遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『マスカレード・イブ』  東野圭吾  集英社文庫

2020-04-18 10:45:02 | レビュー
 2014年8月にオリジナル文庫として出版された。「小説すばる」に発表された短編3作、「それぞれの仮面」(2013/2)、「ルーキー登場」(2013/7)、「仮面と覆面」(2014/2)と、文庫本のタイトルになっている中編(145ページ)「マスカレード・イブ」という書き下ろしが収録されている。
 「それぞれの仮面」と「仮面と覆面」はホテル・コルテシア東京、「マスカレード・イブ」はホテル・コルテシア大阪が舞台である。「ルーキー登場」と「マスカレード・イブ」は新田刑事が濃淡はあるが登場人物として共通する。ホテルという舞台は、いわば仮装した人々がひととき集まる場所。その仮面の裏を描くという謎解きのストーリーである。殺人事件にもどこかに被害者・善人という仮面を被った人々が紛れ込んでいる。捜査はそういう仮面を剥がした先にある事実を追求する。
 収録された4作は、「仮面」がキーワードに組み込まれ、仮面のもとにテーマが設定されているという共通点がある。「マスカレード」という言葉自体、一説ではマスク(仮面)に由来する言葉とも言われ、「仮面舞踏会。仮装大会。仮装。」(『デジタル大辞泉』)という意味である。文庫本のカバーに、象徴的に仮装用のマスクが使われている。
 
  「それぞれの仮面」
 ホテル・コルテシア東京が舞台である。フロントの山岸尚美は一人の女性客を受け付ける。希望は「喫煙可能のデラックス・ダブル」のため、尚美は1105号室を選ぶ。午後8時過ぎに、三人組を受けつける。タレント活動や野球解説をしている元プロ野球選手大山将弘が居た。フロントに手続きに来た男は宮原隆司、尚美の大学時代の先輩だった。その直後に尚美より一瞬早く、上司の久我が当日予約の電話を受けつける。会話から判断し、久我は一泊の正規料金が18万円もするプレジデンシャル・スィートの予約に持ち込んだ。
 午後10時までの勤務を終えて、事務部門のある別館に居る尚美の携帯電話に、宮原から電話が入った。1105号室にいる、助けてほしいと。勤務時間外だが、尚美は部屋に出向く。部屋から女が消えたというのだ。消えた女はホテル内に居るのかどうか。尚美は探索をする立場に立たされる。
 ホテルに宿泊する客は、それぞれの仮面をつけている。ホテル側もまた接客の仮面を付けている。尚美の探索は、入り組んだ人間関係を背景にしたそれぞれの宿泊客の思惑、秘めた素顔を知ることになっていく。仮面の奥に隠された秘密の面白さが読ませどころである。

  「ルーキー登場」
 ホワイトデーの夜、深夜午前2時5分、中央区の高層マンションに住む田所三千代が、夫がランニングにでたまま帰らないと警察に電話をした。捜索の結果、ランニングコースとしている歩道に近い建設現場内で刺殺体として発見された。捜査本部が所轄署に開設される。新人の新田浩介は先輩刑事本宮と組み、捜査に加わる。
 田所三千代に事情聴取したことから、被害者の夫は数多くの飲食店を経営する実業家であり、本人は1回の生徒は数名という料理教室を開いていること、被害者とは3年前の秋に結婚していたことを知る。その後、新田は被害者のランニングコースをマンションの傍から走ってみる。事件現場付近で調べているところを不審者と間違われて警官に捕まる羽目になる。だが、実際に走り事件現場を見ることから、推理により捜査のヒントを発見する。それが犯人逮捕に結びつく。だが、問題はそこから始まった。そして、事件捜査の限界も明らかになる。
 冒頭で、新田が付き合っている彼女が、スッピンと本物のスッピンを区別している発言をした場面が描写される。その発言に新田が感じた思いを彼が捜査プロセスで応用することになる。この殺人事件では、仮面を剥がした先に見えるものが、更に二重だという落とし所がおもしろい。
 もう一つ、『マスカレード・ホテル』で活躍する新田刑事のルーキー時代を描くという点で作品がリンクしている。この『マスカレード・イブ』は、山岸尚美と新田浩介のそれぞれについて、『マスカレード・ホテル』での活躍の前段階(イブ)を描くことで呼応している。

