遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『鬼龍』  今野 敏  中公文庫

2016-04-03 17:57:23 | レビュー
 作品の出版というのはけっこう変遷がありおもしろいものである。現在、中公文庫に「鬼龍(きりゅう)」に関連する本が3冊含まれる。私が最初に読んだのは『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』で、引き継いで『憑物 [祓師・鬼龍光一]』を読んだ。これらを読んでいたときに、冒頭の『鬼龍』が同文庫で出版されているのを知った。
 作品が出版された経緯を跡づけると、『鬼龍』が一番早くて1994年11月にカドカワノベルズで出版されている。そして、『陰陽祓い』(学研M文庫)が2001年7月に、『憑物祓い』(学研M文庫)が2003年2月に出版された。この後者2冊が、中公文庫にまず改題されて入った。前者が『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』として2009年10月、後者が『憑物 [祓師・鬼龍光一]』として2009年11月に。その後で『鬼龍』が2011年5月に文庫本化された。

 著者の発想・構想と作品化の流れから言えば、やはり私が読んだ順序より、発表された時系列でその読後印象をまとめてご紹介する方が良いだろうと思う。
 最初にまず明確にしておきたいのは、作品化の段階での出版社との関係なのかもしれないが、主人公の名称が変化することである。『鬼龍』は主人公が「鬼龍浩一」として登場する。そして、祓師を冠する後の2冊では「鬼龍光一」となる。
 もう一つ、『鬼龍』における鬼龍浩一は東京に住み、本宮から指示を受けて「亡者祓い」を修行の身として実践中の段階を描く。つまり、「亡者祓い」を請け負う形のストーリー構成で始まった作品である。一方、祓師・鬼龍光一は独り立ちした「亡者祓い」のプロとして登場する。そして、それは警察小説として、事件絡みの中での亡者祓いというストーリーに構成が発展している。こういう点が大きく異なる。
 読者の立場からは、鬼龍浩一=鬼龍光一と考えて読み進めても何ら支障なくこのシリーズを楽しめる。つまり、『鬼龍』は「祓師・鬼龍光一」誕生の原点となる作品であり、「亡者祓い」そのものに重点が置かれているとも言える。
 それでは、まず原点となる『鬼龍』の読後印象記から始めたい。

 まず、鬼龍浩一の立場を明確にしておこう。鬼龍浩一は鬼道衆の末裔であり、「亡者祓い」の能力を磨く修行中の身である。鬼道衆の本宮は奈良県桜井市にあり、今は一応宗教法人の形を取っている。浩一の祖父・鬼龍武賢彦(たけさかひこ)が鬼龍本宮の神主であり、父・春彦は本宮の禰宜の立場に居る。浩一は祖父・武賢彦の指示を受け、東京に出て高円寺にある安アパートの一室に住み、修行中なのだ。実際に「亡者祓い」をすることが修行なので、強力な亡者に逆に敗れて、亡者の餌食となるか、あるいは命を滅ぼす危険性がつきまとう。もし敗れれば鬼道衆の役立たずとして祖父及び父から棄てられるという冷厳な境遇に放り込まれている。武賢彦が信者から秘密裏に依頼を受けて「亡者祓い」を請負い、浩一に指示が出され、浩一が「亡者」に対決していくことになる。
 つまり、鬼道衆の氏子の依頼で請け負われた問題事象を第一線で引き受けて、その問題事象の背後に潜む「亡者」を祓い、問題解決をする。鬼龍浩一は「修行のために亡者祓いをやらされているので、多額の金を貰えないのは当然だった。料金は、直接鬼道衆の口座に振り込まれる」(p63)のだ。高円寺の安アパートに住む浩一のささやかな夢は、「いつかは、安アパートを脱出して、港を見下ろす高級マンションに住みたい」というもの。太陽蓄気法という鍛錬を、高級マンションの広いベランダで、海から昇る太陽にむかってやりたいという。そんな夢をもつ修行中の鬼龍浩一像がまずおもしろい。

