書名に著者名が冠されていることと、「印象派物語」という標題に惹かれて手に取ってみた。本書は、「とんぼの本」の1冊として、2019年6月に刊行されている。
この本、印象派の全体像を手軽に知るには便利なガイドブックとなる。
見開きの「目次」の上半分に、ジヴェルニーにあるクロード・モネの終の棲家にある「水の庭」の風景が載っていて、下半分に本書の構成が示されている。
そして、冒頭はグラフで、「印象派と出会える場所」を点描する。印象派の絵画等をピンポイントで取り上げつつ、印象派と出会える場所を例示する。パリのオランジェリー美術館、オルセー美術館、マルモッタン・モネ美術館、チュイルリー公園からの風景、エトルタの断崖である。オルセー美術館蔵の作品がいくつか紹介されている。その一つが、見開き2ページを使ったモネの<サン・ラザール駅>である。その絵には、
旅はいつも、
サン=サンラザール駅から
はじまった
というメッセージが付されている。モネの絵を見つめながら、未知の旅へと旅立つ一人になった気にさせる。う~ん、いいな・・・・。
著者の作品に『美しき愚かものたちのタブロー』がある。「美しき愚かものたち」というタイトルに副題「物語の序にかえて」を付けて、語り始める。「印象派」という名称がどのような経緯で生まれたかがまず語られる。それは版画家でもあり劇作家でもあったルイ・ルロワが「シャリヴァリ」紙に発表した諷刺文から始まったと。それに続く、著者の表現が素敵である。
”古くさい因習や作画のルールにとらわれず、自分の見たまま、感じたまま、好きなように描く。印象をかたちにする。それこそが、自分たち新しい時代の画家に与えられた使命なのだと彼らはわかっていたからです。自分たちの「印象」が目に見えるかたちで伝わったのならば、自分たちがこれから成そうとしていることの初めの一歩を踏み出せたのだと、彼らは理解しました。だからこそ、彼らは、誇らしげに掲げたのです。我らこそは<印象派>。それは、<愚かもの>の別名かもしれない。それでも、それこそが、おのれが画家である輝くしるしなのだと。”(p20)
まさに読者への導入になる。
この後、「愚かものたちのセブン・ストーリーズ」がつづく。
ここでは印象派画家たちの人生の一局面がシャープに切り取られ、その画家の思いや行動を通じてその画家の肖像を言葉で描き出す。ごく短い分量の短編小説の連作となっている。この部分がまさに「印象派物語」といえる。ここで描き出された画家の小説タイトルを列挙しておこう。
モネの物語 何もなかったように モネがまだモネではなかった時代
ベルト・モリゾとマネの物語 このバルコニーから 女流画家の愛と闘い
メアリー・カサットとドガの物語 永遠の一瞬 波乱の時代を超えて
ルノワールの物語 まぶしい季節 手と絵筆の絆
カイユボットの物語 通り雨、天気雨 友へのまなざし
セザンヌの物語 無言のふたり 絵描きとその妻、愛すべき不美人画
ゴッホの物語 アイリスの花束を フィンセントとテオ 絵で結ばれた兄弟
この連作集には一工夫が加えられている。このショートショートの間にその画家の関連作品が複数枚挿入されている。読者は、描かれた画家の思いと重ねながらそれら作品を眺めることになる。これは作品鑑賞のひとつのアプローチ法と言えるかもしれない。そこに共振が生み出される。
もう一つは、ショートショートの後に、画家の年譜が提示され、そこにも小さな絵であるが、抽出された作品が年譜と関連付けて提示されている。
この「愚かものたちのセブン・ストーリーズ」を通して、読者は印象派に属した9人の画家たちの人生を簡略に知ることにもなる。
印象派入門編という趣きで本書を受けとめることもできる。冒頭で、ガイドブックと印象を述べたのもそう感じるからである。
そして、著者がモネのあしあとを辿る旅に出る。風景写真が多数併載される。いや、写真が主ともいえる。それが「ノルマンディー紀行」で、「セーヌを下り、モネ・アトラスを旅する」(p97)という趣向。
旅は、パリから北西約10kmにあるアルジャントゥイユのセーヌ河畔の風景写真から始まる。ここでは、旅する著者が被写体になり、あちらこちらの景色に登場する。文は編集部と明記されている。著者が画家モネの眼をたどるという企画である。
アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユ、ジブェルニー、ルーアン、オンフルール、ル・アーヴルを巡り、ノルマンディーの名勝であるエトルタに至る紀行となる。
この紀行の最後は、エトルタの奇岩、アーチ状の「アヴァルの門」を望む海岸線の風景写真となっている。楽しそうな著者の姿が捉えられている。
最後に、「人生でただ一度しかない展覧会」というタイトルでの公開対談の記録文が併載されている。「オルセーは第二の故郷」という三菱一号館館長の高橋明也さんと原田マハさんの対談録である。
かなり以前に一度だけだがオルセー美術館を訪れたことがある。その美術館がリニューアルされて、「新生オルセー美術館」としてオープンされていることをこの対談文で遅まきながら知った。この対談文を読み、美術館自体と作品展示法にかなりの変化があるようで、再訪してみたいな・・・・そんな思いを強くした。
美術館ならびに美術展の企画側の視点を盛り込んだ対談部分が興味深い。
印象派へのガイドブックとして楽しめる一冊である。
ご一読ありがとうございます。
こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『ゴッホのあしあと』 幻冬舎文庫
『リボルバー』 幻冬舎
『<あの絵>のまえで』 幻冬舎
『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下 PHP
『美しき愚かものたちのタブロー』 文藝春秋
『常設展示室』 新潮社
『たゆたえども沈まず』 幻冬舎
『アノニム』 角川書店
『サロメ』 文藝春秋
『デトロイト美術館の奇跡 DIA:A Portrait of Life』 新潮社
『暗幕のゲルニカ』 新潮社
『モダン The Modern』 文藝春秋
『太陽の棘 UNDER THE SUN AND STARS』 文藝春秋
『楽園のカンヴァス』 新潮文庫
『翼をください Freedom in the Sky』 毎日新聞社
この本、印象派の全体像を手軽に知るには便利なガイドブックとなる。
見開きの「目次」の上半分に、ジヴェルニーにあるクロード・モネの終の棲家にある「水の庭」の風景が載っていて、下半分に本書の構成が示されている。
そして、冒頭はグラフで、「印象派と出会える場所」を点描する。印象派の絵画等をピンポイントで取り上げつつ、印象派と出会える場所を例示する。パリのオランジェリー美術館、オルセー美術館、マルモッタン・モネ美術館、チュイルリー公園からの風景、エトルタの断崖である。オルセー美術館蔵の作品がいくつか紹介されている。その一つが、見開き2ページを使ったモネの<サン・ラザール駅>である。その絵には、
旅はいつも、
サン=サンラザール駅から
はじまった
というメッセージが付されている。モネの絵を見つめながら、未知の旅へと旅立つ一人になった気にさせる。う~ん、いいな・・・・。
著者の作品に『美しき愚かものたちのタブロー』がある。「美しき愚かものたち」というタイトルに副題「物語の序にかえて」を付けて、語り始める。「印象派」という名称がどのような経緯で生まれたかがまず語られる。それは版画家でもあり劇作家でもあったルイ・ルロワが「シャリヴァリ」紙に発表した諷刺文から始まったと。それに続く、著者の表現が素敵である。
”古くさい因習や作画のルールにとらわれず、自分の見たまま、感じたまま、好きなように描く。印象をかたちにする。それこそが、自分たち新しい時代の画家に与えられた使命なのだと彼らはわかっていたからです。自分たちの「印象」が目に見えるかたちで伝わったのならば、自分たちがこれから成そうとしていることの初めの一歩を踏み出せたのだと、彼らは理解しました。だからこそ、彼らは、誇らしげに掲げたのです。我らこそは<印象派>。それは、<愚かもの>の別名かもしれない。それでも、それこそが、おのれが画家である輝くしるしなのだと。”(p20)
まさに読者への導入になる。