  「仮面と覆面」
 10月8日、金曜日、明日から三連休でホテル・コルテシア東京は予約で満杯になっている。二人の中年男を含む風変わりな男たち5人組がチェックインしてくる。彼らは、このホテルにタチバナサクラと称する覆面作家が宿泊することを嗅ぎつけて、一目会いたくて宿泊し、ホテル内をうろつく。一方、宿泊者・玉村薫で4日間、望月和郎が予約していた。請求先は「一ツ橋出版」。山岸尚美の上司、久我は予約リストを見て、作家が原稿書きでホテルに缶詰になるのだろうと推測する。作家担当者の秘密裏の活動である。
 憧れの作家に会いたい連中と覆面作家の宿泊を知られずに原稿を書いてもらいたい出版社の担当者。その間に立ち、ホテルの品位を落としたくないし、どの宿泊客にも満足して欲しいと願うフロントの山岸。化かし合いのドタバタ喜劇がはじまっていく。
 結果的に、山岸の推理力は覆面作家玉村薫の仮面を剥がしていくことになる。だが、全てがハッピー・エンドに納まるところが楽しい。

  「マスカレード・イブ」
 ホテル・コルテシア大阪がオープンして1ヵ月。山岸尚美はフロントの応援に来ていた。ストーリーは当日予約の若いカップルのチェックインから始まる。このエピソードがまず読者をすんなりとストーリーに乗せていく。その続きに、エグゼキュティブ・ダブルの部屋に一泊する30歳そこそこにみえる美人で、薔薇の素敵な香りを漂わせる女性のチェックインが描かれる。
 だが、場面は一転して、東京の八王子南署所轄域にある大鵬大学理工学部キャンパスの大学教授岡島隆雄殺害事件現場となる。警視庁捜査一課の新田浩介は、所轄の生活安全課所属の穂積理沙と組み捜査に携わることになる。新田は遺体発見者への聞き込みから始めて行く。被害者は、南原准教授と一緒に半導体材料の開発を企業と共同研究していたという。その南原准教授は、学会出席のために京都に出張していた。だが、この研究内容と岡島の殺された日が特定された点から絞り込んでいくと、南原への疑惑が浮かび上がるのだが・・・。南原は己のアリバイ証明の一環として、ホテル・コルシア大阪の名前を明かした。新田は穂積を裏取りのために大阪に出張させる。穂積はホテル・コルテシア大阪で山岸尚美から出所を明らかにしない約束で推理を踏まえた宿泊客についてのある情報を教えられる。そこから、事件の裏付け捜査は意外な方向に展開していく。
 このストーリー、尚美の推理した内容が契機となり、崩せなかった捜査の壁に突破口がみつかる。新田が穂積の何気ない発言から発想の転換によって、ある考え方を進言する。そこから犯人が被っていた仮面が暴かれていくことになる。
 なぜ、「マスカレード・イブ」なのか。それは、『マスカレード・ホテル』において、ホテル・コルテシア東京が事件の犯行現場となり、新田がフロントクラークの山岸尚美と出会うことになる以前の物語という設定だから。新田の「ルーキー登場」に対して、山岸尚美の「マスカレード・イブ」という形で、呼応している。
 また、「マスカレード・イブ」のエピローグで、尚美の思いとして、ホテル接客業の信条の実践エピソードを描いている。それが一層「仮面」というキーワードを鮮烈にしている。

 ご一読いただきありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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『祈りの幕が下りる時』  講談社文庫
『赤い指』 講談社文庫
『嘘をもうひとつだけ』 講談社文庫
『私が彼を殺した』  講談社文庫
『悪意』  講談社文庫
『どちらかが彼女を殺した』  講談社文庫
『眠りの森』  講談社文庫
『卒業』 講談社文庫
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『麒麟の翼』 講談社
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『マスカレード・ホテル』 集英社