 この小説は大きく捕らえると、2つのストーリーが太い軸として交錯しながら展開していく。
 一つは請け負いとして、与えられた問題の「亡者祓い」を鬼龍浩一がどのようにアプローチし、どういう具体的な対処をして、問題事象を解決するか。武賢彦から与えられた修行のハードルを乗り越えられるかという課題解決型ストーリーの展開である。
 この流れでは、2つのストーリーが織りあげられていく。まず最初は、『スクランブル女学園』というテレビのバラエティ番組に出演するタレント・中沢美紀に取り憑く亡者を祓うという仕事。テレビ局内のスタジオ・楽屋・編集室がその舞台となる。中沢美紀に取り憑く亡者は、美紀の肉体の魅力を餌に陰の気を充満させ、男たちを虜にしていこうとする。鬼龍浩一は繰り広げられるエロチックなシーンに割り込んで、邪気を祓い亡者を退散させようと行動する。著者の数多い作品を読んできたが、多少妖艶な場面を描くというのはあまり無かったように記憶する。この小説はその数少ない方の描写が所々に出てくるというのも、興味深い。

 「亡者祓い」その2は、日本橋に大きな自社ビルをもつ『小梅屋』という総合食品加工の株式会社が舞台となる。3ヵ月ほど前に発生した一役員の自殺未遂を発端に、次々に異変が発生する。指示を受けた浩一は、不況による経営不振が原因ではないかと反論するが、三流探偵みたいな推理で余計なことを考えず、「亡者祓い」に臨めと父に一蹴される。「経営不振で、雰囲気がよどんでいるとしたら、陰の気が集まりやすい。最も人間が亡者になりやすい環境じゃないか」と。
 浩一は鬼道衆の本家が手配した段取りに従い、『小梅屋』が出資する外食産業、ファミリー・レストランのチェーンである「リトル・プラム」からの研修派遣者という立場で、この総合食品加工会社に出向いていく。調査には一定期間が必要であり、その会社内を比較的自由に動き回れる立場がまず必要だからである。
 浩一は、人事課にまず出向くことから始めるのだが、会社の受付嬢の一人から早くも陰の気を感じる。そして、徐々にこの『小梅屋』の中に充満する陰の気、亡者の存在の深みに足を踏み入れていくことになる。テレビ局での「亡者祓い」は前座話で、『小梅屋』での「亡者祓い」がこのストーリーの核心展開かと思っていたら、そうではなかった。2つの「亡者祓い」が密接に繋がっていくという意外性が仕組まれていて、なかなかおもしろい展開となる。修行中の浩一にはかなり過酷な試練となっていく。ちょっとエロチックなシーンの描写も加えながら、伝奇エンターテインメントとしては楽しませてくれる筋立てになっていると思う。

 もう一つのストーリーは、浩一がテレビ局での「亡者祓い」を終えて、安アパートの201号室に戻った時から始まる。アパートの部屋の前に、待ち人が居たのだ。
 その人は東城大学文学部歴史学科、院生の久保恵理子と名乗る。彼女は古代史の手がかりとして鬼伝説を研究しているという。奈良の鬼道衆の本宮を訪れ、鬼龍武賢彦に会ったという。そして、鬼龍が鬼の一族であり、鬼については浩一に尋ねよと助言したようなのだ。恵理子は修士論文がかかっているという。そして恵理子は立て続けに浩一に質問を投げかける。鬼とトミナガスネ彦の関係は? 龍と鬼の関係は? ニギハヤヒの命と鬼の関係は・・・? という具合に。
 追い返してもいずれ再訪するだろうと、浩一は一旦部屋に恵理子を入れる。恵理子は浩一に鬼道について聞きたいというのだ。浩一の祖父・武賢彦が浩一なら丁寧に教えてくれると助言して、説明する役割を浩一にふったのである。
 武賢彦の意図は? どうも恵理子の人柄を見込み、浩一と夫婦の契りを結ぶ相手として相応しいと考えた節がありそうだ。
 こちらは、鬼及び鬼道衆について、恵理子の疑問、質問に浩一が知っていることを教えるというストーリーの展開となる。このプロセスで鬼道衆の古代からの歴史的背景が解き明かされていく。私を含めた読者にとっては、社会・歴史・宗教という領域で「鬼」「鬼道衆」がどのような位置づけになるのかが理解できる格好のプレゼンテーション文脈になっている。結構興味深い語りの部分である。「亡者祓い」という伝奇的ストーリーの中で、語られていくことである。
 鬼・鬼道衆というものが学問研究の観点からは、どのように認知され評価されているのかは知らない。しかし、この分野についての著者の知識・関心の広がりと蘊蓄を、浩一の語りとして読むことになる。ある意味では、アウトサイダー的視点から日本の歴史を捕らえ直す上での参考になる。
 ここでの語り、情報は、当然ながら、「祓師・鬼龍光一」として、ストーリーがステップアップした構想での展開されるときにも必然的な基礎的背景情報となっていく。

