遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『予知夢』  東野圭吾  文春文庫

2020-04-30 10:49:09 | レビュー
 ガリレオ・シリーズの第2弾である。『探偵ガリレオ』の短編連作ミステリーの後半連作と言うべきかもしれない。短編5作が収録されている。「オール讀物」の1998年11月号~2000年1月号に断続的に発表されたもの。2000年6月に単行本として出版され、2003年8月に文庫化されている。
 目次は章立てになっているが、それぞれ独立した短編なので、どこからでも読める。ただし、この5篇には作品のトーンとして共通点がある。それはこのタイトルにも表出されている。オカルト的要素とミステリーを結合するというモチーフで創作されている短編群であること。おもしろい趣向だ。
 「第1章 夢想る」に草薙刑事が「じゃあ予知夢とか正夢とかってのを信じるのか。それはおまえらしくないんじゃないか」(p29)と発すると、湯川助教授は「そんなものを信じるとはいってない。単なる偶然だといっている」と応答する。また、「第5章 予知る」には数カ所に「予知」「予知少女」という言葉が草薙と湯川の会話の中で使われて、「つまりは予知夢だったと思うわけだ」(p239)という湯川の発言がある。この辺りから、本書の「予知夢」というタイトルが付けられたのだろう。

 この連作のモチーフについて、著者は第5章の草薙に端的に語らせている。「オカルトめいたことを科学的に解き明かそうとすると、意外な真理が見えてくる」(p232)と。
 つまり、一見オカルト的な現象が起こっていると思えそうな事件が発生し、その原因解明ができない草薙が湯川に相談を持ちかける。物理学者の草川は、オカルトなんて鼻から否定する。単なる偶然でなければ、状況と情報を分析し論理的に思考することで必然的な繋がりが認められ真実が見えるというわけである。
 この第2弾でも、一捻りしたストーリーを楽しめる。
 各編毎に少しご紹介してみよう。
 
 「第1章 夢想る ゆめみる」
 1週間前に、江東区に住む坂木信彦、27歳が世田谷で轢き逃げ事件を起こし間もなく逮捕された。だが、その事件は坂木が深夜に森崎という屋敷の娘・礼美の部屋に侵入したところを、母の由美子に猟銃を突きつけられて、あわてて逃げだした直後に引き起こされたのだった。
 草薙が調べた結果、坂木はここ2ヵ月ほど、高校生の森崎礼美を追いかけ回していた。その子が自分との結婚を定められた女性だという事で・・・・。草薙は捜査過程で坂木の小学校時代の同級生中本から卒業間際に記念に作ったサイン帳を入手していた。そこには坂木が少女の人形の絵とともに、相合い傘のマークとその傘の下に坂木信彦・森崎礼美という名前を並べて書いていたのだ。また、坂木は小学校4年の時の作文「僕の夢」にも将来結婚する女の子として、片仮名でモリサキレミと書いていた。
 坂木は森崎礼美から招待状を受けとっていたので彼女の部屋に忍び込んだのだという。
 草薙はこの侵入事件での坂木の動機が不可解なのだ。坂木の予知夢ともいうべき証拠の存在である。この謎解きを湯川に投げかける。
 古いサイン帳が発端となり、意外な真相が解明されていく。この展開は予想できない。また、綱引き必勝法という湯川の研究室での実験がエピソード的に挿入されていておもしろい。

 「第2章 霊視る みえる」
 細谷忠夫は大学時代の友人小杉浩一に誘われて行った新橋の店で働く長井清美を知る。小杉は長井と付き合いたいという。だが細谷は小杉に内緒で長井と交際を始める。
 清美はブランドもの好きで、鮮やかな黄色が好きな色という。最近は小さなカメラを持ち歩き、シャッターチャンスを狙うことを楽しんでいる。清美はそろそろ小杉からのアプローチを拒絶しケリを付けたいと言う。細谷はそれを引き受ける羽目に。
 小杉の住まいに細谷が電話をすると、応答したのは山下である。大学時代のクラブの仲間の一人。スポーツライターの小杉は仕事で大阪に出張し、失業中の山下はアルバイトで留守番を頼まれたという。山下の誘いに応じ、細谷は小杉の住まいに行き、一緒に酒を呑む。
 深夜に、細谷は庭に面した窓のすぐ外、レースのカーテン越しに、レモンイエローのスーツ姿の清美が闇に浮かぶのを発見した。そんなはずはないと、清美と同じマンションに住み、同じ店で働く織田不二子の携帯電話に連絡をとり、清美の部屋を確かめてもらう。清美は殺害されていた。加害者は小杉と判明する。
 細谷が目撃したのは何だったのか。草薙はその謎解きに湯川を巻き込む。その結果は小杉の意外な動機の解明となっていく。思わぬドンデン返しのおもしろさが楽しめる。

