遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『アルゴリズム・キル』  結城充孝  光文社

2016-10-20 22:18:42 | レビュー
 新聞の出版広告でこのタイトルを見て、興味を惹かれて読んでみた。新聞広告で書名を見るまでは作者について知らなかった。奥書をみると、2004年に『奇蹟の表現』で第11回電撃小説大賞銀賞を受賞。2008年には『プラ・バロック』で第12回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞している作家だそうである。これらの賞自体を良く知らないので、私のアンテナにはキャッチできなかったのかもしれない。
 この小説は、警察小説のジャンルに入る作品と言える。最近、警察小説を読む機会がなぜか増えてきて、読む対象の作家も広がってきている。今までの私の警察小説についての読者体験から言えば、この作品はちょっと異質で新鮮な感覚で興味深く、かつおもしろく読めた。

 その原因を考えて見るといくつかある。
1. 主な登場人物が日本人なのに全てカタカナ語で記されていること。これがまず最初の違和感である。しかし、2点目の原因とうまくシンクロナイズしていき、異質感を生み出す効果となる一方、面白さをうむ原因にもなる。勿論、ストーリー展開の中でその氏名が一度はどこかで漢字表記により書き込まれている場合がある。一番最初とは限らない。どこでわかるか、漢字氏名探しもまたおもしろい。主な登場人物をまず列挙してみよう。
 クロハ(黒葉佑) 主人公。所轄署に異動となり警務課所属。元機動捜査隊所属。
    ヴァーチャル世界では、アゲハというハンドルネームを使う。
 ミズノ 女性。新人の交通課員。
 ナツメ(夏目保) 所轄署で専門官の肩書を持つ警務係長。警察署長腹心の部下。
 イマイ 女性。児童相談所の児童福祉司
 タカシロ(高代直之) 初老の男性。区民課所属。
 キリ 19歳の男子。箱庭アプリの世界で、直方体ブロックで建物を作製中。
    ヴァーチャル世界でアゲハと交信する形で登場する人物。不登校経験者。
 シイナ(椎名晴) 女性。県警本部生活安全部電脳犯罪対策課所属 
 レゴ=サトウ 男性。シイナの同僚で電脳犯罪対策課所属。
 ニシ(西勝英) 所轄署の会計課員。
 カガ(加我晃太) 特捜本部の捜査員として行動中。県警本部暴対課員。

2. コンピュータのソフトウェアが創造するヴァーチャル空間が中心となり、それが先行する形で、ストーリーが展開していく傾向にあること。若者にはスンナリと入っていける世界かもしれない。
 具体的には、2つのヴァーチャル世界が併行して登場する。一つは、この小説の主な登場人物の内の一人、クロハがキリと交信する場である箱庭アプリである。もう一つが、『侵(シン)×抗(コウ)』と称する携帯端末用のMMO(多人数同時参加オンライン)RPGである。
 このストーリーでは、キリがクロハに以前から勧めていたものという。
 GPSを利用して、現実世界の地理と仮想世界の情報を重ね併せ、その中に最大7つのアンカーにより<<柱>>が支えられている。アンカーを全て破壊すると<<柱>>が自分の陣営のものとなる。2つの陣営が<<柱>>を奪い合い、<<柱>>同士を結びつけた領域がそれぞれの色で塗り潰され、その面積を競い合う、というゲームである。
 このゲームでの<<柱>>を申請により立てるという行為が大きく事件にかかわっていく。

3. コンピュータ、IT関連用語がかなり出てくる。これはストーリーの展開からの必然性もあるだろうが、この小説の中での現実とヴァーチャル世界をリンクさせる環境づくり、ムードづくりにもなっている。今や普通になってしまったコトバもあれば、関心の低い人には解しがたい用語も出てくる。たとえば、次のようなコトバが頻出する。
 コピー&ペースト、テクスチャー、SSD(ソリッド・ステート・ドライブ)、スパム・メイル、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)、AR(拡張現実)、ポータル・サイト、アカウント・ネーム、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、データ・ベース、フリー電子メイルサービス、BOT(自動応答プログラム)、アバター(化身)、ギーク、ハッカー、オブジェクト(物体)、投影映像技術(プロジェクションマッピング)、記憶装置(ストレージ)、操作卓(コンソール)、変換形式(エンコード)、SIMカード、ローカル・エリア・ネットワーク、無料の公衆無線エリアなどである。
 現代のコンピュータ世代には、もはや常識用語になっているのだろうか?