この後、「愚かものたちのセブン・ストーリーズ」がつづく。
ここでは印象派画家たちの人生の一局面がシャープに切り取られ、その画家の思いや行動を通じてその画家の肖像を言葉で描き出す。ごく短い分量の短編小説の連作となっている。この部分がまさに「印象派物語」といえる。ここで描き出された画家の小説タイトルを列挙しておこう。
モネの物語 何もなかったように モネがまだモネではなかった時代
ベルト・モリゾとマネの物語 このバルコニーから 女流画家の愛と闘い
メアリー・カサットとドガの物語 永遠の一瞬 波乱の時代を超えて
ルノワールの物語 まぶしい季節 手と絵筆の絆
カイユボットの物語 通り雨、天気雨 友へのまなざし
セザンヌの物語 無言のふたり 絵描きとその妻、愛すべき不美人画
ゴッホの物語 アイリスの花束を フィンセントとテオ 絵で結ばれた兄弟
この連作集には一工夫が加えられている。このショートショートの間にその画家の関連作品が複数枚挿入されている。読者は、描かれた画家の思いと重ねながらそれら作品を眺めることになる。これは作品鑑賞のひとつのアプローチ法と言えるかもしれない。そこに共振が生み出される。
もう一つは、ショートショートの後に、画家の年譜が提示され、そこにも小さな絵であるが、抽出された作品が年譜と関連付けて提示されている。
この「愚かものたちのセブン・ストーリーズ」を通して、読者は印象派に属した9人の画家たちの人生を簡略に知ることにもなる。
印象派入門編という趣きで本書を受けとめることもできる。冒頭で、ガイドブックと印象を述べたのもそう感じるからである。
そして、著者がモネのあしあとを辿る旅に出る。風景写真が多数併載される。いや、写真が主ともいえる。それが「ノルマンディー紀行」で、「セーヌを下り、モネ・アトラスを旅する」(p97)という趣向。
旅は、パリから北西約10kmにあるアルジャントゥイユのセーヌ河畔の風景写真から始まる。ここでは、旅する著者が被写体になり、あちらこちらの景色に登場する。文は編集部と明記されている。著者が画家モネの眼をたどるという企画である。
アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユ、ジブェルニー、ルーアン、オンフルール、ル・アーヴルを巡り、ノルマンディーの名勝であるエトルタに至る紀行となる。
この紀行の最後は、エトルタの奇岩、アーチ状の「アヴァルの門」を望む海岸線の風景写真となっている。楽しそうな著者の姿が捉えられている。
最後に、「人生でただ一度しかない展覧会」というタイトルでの公開対談の記録文が併載されている。「オルセーは第二の故郷」という三菱一号館館長の高橋明也さんと原田マハさんの対談録である。
かなり以前に一度だけだがオルセー美術館を訪れたことがある。その美術館がリニューアルされて、「新生オルセー美術館」としてオープンされていることをこの対談文で遅まきながら知った。この対談文を読み、美術館自体と作品展示法にかなりの変化があるようで、再訪してみたいな・・・・そんな思いを強くした。
美術館ならびに美術展の企画側の視点を盛り込んだ対談部分が興味深い。
印象派へのガイドブックとして楽しめる一冊である。
ご一読ありがとうございます。
こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『ゴッホのあしあと』 幻冬舎文庫
『リボルバー』 幻冬舎
『<あの絵>のまえで』 幻冬舎
『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下 PHP
『美しき愚かものたちのタブロー』 文藝春秋
『常設展示室』 新潮社
『たゆたえども沈まず』 幻冬舎
『アノニム』 角川書店
『サロメ』 文藝春秋
『デトロイト美術館の奇跡 DIA:A Portrait of Life』 新潮社
『暗幕のゲルニカ』 新潮社
『モダン The Modern』 文藝春秋
『太陽の棘 UNDER THE SUN AND STARS』 文藝春秋
『楽園のカンヴァス』 新潮文庫
『翼をください Freedom in the Sky』 毎日新聞社