ。勇樹がアメリカで家族向けの連続テレビドラマ「ファミリー・アフェア」に出演することになり、優美の生まれ故郷であるニューヨークに戻っているのである。そのドラマが好評で、秋からの第4シーズンの放送に勇樹が出演することが決まっていた。ドラマが長期継続される可能性が高い。そこで、優美は大学に入学し法律の勉強を始めていたのだ。そのため、了は研修先をニューヨークに選んだという次第。勿論、ニューヨークには、了がアメリカの大学で学んでいたころの親友であり、優美の兄、七海(ナナミ)がニューヨーク市警の刑事となっている。
 勇樹の所属事務所が勇樹と優美の親子に用意したコンドミニアムに、了は研修期間中一緒に住んでいる。

 コンドミニアムから2分ほどのところにあるデリに了は勇樹と一緒に買い物に行く。コンドミニアムへの帰り道で、ふと舐めるような視線を感じ、了は振り返る。一瞬だが了はその捉えた姿に背筋を凍らせる。それは今やニューヨークのチャイニーズ・マフィアの幹部で、元は鉄砲玉でマシンガン・トミーと通称されたトミー・ワンだった。了は数年前にトミー・ワンと一瞬の邂逅をしている。その時の死の臭いを感じたのだ。それがこのストーリーの前兆となる。

 七海の父親は貿易商をしていて、トミー・ワンに密輸を持ちかけられたが断ったため、命を狙われる。七海の両親は自動車事故を起こしてなくなる。裏付ける証拠はないが、車のブレーキに細工をされたようなのだ。七海はそのことをニューヨーク市警に勤める父親の友人から聞いた。それがトミー・ワンの仕業だと推測している。七海が野球選手になることを断念した折り、刑事になったのは己の手で復讐を果たすためでもあった。了は勿論、トミー・ワンを一瞬垣間見たことを七海に伝える。

 麻薬の売人、クール・Jが消えた。彼の証拠をつかみぶちこみたかったミックが苛立ちを募らせている時、了に優美から突然電話が掛かってくる。勇樹はいつもエージェントに送り迎えをしてもらっている。付き人は勇樹が「ちょっとよりたいところがある」と車から降りて、戻って来ないのだという。行方がわからなくなって2時間しか経ってはいないのだが・・・・。
 だが、それが事件の始まりだった。ミックは了にアドバイスする。「コネを使え。ガキが行方不明になっても、警察は24時間は様子を見てるだけだぞ。有名人なら早く動く」と。
 付き人のマイケル・キャロスが勇樹に頼まれて、ボイストレーニングをしたチェルシーからコンドミニアムに帰宅する途中で、遠回りして勇樹を降ろしたのがグリニッジ・ビレッジで、ワシントン・スクエア・パークの外あたりだったと言う。勇樹は1時間くらいで戻ると言ったというのだ。七海が非番の刑事に援軍を頼み、駆けつけてくる。警察が正式に動き出す準備ができるまで自分たちで手分けして捜すのだと言う。一方、ネットワーク局のプロデューサーであるムーアは楽観的な姿勢だった。了はその態度に苛立つ。
 優美は、中国系アメリカ人の別れた夫が誘拐したのではないかという可能性を口にする。だが、七海は彼ではないと告げる。その元夫はこの時、ロスに居ることが確認できているというのだ。それなら、行方不明の原因はどこにあるのか?

 聞き込みで、勇樹の目撃者が見つかる。M8路線のバスに自分で乗ったというのだ。しかしひどくあわてている様子だったという。了はタクシーで目撃者のコンドミニアムに向かったが、建物から出て来たミックに遭遇する。覆面パトカーに乗り込むと、携帯電話で連絡を取ったミックが言う。勇樹の乗り込んだバスを、どうもクール・Jがバスジャックしたらしいということを。そのクール・Jがバスジャックしたことを警察に電話してきたというのである。どうも、勇樹は誰かに追われていて、それでバスにあわてて飛び乗ったらしいのである。勇樹のことに、クール・Jが関係しているのか、偶然なのか・・・・。
 
 鳴沢了はニューヨークに研修のために派遣されている。仮に勇樹が誘拐行為に曝されている状況だとしても、ここでアメリカの刑事として行動できる資格はない。この捜査に関しては一私人にすぎない。だが了は「勇樹に何かあったら、私は刑事である前に父親として失格だ」という強烈な思いを内奥に秘めて、七海とともに行動を始める。
 研修中の鳴沢に責任を持つ特捜部の警部、デニス・マッカーシーの命令を無視することになる。七海はニューヨーク市警の刑事だが、ことこのバス・ハイジャックの現場に対しては、仕切れる立場ではない。七海も独自ルートの情報を入手しながら、独自に事件に関わり始める。
 だが、市警の重大事項課の課長の判断で、勇樹の誘拐に対し身内が居た方がよいということから、七海が正式に捜査に参加することになる。しかし七海はニューヨーク市警の刑事だ。ニューヨークを外れると、刑事の資格での行動は容易ではない。

 複雑な状況にあるこのバス・ハイジャック事件だが、そこにはトミー・ワンが関わっていた。そして、事態はこの現場だけでは解決できない形に展開し始める。七海は刑事として地理的な行動範囲に制約を受けざるを得ない。トミー・ワンの行き先がニューヨーク外だとわかれば、鳴沢が追いかける立場になる。
 勇樹が誘拐されたことが、ニュース報道で公になってしまう。了は勇樹の救出・奪還のために追跡行動に暴走していく。七海は了と連絡を取りつつサポートする形になる。
 舞台は、ニューヨークから、アトランタ、そしてフロリダへと屈折しながら大きく進展していくことになる。
 