4.後半でクロハは特捜本部の一員に加わるが、このストーリーの大凡は捜査本部と関係のないクロハがあることから連続して起こる事件に首を突っ込んでいくことになるという展開の特異さがある。
 さらに、所轄署に異動になったクロハは周囲から何らかの理由で極秘捜査が目的で警察署に送り込まれた人物ではないかという目で周囲からその行動を見つめられている存在というところにある。

 こういう設定が、この警察小説を異質で新鮮な感覚とともに一気読みさせた。

 さて小説の冒頭は、警察署が区役所、県警本部と共催した交通安全を呼びかけるイベント会場で、クロハも運営側の警務課員として警備に携わっている場面から始まる。イベントが閉会近くになった頃、入口付近に骨格が浮き上がるほど痩せ細った年齢不詳の女性の叫び声がしてそれが途絶えたのである。10mほど隔たった距離からクロハはその女性を目撃する。女性の薄着の表面に血痕が褐色になり散った模様のようになっている。クロハは彼女が犠牲者だと認識する。それが事件の発端である。
 クロハが県警本部から所轄署に異動となって2ヶ月ほどなのだが、それより1ヶ月ほど前に、警察署の一人の会計課員が縊死により自殺していた。数年前に県警内部で組織的な不正経理問題が発覚し、関与者500人以上が処分されるという事態があり、それは沈静化していた。その後、類似の問題が耳にされることは無かったのだ。しかし、クロハの所轄署への異動は、所轄署に緊張感を醸し出していた。県警から何らかの意図で送り込まれた異動ではないかという憶測が広まっていたのだ。
 警察署の企画したイベントの日にその会場で事件が起こる。緊急配備中に被疑者は確保できず、目撃情報も時間の経過と共に乏しくなる。そんな矢先に、ネット上に被害者の写った画像が短文形式の投稿で現れるという事態になる。
 被害者女性が死亡したことで、特捜本部が設置されることになる。クロハは特捜本部の捜査からは外れている。日常業務に従事する立場である。
 そんな中で、生活安全課への相談事なのだが電話が繋がらない結果、警務課警務係のクロハが、児童相談所のイマイか
らの電話を受けることになる。それで、不登校を子供に強要している可能性、虐待問題と想定される事案に関わってしまう。それがきっかけで、イマイの相談事にも首を突っ込んでしまうことになる。上司に許可を得ながらも単独行動の形でその事案に関わって行く。
 そんな中で、シイナからメイルが入り、話があるという。『侵(シン)×抗(コウ)』というRPGの中で、申請されて立つ<<柱>>の一つが、特捜本部の事件のあった場所だという内容なのだ。その柱の申請者名は「kilu」という。シイナは10年前の事件現場に立つ柱から始め、同一申請者が市内に申請した7つの<<柱>>が、全て未成年者が関係し殺人と関連する場所という。特捜本部にその事実を伝えたが、今のところ重要視される雰囲気がないので、クロハにコンタクトをとったというのだ。
 クロハは提供された2つの異なる情報、つまりイマイからの相談事としての情報とシイナの情報を踏まえて独自の行動を継続する。
 特捜本部が立ったあとも、未成年者の殺害事件が連続して起こる。そして、それらの事件発生場所に、kiluにより<<柱>>が申請されて立つていく。勿論、クロハはその情報をRPGのポータルサイトから入手する。
 クロハの独自捜査は特捜本部の事件と関連していく。その結果、特捜本部の一員に加わることに発展する。

 その一方で、クロハの考えてもいなかった側面からクロハ宛にメイルが入る。それがクロハを所轄署内での問題事象に巻き込んでいくことになる。

 クロハの捜査行動に制約がある中で、2つの異なる次元の問題事象が絡まり合いながらも事態が深刻化していくストーリー展開となる。そこが読ませどころとなる。それもコンピューターのIT技術、仮想空間の世界と全面的に係わりながら進展していくというところがおもしろい。私にとっては新風の警察小説だった。

 「kilu」というアカウント・ネームは、KILLのもじりなのか? KILL YOUからの変化として考えられたのか? 事件の加害者の仕業なのか? それでなければ事件とどう関係する人物なのか? kiluの実態が少しずつ解明されていく。それは思わぬ者からの発信だったのだ。

 一方で、クロハにスパム・メイルが頻繁に送信されてくるようになる。それはなぜか?私はBOTという用語を、この小説から学んだ。

 この小説は、『侵(シン)×抗(コウ)』の運営会社の立場から、利用者の個人情報の開示問題というテーマについても触れてくことになる。殺人事件を扱う警察からの情報開示要請は、運営会社とり利用者との個人情報開示に関する契約上のせめぎ合いとなる。その微妙な接点を描き込んでいる。MMO(多人数同時参加オンライン)RPGに組み込まれた契約に基づく範囲を超えて、RPGソフトにアルゴリズムを組み込み、特定情報の割り出しなどを行うことが認められるかという問題にも発展する。技術的に可能だが、それをすれば契約違反になる可能性と、それが行われたことが利用者に判明すれば、運営会社への信頼と存続が問題になる。インターネット社会の進展でますます現実感が加わる局面の問題提起になるのではないだろうか。そいういう事象を考えさせる作品でもある。

 著者はエンターテインメントという点でも、ストーリーの最終ステージを盛り上げている。未成年者連続殺人事件の犯人が、庁舎の休日に、区役所に職員と警察官を人質にして立て籠もる。クロハだけを話し合いのために来させろと要求する。本来なら、専門的な訓練を受けたSISの交渉人、この場合は女性捜査員が交渉に行く立場なのだ。クロハは要求に対応する選択をする。
 それだけで終わらず、さらに救出劇がもう一場面が続く。なかなか楽しませるエンディングである。

 この小説、「心理的檻」「影響力を行使するために」というコトバがモチーフになっているようである。

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