 私個人としては、この「亡者祓い」という伝奇エンターテインメントのストーリーを楽しみながら、実はこちらの鬼、鬼道衆の話の流れに、一層の関心を抱いた。

 この2つめの観点で触れられている見方の大凡をご紹介しておこう。
*鬼道という言葉は『魏志倭人伝』(=三国志魏書東夷伝倭人条)に記載されている。そして卑弥呼についての記述に「鬼道を事として能く衆を惑わす」と出てくる。
*鬼道衆は陰陽道の一派。役行者や安倍晴明よりも古い。
*卑弥呼の鬼道は海の民の太陽信仰と山の民の拝火信仰の両方を受け継ぎ、中国の道教的な信仰も加味していた。
*出雲族(オオクニヌの民族)は龍や蛇をトーテムとし、スサノオ(=牛頭天王)の民族、天ノヒボコの民族は牛をトーテムとしている。
*斐伊川は上流の鉄山と関係し、鍛治部(かぬちべ)と関連していた。そこにヤマタノオロチ伝説が絡んでくる。この伝説は民族間の戦いが象徴的に転換された話。
*日本人のルーツがシュメール人という説(三島敦雄)や天孫民族バビロン起源説(原田敬吾)などに光をあてる。『復元された古事記』(前波仲尾)の幻の論文にも言及する。
*シュメール系出雲族と朝鮮半島系スサ族という図式。スサノオはスサ族の男を意味する。スサ族は朝鮮半島北方のツングース系ともいわれる。出雲族は鬼道衆のルーツ。
*鬼とは、高天原系民族(天つ神)に従わなかった先住民。一般に鬼と言われるのは、出雲系の民族である。
*鬼の正体は、まつろわぬ民が崇めた神や、その一族そのもののことである。

 歴史をどう読むか、ロマンが溢れる話が語られて、実におもしろい。官製歴史観とは異なる歴史解釈がストーリーの背景を支えていくことで「亡者祓い」という伝奇エンターテインメントに奥行きが加わっている。時間軸・空間軸が広がることで一層伝奇ストーリーが楽しめる書となっている。

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この本の第二の話の筋に関連する関心の波紋で調べて見た事項を一覧にしておきたい。
鬼とは何か~その2 :「黄昏怪奇譚」
「鬼」とは何か?  :「ことば逍遙記」
鬼とは何か?    :「縄文村」
牡牛(鬼)の文化と龍の文化 :「黄昏怪奇譚」
日本の鬼の交流博物館 :「福知山市」
魏志倭人伝 現代語訳 :「邪馬台国の会」
東夷伝(原文と和訳) :「古代史レポート」
「日本人シュメール起源説」の謎  :「ヘブライの館 2」
32.江戸川乱歩も驚いた!? シュメール語訳『古事記』の謎(1998.6.18)
    :「Reconcideration of the History」
原田敬吾氏と「バビロン学会」(5):「akazkinのブログ」
  この(5)から最初の記事まで遡及する形でリンクして表示されます。
『天孫人種六千年史の研究』 三島敦雄著 :「日本のルーツ研究と弥栄へのシフト」
元伊勢・籠神社と『天孫人種六千年史の研究』〈1〉 :「追跡アマミキヨ」
ヤマタノオロチ  :ウィキペディア
「ヤマタノオロチ」伝説  :「出雲観光ガイド」
八岐大蛇伝説:「土石流災害」多発の陰にある「複合的要因」:「HUFF POST SOCIETY」

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『マインド』 中央公論新社
『わが名はオズヌ』 小学館
『マル暴甘糟』 実業之日本社
『精鋭』 朝日新聞出版
『バトル・ダーク ボディーガード工藤兵悟3』 ハルキ文庫
『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』 ハルキ文庫
『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)


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