 なぜ、トミー・ワンが関わっているのかが一つの謎である。トミー・ワンは七海に両親の敵として追跡と復讐の対象となっていることを知っているはずなのだ。グエンという情報屋を介して、そこにはトミー・ワンの家族の問題が関わっているということを聞かされる。さらに、捜査の過程でトミー・ワンのニューヨークの住居と周辺の捜査から、一片の手がかりが浮かび上がってくる。
 「家族」がキーワードとなって、追跡活動が進展していく。つまり、この小説のメイン・テーマは「家族」である。読み進める中で、私は小説のタイトルを直接的にパラフレーズしたような箇所には気づかなかった。しかし、メインテーマとその文脈から、この「血烙」というタイトルに納得できる。「血」は血脈、血統という熟語があるとおり、「家族」を象徴する。一方、「烙」という漢字で思い浮かぶ言葉は、一方で「烙印」、他方で「焙烙(ほうらく)」という熟語がある。「烙印」は焼き印であり、火にあぶり物に押し当てて印をつけるための道具。一方「焙烙」は「あぶり焼く意」であり、「殷の紂王が行った火あぶりの刑」(『大辞林』三省堂)であり、この語は「焙烙(ほうろく)でもある。「ほうろく」は「穀類や茶などを炒ったり蒸し焼きにしたりするのに用いる」(同書)道具である。つまり、血のつながり、家族というものが、心を焼焦がす思いにさせるという意味合いが込められているのだろう。トミー・ワンが己の家族に対する身を焼いてでもという思い、優美が息子が誘拐されたことに対する身を焦がすような思い、七海が両親を殺害されたことに対してトミー・ワンに対して抱く復讐心、そして鳴沢了が「家族」と認識し、勇樹の父親になるという意識から発生する身を焼いてでもという思い。これらが「血烙」という語で接点を持っている。

 一方、アメリカにおいては、了はあくまで私人としての追跡行動を行えるにすぎない。アメリカの法とは別次元の捜査活動でしかない。そこには大きなハードルが存在することになる。そこに七海のサポートが常にあるというものの、アメリカの警察組織の実情が大きく関わってくる。FBIおよび州と地域の警察組織の有り様が描かれる。さらに、了のアメリカ時代の知人がこのストーリーの展開で関わってくる。著者は追跡行動、捜査という観点において、権限・管轄の制約と人の繋がりを、異国における鳴沢了の行動に対するサブ・テーマとして絡めているように思う。

 アトランタでは、B・J・キングという古きよき友が警察官として勤めていた。彼の協力で、トミー・ワンの家族について捜査を進めることから、徐々に状況の解明が進み始める。その結果、事態はフロリダへと展開していく。フロリダでは、B・Jに借りがあるというホセ・カブレラがB・Jからの連絡を受けて、了に協力する。併行して、アメリカの警察自体の捜査が進展して、了の追跡行動とリンクしてくる。そしてFBIの活動を手伝うという形で七海がフロリダに出向いてくることになる。そして、山場に突き進んで行く。
 
 勇樹が誘拐されたのは意外な理由と背景によるものだった。それは家族の絆に関わることでもあった。遂に了は無事な勇樹と邂逅できる。だが了に残された課題は、トミー・ワンを捕縛することである。この最後の追跡がクライマックスとして読ませどころとなっていく。そこには、さらにトミー・ワンの家族の一人であるチャーリー・ワンが重要な関わりを持ってくる。

 土壇場で了の携帯電話に、了の相棒だった今が日本から電話をかけてくる。そのタイミングが絶妙で、実に滑稽なくらいにおもしろい。

 そして、最後に2つの謎が明かされてエンディングを迎える。
 なぜ、勇樹がよりによってトミー・ワンによる誘拐のターゲットになったのか?
 なぜ、勇樹がグリニッジ・ビレッジに立ち寄りたかったのか?
そこにも「家族」というキーワードが関わっている。
 さらに、勇樹が選んでいた言葉は「Dream Time」だった。それが持つ意味は、この作品を読み、確かめていただきたい。

 意外性が重ねられ紆余曲折していくストーリー展開に読み応えを感じさせる仕上がりとなっている。
 
 ご一読ありがとうございます。

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 この小説から波及する関心事をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
青年警察官海外研修 優れた捜査官の育成と捜査体制の充実強化「昭和62年 警察白書」
アメリカ合衆国の警察 :ウィキペディア
アメリカ警察機構及びFBIについて
アメリカにおける警察と保安官の関係  :「教えて!goo」
ニューヨーク市警察  :ウィキペディア

NYPD POLICE DEPARTMENT CITY OF NEW YORK ホームページ
THE FBI FEDERAL BUREAU OF INVESTIGATION ホームページ
New York Mafia - Alternative Theory (May 2014)  :「INFORMER」

マフィア  :ウィキペディア
五大ファミリー  :ウィキペディア
CVS/ファーマシー  :ウィキペディア
HLAとは  :「HLA Laboratory」
HLAとは  :「造血幹細胞移植情報サービス」
骨髄移植とは  :「北海道骨髄バンク推進協会」
キーライムパイ :ウィキペディア
必見!フィェラーリ(Ferrari)車種一覧まとめ(画像・壁紙) :「NAVERまとめ」
フォード・トーラス  :ウィキペディア
ALDEN(オールデン)コードヴァンの魅力  :「NAVERまとめ」
コンバース 公式サイト
キーウエスト   :ウィキペディア

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徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『讐雨 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』  中公文庫



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