 「第3章 騒霊ぐ さわぐ」
 休日に草薙は姉からの電話を受ける。それは姉の友達の妹・神崎弥生の夫の行方不明事件だった。弥生は警察に届け出ていた。5日前に出勤し、ライトバンで八王子にある老人ホームに出かけたのが午後5時頃で、その後行方不明となったという。ライトバンごと消えてしまったのだ。その老人ホームを出た後に、夫が立ち寄りそうな家が一軒あるという。独り暮らしの高野ヒデという老婆の家である。だが、弥生の調べたところ、その老婆は数日前に死んでいた。その家には二組の夫婦が住んでいて、そのうちの一組は高野ヒデの甥夫婦だという。4人は毎夜出かけると言う。弥生はその家を監視していたのだ。草薙は監視行動を共にする。出かけた4人の行動を追跡している草薙に対し、弥生はその間に家に近づき、奇妙な現象に遭遇する。ポルターガイスト現象がその家に発生していたと草薙に告げる。その後、草薙は昼間に近所からの苦情に対する捜査にかこつけて家の内部を実見する機会を作る。
 草薙は行方不明と一連の解けない謎を湯川に相談することになる。勿論、湯川はポルターガイスト現象など歯牙にもかけない。ちゃんと理屈で説明できるはずだと。
 行方不明という発端話から、思わぬ事件が発生していた経緯が明らかになっていく。

 「第4章 絞殺る しめる」
 従業員3人の町工場を経営する矢島忠昭が、日本橋浜町にあるホテル・ブリッジの一室で死体で発見される。死亡推定時刻は13日の午後5時から7時。争った形跡は無く、被害者は睡眠薬で眠らされていて、細い紐のようなもので、一気に絞殺された様子だった。
 13日の午後3時の休憩の後、貸した金の返済を受けるということで矢島は出かけた。ホテルは山本浩一という名前で予約されていた。妻の貴子は同日午後4時から午後8時まで、銀座のデパートに買物に出かけていたという。初動捜査ではアリバイははっきりしない。一方、被害者は最近、5社の生命保険に加入し、総額1億を超える保険金の契約をしていたことがわかる。そのため貴子は容疑者の一人になる。だが、貴子のアリバイが徐々に明らかになっていく。捜査は振り出しに戻る。娘の秋穂は12日の夜、工場の暗い中に父が座っているので、声をかけようとしたら火の玉がパッと飛ぶのを見たと言う。
 草薙は、この事件でも湯川に矢島の工場内とホテルの部屋を実見させた。現場の実見から糸口を掴んだ湯川の謎解きが始まる。実験を行い草薙に見せて謎を解く。さすがガリレオ先生である。

 「第5章 予知る しる」
 菅原直樹のマンションに、大学のヨット部で3年下だった峰村が訪れる。菅原は宣伝部、峰村は製品開発部と同じ会社に勤めている。菅原夫妻と峰村が食事を楽しんでいるときに、菅原の携帯電話に鳴り出す。それは不倫相手の富由子からの電話だった。彼女は事もあろうに、菅原のマンションの窓から見える向かいのマンションに住んでいる。菅原の妻・静子に自分の存在を伝えよと迫る。そして、今すぐ伝える気がないなら、菅原にみえる形で自殺すると宣言し、パイプハンガーを使い首つり自殺を試みた。菅原は愕然とする。窓から静子と峰村も偶然女性のその行動を目にしていた。峰村は菅原に断って、向かいのマンションの管理人に目撃事実を伝えに行く。
 草薙は所轄の刑事の聞き込み情報を知る。菅原の隣の部屋の住人から、娘が向かいの建物に住んでいる女の人が首つり自殺するのを見たと2日前の朝に言っていたと躊躇いがちに告げたというのだ。草薙はそれが気になり調べてみて、不可解なので湯川に相談を持ちかける。「オカルトめいたことを科学的に解き明かそうとすると、意外な真理が見えてくる」と今までの体験を語る草薙の発言に、湯川が動き出す。もちろん自殺現場の実見と少女の話を聞きに出かけて行く。湯川の分析と推理が、そこに巧妙な犯行計画と実行が潜んでいたことを暴き出す。勿論湯川は実験で、狂言自殺のはずが実際の自殺行為になった謎を鮮やかに証明する。
 この短編、最後に再び病弱な少女が予知夢を母に告げるところでエンディングとなるのがおもしろい暗示となっている。

 オカルト風味を利かしたこの連作、ちょっと気分を変えて楽しめるミステリー・シリーズだ。

 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『探偵ガリレオ』  文春文庫
『マスカレード・イブ』  集英社文庫
『夢幻花』  PHP文芸文庫
『祈りの幕が下りる時』  講談社文庫
『赤い指』 講談社文庫
『嘘をもうひとつだけ』 講談社文庫
『私が彼を殺した』  講談社文庫
『悪意』  講談社文庫
『どちらかが彼女を殺した』  講談社文庫
『眠りの森』  講談社文庫
『卒業』 講談社文庫
『新参者』  講談社
『麒麟の翼』 講談社
『プラチナデータ』  幻冬舎
『マスカレード・ホテル』 集英社